白雪姫を大阪弁で読んでみよう

 むかし、ひとりの女王が女の子を産んだ。その女の子は雪みたいな白い肌をしとったことから白雪姫と名付けられた。

 せやけど、女王はすぐに亡くなってしもうた。それから新しい女王が来たんやけどこれがまた自惚れが強うてわがままやった。自分が一番美しいと信じて疑わへん。まあどっちか言うたら美しいんやけどな。

 その女王はえらい珍妙な鏡を持っとった。女王はその鏡に向かってこううた。


「鏡や、鏡、国じゅうで一番いっちゃんべっぴんなんは、だあれ?」

「そらもちろん、女王様、あんたに決まっとる」

「せやんなぁ。それ聞いて安心したわ」


 鏡は絶対に嘘をつかん。そのことを女王はよー知っとった。

 そのうちに、白雪姫は成長するにつれてだんだん美しくなってきた。ちょうど七つになったときには、青々とした晴れた日のように、女王より美しくなっとった。

 ある日、女王は鏡に向かって訊いた。


「鏡や、鏡、国じゅうで一番いっちゃんべっぴんなんは、だあれ?」

「女王様、ではあんたが一番べっぴんや。せやけど、国じゅうやったら白雪姫が一番べっぴんや」


 それを聞いた女王はえらい驚いた。自分より白雪姫がべっぴん? 何を冗談抜かしとんねん。真っ二つに割ったろか。割らへんけど。

 それからというもの、女王は白雪姫を見るたびにひどくいじめるようになった。嫉妬は怖いやっちゃ。そして女王はひとりの狩人を呼んで言うた。


「あの子を森の中へ連れていけ。もう二度と見たあない。せやから、お前はあの子を殺して、この新品さらのハンカチにちぃつけて、証拠として持ってこい」


 狩人は指示に従って白雪姫を森の中へ連れて行った。せやけど殺すことはできんかった。白雪姫は目に涙をためて言うた。

 

「狩人さん。わたしを助けて……。その代わり、私はもう家には帰らへん」


 あまりの美しさに萌えてしもうた狩人は、仕方なく近くにおったイノシシの血をハンカチにつけた。そんなことを知らん女王はハンカチを受け取ってすっかり安心した。

 さて、一方の白雪姫はどないしたらええかわからんまま目いっぱい走り続け、とうとう夕方になる頃に一軒の家を見つけた。白雪姫は少し休もうと思うて家の中に入った。中にはっさいもんばっかりやったけど、なんともいいがたいくらい立派で清らかやった。

 部屋の真ん中には白い布をかけたテーブルがあって、七人の小っさい皿や頭巾、寝床、盃ほかにもいろんな物が置かれとった。

 白雪姫はお腹がいてたし、喉もかわいとった。せやけど、勝手に全部食べるわけにもいかず、皿から少しずつ野菜やパン、スープを食べ、盃から葡萄酒を一滴ずつ飲んだ。

 それが済んだ白雪姫はすっかり眠たくなってその場で寝てしもうた。日が暮れてあたりが真っ暗になったとき、七人の小人たちが帰ってきた。


「誰か、わしの椅子に腰かけたもんがおるぞ」

「誰か、わしの皿のもんを少しずつ食った者がおるぞ」

「誰か、わしのパンをちぎって食った者がおるぞ」

「誰か、わしの野菜を食った者がおるぞ」

「誰か、わしの盃で飲んだ者がおるぞ」

「誰か、わしのフォークを使うた者がおるぞ」

「誰か、わしのナイフで切った者がおるぞ」


 小人たちが騒いどると、ひとりの小人が白雪姫を見つけた。


「なんや、えらい可愛いやのぉ」

「ホンマやな。眼福、眼福」

「誰か知らんけど起こすのも悪いし、このまま寝かしたろ」


 翌朝、目を覚ました白雪姫は七人の小人を見て驚いた。せやけど、小人たちは怒ったりせんとめっちゃ親切にしてくれた。ええやっちゃ。

 勝手に入ったことを詫びた白雪姫は、継母ままははが自分を殺そうとしていること、それから逃げるために走り続けてたらこの家を見つけたことを話した。小人たちは話を聞いてそれならばと家に居候させてもらえることになった。ええこっちゃ。

