第19話 原住民系主人公、ワルキューレ同伴で森を散策

 暗黒微笑でつねってくるヒルデさんのひんやりとした指先を感じつつ、腰を捻って振りほどく。そして警戒するように俺はヒルデさんから一歩距離を取った。


 この女、できる……! あまりにノーモーションすぎて指が当たるまで気づかなかったぞ。やはり戦乙女というだけあって武術の心得があるんだろう。動きがプロのそれだ。


「この際だから言わせてもらうけど……アナタなんなの? どうしてただの大学生がこんな森の中でサバイバルできてるの?」

「いや~、それは。まぁ……小さい頃から冒険家の父に色々仕込まれてて、多少のサバイバルなら生き残れたりするんだよ」


 そのサバイバルは近場の山や林から始まり、長期の休みには富士の樹海やヨーロッパの山地にも足を運んだ。そこで避難所テントの作り方や水の確保、動物を捕まえるための罠の作り方に動物のさばき方まで教わってきた。

 そういうこともあり、数日間程度なら生き残れる自信が俺にはあった。


「誤算だわ……すぐに根を上げて泣きついてきて、私の言われるままに冒険を始めるかと思ったらしぶとく生き残るなんて……」


 なんだか都合の良い男くらいにしか思ってなかった感じの落胆っぷりだ。


「酷い言い草じゃん……合コンの時の、あの天使のようなヒルデさんはどこへ行ってしまったんだ……」


 そう呟くと、軽い絶望感にも似た負の感情が俺の脳裏を満たした。


「そんなことはどうでもいいの。まだ始まりの街にすら辿りつけてないのよ? もっと焦りなさい」

「ヒルデさん、焦っても良いことなんてひとつもないんだよ?」

「優しい声で言わないで。なんだか私が諭されてるみたいじゃない」


 どっと疲れたような表情を浮かべつつ、はぁ……、と肩を落とすヒルデさん。だが一息つくと、不意に真面目な顔を作った。 


「いい? とにかく街に行くの。話はそれからよ」

「いやこんな格好で街に行けるわけないだろ。常識的に考えて」

「このっ、どの口が……もう分かったわ」


 ヒルデさんが苛立たしげに踵を返し、空間の裂けた向こう側にあるスタジオに入っていった。

 ちょっと怒らせてしまったようだが、こっちだって生まれたままの姿で異世界に産み落とされ、今は腰に長い毛が生えたようなパンツ一丁ならぬ腰蓑一丁なんだ。こんな姿で街に行けばいい笑いものどころか下手をしたら変質者として捕まりそうだ。

 そんなのごめんだ。冒険どころじゃない。


「とりあえずこのブランケットをあげるから、マント代わりに使いなさい」


 枝葉の刺繍が施された大きめのブランケットを手渡された。落ち着いた色合いにふわふわの肌触り。デザインは北欧っぽくておしゃれだ。さっきまで葉っぱで生活していた身としては、この上なくありがたかった。


 だが俺は羽織ろうとせず、ヒルデさんの顔色をうかがうように見ていた。


「でもいいの? 救済カード以外は現地調達って言ったよな?」

「いいの。これは企画部が用意したモノじゃなくて私の私物だから」

「私物だと……!? スーハースハーッ」


 なんということだろうか。鼻で思いっきり息を吸うと甘い花の匂いが鼻腔いっぱいに広がった。


「お花畑だ……ヒルデさん。ここにお花畑があるよ……」

「え? 幻覚見えてる? あなたヤバい薬でもやってるんじゃないの……」

「ああ、ヤバイよ。北欧美人の私物を貰えるなんて歓喜の極みだよ」

「はいはい。さっさと羽織って。ああそれと、ここからは私も一緒に行くから。翔くん一人だとまた勝手にサバイバルを始めそうだし」


 ぎゅっとブランケットを抱きしめ、変なテンションになった俺を軽く流し、ヒルデさんが虚空を切り取るようにして空間に開いているスタジオに手をかざした。

 それだけで瞬く間に空間が閉じ、木々がびっしりと並んだ本来の景色に戻った。


「こっちよ。ついて来て」

「あ、はい。これは、一応持っとくか……肉食動物が出るって話しだし」


 ブランケットを羽織ると、粗末な槍を拾い上げた。

 こうなれば行くしかない。正直まだ気乗りしないが、この森には肉食動物……いわゆるモンスターがいるかもしれないんだ。意地を張って森に居座ってもいつかそいつらに食い殺されるだろう。そんな未来はごめんだ。

 結局のところ、いくら神々の娯楽企画を否定しても俺には拒否するという選択肢はなかった。



(次回に続く)

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