第137話 ディークにばれる



 ユウリは次の日から午前中はエーリックの剣の稽古、午後からは仕事をこなし、夜は城の書庫に閉じ籠もる日々が続いた。仕事がない時は書庫に籠もりっぱなしになり、


「ユウリ様、引き籠もり再発ですか?」


 とディークに嫌みを言われる始末だ。


「違う! 調べ物してるんだよ!」

「何を調べているんですか?」

「異空間の狭間ってディークは分かる?」


 膨大な本棚の本を見ながらユウリは訊ねる。


「異空間の狭間ですか? 聞いたことはありますが、移動魔法とかで行く場所のことですかね?」

「移動魔法って瞬間移動のこと?」

「はい。じゃあユウリ様が分かるように移動魔法を瞬間移動としましょうか。瞬間移動とは、魔法でただその場から遠くに移動するだけだと思っていますが、実は一度その異空間の狭間に入り、行きたい所に出るというものです。異空間の狭間は私達の実態の肉体は入れませんから、一度肉体を無くし、異空間の狭間を通り、また行きたい場所で肉体を再構築するんです。ですから膨大な魔力が必要とするため、魔力量によって移動距離が変わってくるんです」

「そう言えば、ナギの移動距離が異常だって前言ってたね」


 戦争中、遠く離れた敵陣の場所に1人で移動魔法で乗り込み壊滅させたという武勇伝があったことを思い出す。


「はい。肉体を無くし再度構築するのに膨大な魔力が必要です。そして距離が長いほど異空間の狭間にいる時間が長くなるため、それだけ膨大な魔力が必要となります。ですから、魔力が少ない者が無理して遠い場所に瞬間移動すると、異空間の狭間から抜け出せなくなり亡くなるケースがよくあるんです」

「そういう場合、肉体はどうなるの?」

「消えたままです」

「じゃあそこに残った者はどうなるの?」

「そこから出れる魔力があれば出れるはずですが、まず出口が分からないと思います」

「出口?」

「ええ。瞬間移動でも入口と出口が存在します。異空間の狭間に入れば出口が必要です。その出口を構築する魔力がなくなり出口が塞がれ、異空間の狭間に残されるわけです」

「その異空間の狭間ってすべて一緒なのかな?」

「といいますと?」

「瞬間移動や、その……異世界移動とか?」

「んー。言い方は一緒ですが、瞬間移動と異世界移動は別物だと思います。瞬間移動はこの世界での話ですが、異世界移動ですとこの世界とは別世界ですからね」


 ――やはりそうだよねー。


「本に書いてあったんだけどさ。異世界はそれぞれが少しずつ重なり合っていて、その重なった場所が異空間の狭間だって書いてあったんだよね。じゃあ異世界同士の異空間の狭間は1つということだよね?」

「その解釈だとそうなりますね」

「じゃあさ、もしその異空間の狭間に取り残された場合、助ける方法ってあるの?」

「異空間の狭間にですか?」

「うん」

「普通は無理でしょうね」

「やっぱりそうかー」

「で、なぜそんなことを調べているのですか?」

「え?」

「ユウリ様には必要ないことだと思うのですが?」

「そ、そうなんだけど……」


 おどおどしながら応えるユウリにディークは胡乱な目を向ける。どう考えても怪しい。


「ユウリ様? 何か隠していらっしゃいますね?」

「え? か、隠してることなんてないって!」

「……」


 半年一緒にいればユウリの単純な行動は手に取るように分かる。絶対に目を合わせないのは絶対に知られたくないことを隠している時だ。今ユウリが調べていることと聞かれたことを考えると、どうしてもあり得ない答えに突き当たる。だがどうしてもその他の答えが見つからない。


 ――絶対にあり得ない。いや、待てよ。


 そこで今までのユウリの行動を顧みる。するといくつかそれに当てはまるのだ。


 ――まさかな。


 だからディークはユウリに釜をかけた。


「ナギ様に何かありましたか?」

「!」


 目を見開き驚いた顔のユウリにディークも目を見開き驚き、そして確信する。


 ――マジか。


「説明してもらいましょうか? ユウリ様」


 笑顔で言うディークに、もう誤魔化せないと観念するユウリだった。




 ユウリはその後ディークに今まであったナギとのこと、そして今ナギがどのような状態にあるかを説明した。ディークは最初驚きはしたが、その後は冷静だった。そして最初の一言が、「やはりそうでしたか」だった。


「驚かないの?」

「いいえ、相当驚いてますよ。ただ、ナギ様が何もしないことの方が私には不思議だったのです」

「え?」

「あの人は、ああ見えてとても責任感があり面倒見がいいんです。ましてやあの人の都合でユウリ様はこちらに来られました。何も知らないユウリ様を放っておくほど薄情じゃないんですよ。あの人は」


