第5話 恋愛経験ゼロ兄妹、母に諭される

「まったく騒がしいわね」


 夕食の準備中だったのだろう。エプロン姿の母さんが料理の片手間にリビングにやってきた。後ろでまとめた長い髪を揺らし、歳のわりに若々しい顔を面倒そうに曇らせている。


「お母さんからも言ってあげて。このままじゃ一生彼女できないよって」

「そうねぇ……口だけ彼女欲しいとか言って理想ばかり高い妄想野郎には、一度がつんと言ってやったほうがいいかしらね」

「もう言ってますけど……! 理想ばかり高い妄想野郎ですいませんね!」


 そう言う一方で、俺は自分の考えを変えるつもりはなかった。

 合コンにくるような女なんて絶対元彼がいるだろ。だからもし仮に付き合ったら、これ元彼からプレゼントされた服なんだ、とか、元彼と遊園地に行ったときの写真だぁ、とか元彼との思い出の品が出てくるたびに嫉妬で発狂する自信がある。

 さらに注意しておきたいのが、サラダ取り分けてくれる系女子やボディータッチ多い系女子の存在だ。こいつらは場慣れしている。何人も男を食ってきたビッチ率が高い。個人的にはサラダ取り分けてくれる系女子みたいな気配りができきる子は好きだが、やはり元彼の影があると考えただけで完全にノーであった。


「俺は、誰かのお古なんていらねぇ。新品がいいんだよ」


 悲しきかな。これが独占厨のさがなのだ。


「女性を物みたいに言うんじゃないよ。クソ童貞のくせに」

「うぐっ」

「そうよ。現実を知るために最初はクソみたいなメンヘラ女がお似合いだわ。それか、SNSでおっぱいの画像を送りつけてくる痴女くらいがちょうどいいわ」

「い、嫌だァ」


 羽衣の言葉が胸に刺さり、母さんの言葉に悶える俺。だがどんなに首を振って拒絶しても母さんの説教にも似た助言は続く。


「誰でもいいから付き合って経験を積みなさい。傷ついた分だけ人は成長するのよ。アンタはレベル一の勇者……いや村人Aなんだから玉砕覚悟で挑まないとずっと独り身よ」

「レベル一の村人じゃあクソみたいな女でも危うそう。嫌々付き合って散々束縛されて疲弊するお兄ちゃんが目に浮かぶよ。かわいそうに……」

「そんな未来クソくらえだ」


 哀れむような視線を振り払うようにそう吐き捨て、俺はどっと肩を落とした。

 だが今度は、余裕しゃくしゃくで傍観の構えだった羽衣にも母の説教が飛び火する。


「羽衣、アンタも人のこと言っていられないわよ。ちょっと顔が可愛くて小柄で守ってあげたくなるような見た目をしてるからってそんなゆったり構えてると、あっという間に三十路の独身女の誕生よ? 悪いこと言わないから、今のうちに恋愛はしておきなさい」

「恋愛って……まだ私はいいよ。他に色々やること多いし」

 ばつが悪そうに母さんから視線をそらし、羽衣が俺の耳元にぐっと顔を寄せてくる。


「もー、お兄ちゃんがうじうじしてるから私にまでとばっちりだよ……!」

「とばっちりって、お前だって恋人いないクセに被害者ぶるんじゃねぇよ」

「お兄ちゃんと一緒にしないでくれる? 私何度か告白だってされてるし」

「なにぃ!? どこのどいつだふざけやがって……どうせ身体目当てのヤリ〇ンのくせに、俺の妹を狙うなんて許せん……!」

「なに目を血走らせてるのよ。シスコンも大概にしないと二人揃って非モテ街道まっしぐらよ? まったくうちの息子と娘ときたら、恋愛の前に告白の有無で揉めるだなんて……」


 何も聞こえなかった。

 やっぱり妹に彼氏ができるなんて嫌だ。普通の兄妹がどうなのかは知らないが、合コンの相談をするくらい仲良しな俺と羽衣の場合だと兄が主人の貞操守る番犬と化すほどの一大事になる。


「相手は誰だ? 同じ高校の男子か?」

「そうだけど」

「やっぱりか……くっ、高校生男子なんてセッ〇ス覚えたての猿みたいな連中だ。きっと付き合って一週間もしないうちに迫ってくるに違いない……!」

「そもそもこんなちんちくりんの身体じゃあ、魅力も半減じゃない?」


 やれやれと首を振る母さんだが、なにも分かっちゃいない。ちんちくりんにはちんちくりんの良さがある。華奢な魅力は魔性の魅力。保護欲をかきたてるミニマムボディなんだ。

 そこのところを理解してか、羽衣が小柄なわりにはそこそこある胸の前でぎゅっと両手の拳を固め、母さんに抗議の視線を送っていた。


「魅力ならありますぅー、告白されたのがその証拠ですぅー」

「そうだそうだー、ロリコンはいっぱいいるんだぞ」

「全然嬉しくないフォローなんですけど……」

「何を言う妹よ。モテモテなのはいいことじゃないか。男の下心を散々利用して貢がせ、最後はゴミのように捨ててやれ」

「私が告白されただけでシスコンアレルギーが出てるのにそういうのはいいの? 危なくない? 逆上されて襲われたりとか……」

「いいや、調教済みの男は信用できるから大丈夫だ。何を言われても『はいはい』と二つ返事で引き受けてくれるくらいがベストだ」

「そんな都合のいい男なんてそうそういないよ」

「ここにいるさ。俺は妹のお願いなら大抵のことはできるぞ」

「じゃあ合コン行ってきなよ。それで、私にお兄ちゃんの撃沈話聞かせてよ。笑ってあげるから」

「くっ……俺の悲しむ姿を笑おうとするなんて可愛いサイコちゃんめ……」

「はいはい、騒いでないで早く決める。行くの? 行かないの?」


 妹に行けと言われ、母にも厳しい態度で急かされた。もはや逃げるという選択肢はなかった。


「はい、行ってきます……」


 観念したようにしゅんと肩を落とし、俺はスマホを取り出して参加の旨をつづったのだった。

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