第22話 ヒロイン登場、ウザいけどカワイイ子です

「もうっ、無用心ね。急に飛び出したりして……って、これ落としてるじゃない」


 ヒルデさんが後ろの茂みから出てきたかと思うと、馬車の車輪にしゃがみ込んだ。


「はい、救済カード。次は落とさないように気をつけるのよ」


 手をばたつかせた時に落としたのか……いやそれよりも、さっきのおかしな現象の方が気になった。


「ヒルデさん……っ! なんか馬車がすごい止まり方したよ……!」

「車輪が救済カードを踏みつけたからでしょうね。このカード、誰にも破壊できないようにダメージをゼロにする機能があるから」


 それで運動エネルギーがなくなって停止したのだという。

 なんだよそれ、これで盾とか鎧とか作ったらそれだけで最強装備じゃん……!

 俺がカードの新機能に驚いていたら、んんっ、という咳払いが馬車の方から聞こえてきた。その方向を見上げてみると、燕尾服姿の紳士が馬の手綱を握って外側の座席に座っていた。

 白髪まじりの黒髪のオールバックに深みのあるダンディな容姿。胸元には時計の鎖まであって、まさしく執事然とした紳士だった。


 馬車ばかりに気を取られていて気づかなかったが、こんな絵に書いたような執事が運転しているんだ。きっと裕福で高貴な人が乗っている。そんな馬車を止めてしまったらいったいどんな罰を受けるのか想像もできねぇぞ……。

 そう思う一方で、俺は別の心配もしていた。


「どうしようヒルデさん、今さらだけど言葉が通じるか不安だ……」

「それなら心配いらないわ。かけるくんをこの世界に送り込んだ時、大抵の言語を理解できるよう医療走査装置メディカルスキャナーで健康状態を調べるついでに脳をいじったから」

「さらっと恐いこと言うじゃん……」


 人の脳を勝手にいじるとかイカれてる。言葉が通じるようにしてくれたのはありがたいが、ヒルデさんの優しげな表情が『脳をいじるだけで簡単に語学が習得できるなんてお得でしょ』と言っているようで逆に恐い。常識がズレている。悪魔的スマイルだ。


「あー……お二方、そろそろよろしいですかな?」

「おお……」


 本当だ。理解できる。ちゃんと日本語に聞こえるぞ……!

 そう心中で感動する俺をよそに、ええ、と紳士に頷くヒルデさん。


「馬車を止めたのは、一体どのような了見でしょうか?」

「えっと、それはこの子が勝手にやったことで私は一切関知していません」

「ちょっとガイド役ッ!? こういう時は取り持ってくれないと困るよ……!」

「当企画は転移者タレントの自主性を尊重し、その際に生じる問題はすべてタレント自身に責任を負わせるようになっています」

「ダメだこのワルキューレ使えねぇ……ッ!」


 アポなしロケってことだろうが、無理やり馬車を止めて上品な紳士の問いに答えるなんて初めての交渉としては難易度が高すぎる。


 完全にこっちを不審だと思っているだろうし、一体どうすれば……?


 緊張のあまり俺がブルっていると、不意に馬車のドアが開いた。


「ねぇ、なんで急に止まったの? それに今ワルキューレって聞こえたんだけどー……?」


 そう言いながら、黒いマントを羽織っている少女が飛び降りてきた。

 てっきり髭面のおじ様や年配の貴夫人でも乗っていると思っていたが、地面にふわりと着地した彼女は――

 若い。たぶん高校生くらいだ。

 育ちのよさそうな聡い目つき。よく見るとその瞳は夕焼け色で、思わず見とれてしまうほど綺麗だ。あどけなさを残す端整な顔立ちに、肩口までのさらさらした金髪。黒いラインの入った赤いワンピースは、黒いマントのような外套を纏っていて全体的にフォーマルな感じ。小さな金色の鎖といい星型のエンブレムといい、可愛らしさの中に軍服のようなカッコよさもある。いわゆる軍服ワンピースというやつだ。



(次回に続く)

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