第21話 俺が見世物にならなきゃ世界がヤバい! それがこの世界の現実だった

 俺が見世物にならなきゃ世界がヤバいッ!


 それが今の現実だった。


「くっ……」


 だが使命感に突き動かされ、黙々と歩いているのにも限界が来た。

 足が痛い。最初の頃は、地面に苔が生えていて快適に進めていたが、森の中を数十分ほど進んでいるうちに木の根が混じりだして歩きづらくなっていた。それに何度か小枝が足の裏に刺さった。多分少し血が出ている。


「裸足でハイキングはキツイって……」

「もう少しで平原に出るから、それまでの辛抱よ」

「あの、治癒魔法とかないの?」

「そんなものないわ」

「またそれっすかぁ……」

「でも医療キットなら持っているの。そこに座って患部を見せて。治療するから」


 言われるがまま俺が木の幹に寄りかかると、ヒルデさんは腰のポーチから小さなスプレーを取り出し、足の裏にジェル状の液体を吹きかけてくれた。

 少しひんやりした感触の直後、付着したジェルが泡立ち、ぶくぶくと膨れ上がった。それから徐々に痛みが引いていく。


「バイオジェルフォーム。患部を殺菌しつつ特殊な泡で傷の回復を加速させるものよ。このくらいの傷なら数分とかからずに治るわ」

「す、すげぇ……魔法かよって言うくらいあっさり治すじゃん……ん?」


 足の痛みがなくなって余裕ができたところで、ふと、俺の耳にポカッポカッという音が届いた。これは……。


「馬だ! 近いよ、誰か通るのかも……!」

「え、ちょっと……ッ! 待ちなさい!」

「乗せてもらえるかもしれねぇだろ……! 頼むから馬車であってくれよォ!」


 ヒルデさんの制止を振り切って地面から突き出た木の根を飛び越え、土を蹴って茂みに入る。俺の腰くらいまでのびた草と小枝を掻き分けて十メートルほど進むと、申し訳程度に整えられた道に出た。

 凸凹で、粗くて、全然舗装されていない荒道。だが久しぶりに人間の手が加えられた道だ。さっきまでの原生林とは違う。文明を感じる証拠だ。


 さらに右を向くと馬車まで見えてきた。

 現地人だ。赤い箱のようなボディに木製の大きな車輪。それを二頭の馬で引きながらこっちに向かってきている。


「よし……」


 馬車を見据えると、俺は親指を立ててぐっと腕を突き出した。


「へーい! カモーン!」


 ヒッチハイクだ。この国にヒッチハイクの文化があるのかは知らないが物は試しだ。もしかしたら心優しい紳士淑女が止まってくれるかもしれない。

 そう思って最高の笑顔で道に突っ立っていたのだが、


「えッ、これ、ちょとヤバくね……!?」


 まったく速度が緩む気配がない。直進コースだ。このままでは引かれてしまうかもしれない。どんどん蹄の音が大きくなり、車輪が俺を威嚇するように道の凹凸に浮き沈み、ガコッと跳ねた。そしてあと五メートルくらいのところまで接近すると――


「おおッ、危ェ!」


 手をばたつかせ、堪らず茂みに避難した。


「普通に轢こうとしてたぞ、あの馬車……え?」


 再び茂みから出たところで、俺は眉を顰めた。

 馬車が止まっていた。しかも目の前で。

 おかしい。強烈な違和感がする。さっきまでここを突っ切ろうとしていた馬車がいきなり止まった。まるで動きをリセットされたみたいに。結構ギリギリのところで俺が引っ込んだんだから、止まるにしても勢い余ってあと数メートルは進んでからじゃないと無理なはずなのに。



(次回に続く)

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