第141話 ナギとユウリ



黒銀くろがねが俺の中に入った瞬間に、このピアスに吸い込まれた。そして天陽大神そらのひなたのおおかみが俺を異空間の狭間に飛ばした」


 ナギはその時のことを話し始めた。



        ◇



 黒銀くろがねの魂を水晶が拒絶した時だ。ナギの頭の中に天陽大神そらのひなたのおおかみの声が聞こえてきた。


『ナギ、君が考えていたことをやりなさい』

「!」


 ――だがあれは、移動魔法陣が必要だ。この世界には魔力が少ない。今すぐ移動魔法陣を展開することは出来ない。


『それは私がどうにかしよう』


 ――出来るのか?


『信じなさい。これが一番最善なのだから』


 その言葉を聞いた瞬間、ナギはミカゲに叫んでいた。


「ミカゲ」

「だめだ! それだけは許さねえ!」


 案の定、事前にミカゲにこの策を話していたため間髪入れずに断られた。天陽大神そらのひなたのおおかみのことを言えばよかったが、その時間がなかったため言わなかったのだ。



        ◇



「そして天陽大神そらのひなたのおおかみの力で異空間の狭間に飛ばされた俺はピアスの中で魂だけになった。そこで黒銀くろがねとはまだ融合していなかったため別々になった。そしてユウリは天陽大神そらのひなたのおおかみの神の神気をもかかり見つけたってわけだ」


 ユウリは目を眇め、「あえて言わなくていい」と突っ込む。


「そしてもう一つの理由は、ユウリの探索能力が、その人物を知っているのが条件だったってことだ。神気はユウケイ父さんと同じだったから認識出来たため見つけれた。そしてユウリは俺の姿、声を想像してこっちに引き寄せた。そうだろ?」