 そんなことを知る由もない女王は鏡に向かって訊いた。


「鏡や、鏡、国じゅうで一番べっぴんなんは、だあれ?」

「そらもちろん、女王様、あんたが一番べっぴん……と言いたいところやけど、小人たちの家に住んどる白雪姫の方がべっぴんや」 

 

 このときの女王の驚きは計り知れんもんやった。鏡は絶対に嘘をつかん。小人たちってどういうことや。あの狩人が持ってきたハンカチは偽物パチモンやったんか。許さん。こうなったらどんな手を使ってでも殺したる。女王は自分が一番美しい女にならん限り安心しておられへんかった。

 女王は考えた末、年増の恰好して小人たちの家で白雪姫と対峙することにした。どうやって場所を突き止めたかは知らん。

 恐ろしいほどの執念で小人たちの家に着いた女王は戸を叩いて言うた。


「ええ品物がありまっせ。お買いになりまへんか」


 あまりにも胡散臭い言い方やったけど、白雪姫はひょっこりと窓から首を出した。


「こんにちは。何かご用ですか?」

「いろいろ変わったしめひもがあるんですわ。おひとつどない?」


 女王はそう言うていろんな色の絹糸で編んだひもを取り出した。白雪姫はどないしようか迷うたけど興味をそそられ、戸を開けてしめひもを買い取った。しめた! と女王は家の中に入った。


「お嬢さんにはう似合うと思います。さ、私が結んだりましょう」

「あ、はい。お願いします」


 女王はしめひもを奪い取ると、素早く白雪姫の背後にまわり、それを首に巻き付けた。白雪姫は息ができんくなってついに倒れてしもうた。

 白雪姫の呼吸が止まっているのを確認すると、女王は急いで家を出て行った。それから間もなくして、家に帰ってきた七人の小人たちは、倒れてる白雪姫を見て愕然とした。

 白雪姫のもとへ駆け寄ると、首に絞めつけられた跡がついとった。白雪姫はゆっくりと目を覚まし、事のいきさつを話した。


「そのババアが白雪姫、あんたの言うとった継母やな」

「ババアなんてそんな……」

「ええか白雪姫、わしらがそばにおらんときは、どんな人だって、家に入れたらアカンで」

「……はい」


 ババアもとい女王は家に帰ると、いつものように鏡に向かって訊いた。


「鏡や、鏡、国じゅうで一番べっぴんなんは、だあれ?」

「そらもちろん、女王様、あんたが一番べっぴん……と言いたいところやけど、小人たちの家に住んどる白雪姫の方はその何千倍もべっぴんや」

「なんやて!?」


 自分がこの手で殺したはずの白雪姫がまだ生きとった。女王は再び変装して七人の小人の家に行った。次に使うたんは毒入りの櫛。

 今度は騙されまいと用心した白雪姫やったけど、女王の巧みな話術でまーた戸を開けてしもうた。幸い一命は取りとめたけど、七人の小人たちからはお咎めをくらった。


「まだ……まだ死んでなかったんか。おのれ白雪姫ぇ……」


 鏡の証言で白雪姫が生きていることを知った女王はまだ誰も入ったことのない秘密の部屋に入って毒入りのリンゴを用意した。そのリンゴは見た目こそ美しいけど、たった一切れでも死んでまうおっそろしいリンゴやった。

