第29話 進行役のワルキューレを引き連れて村へ! この村で一体何が起こるのか……

 日をまたいで早朝。馬車に揺られて下りた先は茶色く染まった森の中だった。

 ひゅーと吹く風は少し肌寒く、鳥の鳴き声もほとんど聞こえない寂れた林は落ち葉が目立つ。日本でいうところの秋ぐらいの陽気だ。


 ここはウィルヘイム王国北部。例の国境近くの砦に向かうはずだった兵士たちが通ったはずの場所だ。

 フィーネが言うには、この先にあるシュペル村で兵士たちは一晩過ごしてから砦に向かう手はずでした、とのこと。だからまずその村へ聞き込みをすることになった。


「まずはそこの民家に寄ってみましょうか」


 率先して前に出たフィーネが指差したそこは、村から離れたところにあるログハウス。キコリかマタギが住んでいそうな趣ある丸太小屋だ。家の脇にはマキを切るための切り株があるし、よくよく見ると煙突まであった。


 きっと暖炉とか普通にあるぞ……いいなぁ、別荘みたいだ。


 森のログハウスに暖炉とか、絵に書いたような光景が容易に想像できる。


「私って、なんのためにここにいるのかしらね……」


 隣から暗い声音が響いた。首だけ回し、俺が顔を向けると銀髪の美女が気だるげに溜息をついていた。


「どうしたの? ヒルデさん?」

「……神界にも帰らずにずっとアナタたちと一緒にいると、一瞬自分を見失う時があるの。あれ、私、転移者タレントだっけ? 進行役だっけ? なんで異世界貴族のお守りしてるの……え、使用人だっけ私? って感じに……」

「ひ、ヒルデさんのメンタルにダメージが……これは、俺が知らないところでおっぱい係の責務を果たしている気がするぞ……!」


 震える声に覇気をのせつつ期待に胸を膨らませると、俺は冷静な顔を作ってからにっと唇を吊り上げた。


「で、どこまで揉みしだかれたの?」

「そんなに揉まれてないわ……ッ! ただちょっと、馬車に乗っていた間に膝枕してあげただけで」

「どっちにしろ羨ましいィ!」


 顔の前で両手をわしゃわしゃとし、俺は嫉妬とも羨望ともつかない感情を発散した。

 ここには貴族が乗る豪華な馬車と旅の道具一式を積んだ荷馬車できた。クリストフさんが手綱を握る豪華な馬車にはフィーネとヒルデさんが、ユーリさんが手綱を握る荷馬車には俺と拓美先輩が乗っていた。だから向こうの様子はまったく分からなかったが――


 まさか膝枕をしてもらっていたなんて……。

 いいぞ。もっとやれ。そしてその美女と美少女の絡みを見せろ。


 俺がそう思っている間、フィーネが馬車の方に振り向いて指示を出していた。


「じゃあ私たちは行ってくるから。クリストフとユーリはここで待機してて」

「ええ、それではお気をつけてお嬢様」

「了解です。あ、かけるさん」


 クリストフさんと一緒にお辞儀をすると、ユーリさんが駆け寄ってきた。その手にはマスケット銃のような銃身の長い古式銃を抱きかかえている。


「よろしければこれを。丸腰では不安でしょう」

「ああ助かるよ。でもこれってどう使えば……」

「ER712風霊銃エレメントライフル。風の精霊の力を借りて弾丸を発射する銃です。側面のレバーが安全装置で、あとは照準して引き金を引くだけです。リロードは上部からのクリップ装填。装弾数は十発。命中率は大したことないですが、銃剣をつければ近距離から中距離までカバーできる優れものです」


 メイドのわりに慣れた手つきで説明し、ユーリさんがずいっと押し付けるように差し出してくる。見た目以上にずっしりとした感覚。それはトリガー前の丸っこいユニットのせいだろう。

 それにスペック的には、マスケット銃というより第一次か二次世界大戦時のライフルに近い性能か? 銃は父さんに連れられて海外で何度か撃ったことがある程度なので正直当てられる自信はないが、銃剣がついているし最悪槍として使えばいいか……。


 優しく微笑むユーリさんに予備の弾が詰まったクリップを受け取り、コートの内側に備えたベルトポーチに入れて、ログハウスの玄関をノックしているフィーネについていく。

 ちなみに武器が森で使っていた粗末な槍から風霊銃にグレードアップしたのなら服装も、腰蓑&ブランケットという野生スタイルから細身のチュニックと皮製のズボンさらにコートという旅人スタイルに変わっていた。



(次回に続く)

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