「うん」

「だが黒銀くろがねはユウリは知らない。声も姿もだ。だから想像することも意識することもなかった。だから黒銀くろがねだけが異空間の狭間に残ったわけだ」

「じゃあもう、その黒銀くろがねは?」

「ああ。あの場所から出ることは出来ないな」

「じゃあもうサクラちゃんが狙われることはないんだね」

「ああ」

「よかったー……」


 ユウリは安堵した瞬間、ふらつき体が傾く。


「殿下!」


 すぐにエーリックがユウリの体を支えソファーに座らせた。


「あ、ご、ごめん……」

「悪い。俺のせいだな」


 そう言ってナギはユウリの頭に手を当て治癒魔法を流す。


「あ、自分でするからいいよナギ」

「あほ。妖力切れのやつが妖力使ってどうする」

「あ、そっか」


 ユウリは笑う。


「ナギの魔力ってこんな感じなんだ」

「ああ。なかなかいいだろ」


 ナギも笑顔で応える。そんな2人を見てエーリックは目頭を熱くする。


 ――ああ。願っていた光景が今目の前にある。これを願ってた。


 ディークも感無量の表情を見せる。だがこれが永遠ではないことはわかっている。


「ナギ様、これからどうされるのですか?」

「向こうに戻る」


 やはりとディークは顔を曇らす。わかっている。もうこちらの人間ではないのだ。分かっていても寂しく思うものだ。そしてユウリを見れば、同じく寂しそうな表情をしていた。


「俺はもうこっちの人間じゃないからな」

「わかっていても寂しいですな」


 エーリックも言う。


「悪いな」


 ナギは申し訳なさそうな表情をする。


「しょうがないね。サクラちゃんが待ってるから」

「ああ。どうせあいつは自分のせいにして我慢しているだろうからな」

「ナギ、よく分かってるね。そうだよ。大変だったんだから」

「え?」


 ユウリはサクラとのやり取りを話した。最初ナギはやはりと顔を曇らせ苦渋の顔を見せたが、サクラが泣いたことを聞くと小さく笑う。


「そうか……泣けたか……」

「ナギ?」

「また自分の気持ちを押し殺していたらと思っていたが、ユウリに気持ちを打ち明けれたのならよかった」


 そう言って微笑むナギに、ディークとエーリックは目を瞬かせる。


「やはりユウリにはあいつも素を出すんだな」

「全然、初めてだよ。今までサクラちゃんが泣いたところは一度も見たことがないよ」

「そうか」

「うん。隠せないほど限界だったんだと思う」


 あの時のサクラを思い出しユウリは言う。


「僕との久しぶりの再会よりも、ナギの心配ばかりしてたんだから」

「……」

「そりゃあ心配するのは当たり前なんだけどさ。もう少し僕のことも気にしてくれてもいいのにさ」


 ユウリは笑う。本当に思っている訳ではない。ただこれを言いたいだけ。


「だから早く戻ってあげないとね」

「ああ。だがなー……」


 そこでナギは困った顔をする。もうディークとエーリックは分かっている。


「どうせナギ様のことですから、向こうに行く方法までは考えてなかったのでしょう」


 ディークの言葉にナギは笑う。


「ああ。急だったからな。そこまで考えてなかった。それにディークがどうにかしてくれるだろうと思ってたしな」

「さすが坊ちゃんだな。ディークさんのこと分かってるなー」


 エーリックも豪快に笑う。


「で、ディーク、何か手配をしてくれてるんだろ?」


 ナギは両端の口角を上げる。


「はあ。さすがというか、付き合いが長いとばれてしまいますね。ええ。そう言われると思って準備はしてありますよ」

「え? そうなの?」


 ユウリだけが驚きの声を上げる。


「はい。ユウリ様がナギ様を探し始めた時から準備に取りかかりました」


 そこでディークが準備があると言っていたことを思い出す。


「このことだったんだ」

「ええ。ではまずナギ様、確認をしてほしいので、地下へ」

「ああ」


 4人は移動魔法陣がある地下へと移動する。


「懐かしいな。ここから僕が来たんだよね」


 ユウリは魔法陣を見て気付く。魔法陣が光っているのだ。


「あれ? なんか光ってる」

「魔力が充満しているからだな」


 ナギは手を魔法陣に翳す。


「だがまだ足りないな」

「やはりそうですか」


 ディークが応える。


「これでもディークさんと俺の魔力を3ヶ月毎日注ぎこんでたんですけどねー。それでも足りないっすか」


 エーリックも苦笑する。

 ナギが魔力を注ぐ。その量の多さにディークとエーリックは驚く。


「なるほど……足りないわけですわ」

「でもよくこれだけ魔力を蓄積出来たな」

「エーリックが頑張りましたからね」

「まさか坊ちゃんが来るとは思いもよりませんでしたからね。ディークさんにここに毎日魔力をできるだけ注げと言われた時は、何かの嫌がらせかと思いましたけどねー」


 エーリックは本気か冗談か分からない顔で嫌みをディークに言うと、


「ナギ様がこちらに来れるかが分からなかったですからね。下手に言えなかっただけですよ」


 と言い訳をするディークだ。


「ナギ様? 何をしているのですか?」


 魔力を注いでいるだけではなく、魔法陣を書き換えているように見えたディークは首を傾げながら訊ねる。


「内容を変えていた」

「内容?」

「ああ。ユウリ」

「? なに?」

「ここにお前の妖力を明日からありったけ注げ」

「はあ? なぜ?」

「短期間で魔法陣を使えるようにするためだ」

「なんで僕が?」

「そんなの、お前の方が俺より質がいいからだ」

「……は? 質って関係あるの? 量じゃないの?」

「何を言ってるんだ。お前の妖力も俺と同じぐらいあるんだ。そしてお前の方が質がいい。ならお前がやったほうがいいに決まっている」

「そういうもんなの?」

「ああ。俺の代わりにこの魔法陣が青白く光るまで妖力を注ぎ続けてくれ」

「ちょ、ちょっと待てナギ! 君はどうするんだよ!」

「俺か? 俺はその間他にやることがあるんだよ」

「本当かなー」


 半信半疑の顔を見せるユウリにナギは笑顔を見せた。それを見たディークとエーリックは、


「絶対嘘ですね」

「ああ。ありゃあ、ただ面倒なだけだな」


 と話し嘆息する。


「ディークさんよ、ユウリ殿下はすぐ騙される部類の人種だ。気をつけねえとだめだぜ。いつか壺か何か買わされるぞ」

「ええ。そうですね。ナギ様のような腹黒い者に騙されないようにしなくては」


 それを聞いていたユウリが呟く。


「全部聞こえてますけど……」


 だがナギは聞こえない振りをして、


「じゃあ、頼むぞユウリ」


 と言うと、その場を去って行く。


「ナギ様、もうあなたの部屋はないですから、客間をお使いください」


 ディークが慌ててナギを追いかけた。残されたユウリにエーリックは、


「殿下、ご愁傷様」


 と言ってユウリの肩に手を置くのだった。


 そしてユウリは言われた通りまじめに魔法陣に妖力を注ぎ続けたのだった。

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