 女王は三度みたび、小人たちの家に行った。白雪姫は窓から頭を出して、


「もう家には入れません。帰ってください」

「入る気はあらへんよ。このリンゴをほかそうと思うてたんやけど、もったいないからあんたにひとくちあげようと思うてんのよ」

「どうせ毒でも塗ってんねやろ」

「そないこと言うんやったら、半分ずつにしてお互い食べましょう。この赤い方をあんたがおあがりなさい」


 その赤い方に毒が入ってるんやけど、白雪姫は女王が美味しそうにリンゴを食べてる姿を見てつい食欲がそそられ、そして、毒入りのリンゴを受け取ってしもうた。

 白雪姫はひと齧りもせんうちに倒れてもうた。


「今度こそ、今度こそ勝った」


 女王は大急ぎで家に帰り、鏡に訊いた。


「鏡や、鏡、国じゅうで一番べっぴんなんは、だあれ?」

「女王様、あんたです。お国であんたが一番べっぴんや」


 ついに、ついにやった。女王は大笑いした。近所迷惑か思うくらいにわろうた。

 七人の小人たちが家に帰ると、倒れている白雪姫を見つけて急いで駆け寄った。小人たちはあらゆる手を尽くした。せやけど、白雪姫が息を吹き返すことはなかった。

 小人たちは白雪姫をひとつの棺の中に乗せ、その周りに座って三日三晩泣き続けた。姫を土に埋めようかと思うたけど、白雪姫の顔色は赤く、眠っているようにしか見えんかった。


「できるか! 土の中に埋めるなんて無理や!」


 小人たちは外から見れるようにガラスの棺の中に白雪姫を寝かせた。何度見ても白雪姫の体に変化はなく、眠ってるようにしか見えへん。

 ある日のこと、ひとりの王子が森の中に迷い込んで七人の小人の家に来て、一晩泊めてもろうた。王子はふと、ガラスの棺に目をとめた。近づいて覗き込むと実に美しい少女の体が入っとる。我を忘れて見惚れとった王子は小人たちに頼んだ。


「この棺を俺に譲ってくれへんか。その代わり俺はあんたらの……いや、あなたたちの欲しいと思った物を差し上げましょう」

 

 小人たちは首を横に振った。


「わしらは、世界中の金を出されても、こればかりは差し上げられません」

「せやな、これに代わるお礼なんかあらへんよな。せやけど、白雪姫を見ないではもう生きてられへん。お礼なんぞせえへんから白雪姫をください。俺が生きてる間は絶対敬うし粗末にせえへんから。どうか……」


 ここまで王子が言うなら、と小人たちは棺をあげることにした。王子は家来たちに命じて肩に担いで運ばせた。ところが、家来のひとりが木につまづいた。その拍子に棺が揺れて白雪姫が噛み切った毒リンゴが喉から飛び出した。すると、白雪姫は目を見開いて棺のふたを持ち上げた。


「あれ? わたし、どこにおるん?」


 白雪姫の声を聞いた王子の喜びは一入ひとしおやった。


「俺や。俺のそばにおるんや」


 王子は今まであったことを話して、そのあと、


「俺は、あんたが世界中の誰よりも可愛い。さあ、俺のオトン……お父さんの城に行こう。そして、あんたは俺の嫁になってくれ」


 白雪姫は承知して王子と一緒に城に行った。そんで二人の婚礼はできるだけ立派に、盛んに祝われることになった。

 せやけど、その祝いの式にあの女王が招かれてしもうた。女王はその花嫁が白雪姫ということをまだ知らん。女王は着物を着てから鏡に訊いた。


「鏡や、鏡、国じゅうで一番べっぴんなんは、だあれ?」

「女王様、では、あんたが一番べっぴんや。せやけど、若い女王様はその何千倍もべっぴんや」


 女王ははらわたが煮えくり返った。白雪姫が死んでよっしゃと思うたら今度はどこの誰や。女王は婚礼に行くのをやめようかと思うたけど、この目で見んことには安心できひん。

 結局、女王は招かれた御殿に入った。そして、ふと見れば若い女王は死んだはずの白雪姫やった。女王は驚きのあまり立ちすくんで動くことができんかった。

 せやけど、そんときは、もう人々が前から石炭の火の上に、鉄で作った上靴に乗せといたのが、真っ赤に焼けてきたから、それを火箸で部屋の中に持ってきて、悪い女王の前に置いた。ほんで、無理やり女王に、その真っ赤な焼けた靴を履かせて倒れ死ぬまで踊らせた。

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