 確かにディークの言う通りだとユウリも思う。


「それに氷河の竜の作戦も、あれはどうみてもナギ様の作戦でした。あんな無茶な作戦、ナギ様しか考えるわけがないんです」

「うん。ナギから教えてもらいました」

「やはりそうですよね。それにユウリ様があまりにもナギ様の性格を知りすぎていたのと、ナギ様を呼び捨てにしていたことにも違和感を感じてました」

「そっか」


 そこはユウリが軽率だったと反省する。


「で、ナギ様はまたあちらの世界でも懲りずに人のために自分を犠牲にしたんですね……ばかなお人だ」


 そう言いながらディークは嬉しそうに微笑む。


「ごめん、黙ってて」

「しかたないです。ナギ様から言うなと言われていたんでしょう? 私に心配をかけないようにと」

「……うん」


 ユウリは下を向いて頷く。そんなユウリを見てディークは思う。


 ――本当はユウリ様を思ってのことだろう。ナギ様のことを私が知るとユウリ様は気を使われるから。


「ユウリ様」

「?」

「何かバカなことを思ってませんよね?」

「え?」

「別にナギ様のことを知ったからといって、ユウリ様のことは変わりません。ナギ様は元主であり、今の主はあなたです」

「……うん」

「それに勘違いしておられるようですのではっきり言っておきますが、もしナギ様とユウリ様がいて、どちらかを選べと言われたら、私は迷わずあなたを選びます」

「え……なぜ」


 ユウリは驚き聞き返す。


「当たり前じゃないですか。まだまだまったく出来ていない、放っておけば何するか分からない、1人にしたら死んでしまうぐらい弱いヘタレ主を私が見捨てることはできませんから」

「うっ!」

「それに、発展しまって面白みがない元主より、まだまだ発展途上ですが伸びしろがあり、日々頼もしく成長した姿を見せてくれるあなたに私は喜びを日々感じているのです。ユウリ様のこの先を見てみたいという私の新たな夢があるんですよ。だからもし元主の方に行けと言われても私は行きませんよ」


 ユウリは顔をあげてディークを見る。


「ディーク……」


 涙目になりながら見るユウリにディークは笑顔を見せる。


 ――またそういう目をして私を見る。だから放っておけないんですよ。


「もう私の夢はユウリ様、あなたなのですから。だからそんなヘタレな顔してバカなことを考えないでください」

「う、うん」

「じゃあ話を戻します。ユウリ様の話を聞いた感じですと、ナギ様はその異空間の狭間にいる感じですね」

「うん」


 ユウリがサクラから聞いたのは、黒銀くろがねという意識を乗っ取る者の意識をナギが取り込み、異空間の狭間へ行ったという話だった。


「サクラちゃんの話では、もうナギがいなくなって3週間近くになる。その黒銀くろがねにナギが意識を乗っ取られることはないはずなんだ。乗っ取る者の弱みや悲しみを引き出し、絶望に陥れて最終的に意識を乗っ取るらしいから」

「弱み……ですか?」

「うん。ナギにも過去にたくさん悲しい出来事があったことは僕も知っている。でもそれでナギが落ちることは絶対にない。もうそれを乗り越えた人だから」


 自分のせいで父親を亡くし後悔した日々、戦争で殺したくない相手も自分が生きるために殺さなくていけないジレンマなど、辛い過去をいくつもナギは経験してきたことをユウリは知っている。そしてそれをすべてちゃんと受け止め、自分の中で答えを出してきたナギだ。そんなナギが今さら掘り起こされたとしても絶対に落ちることはない。


「その意識だけの黒銀くろがねを強制的にナギの意識の中から外に出すには異空間の狭間に行くしかなかったと思うんだ」

「それはなぜ?」

「ディークも知ってるだろ? ナギが意味もなく行動することはないってことも」

「はい。よーく知っています」

「そしてナギは突拍子もないことを考えるってことも」


 ――そうだ。ナギなら絶対に普通のことを考えない。


「確かにそうですね」


 ディークも笑顔で肯首する。


「そして周りも勝手に引き込む天才だ。僕達を巻き込むことを厭わない」


 ユウリは確信する。ナギの机の上に置かれていた通信用のガラス玉がいい例だ。サクラにばれないようにしていたナギが、サクラにばれるように通信のガラス玉を目立つ机の上に置いてあったことだ。ナギはガラス玉がなくてもユウリと通信できると言っていた。だから置いておく意味がないのだ。それをあえて置いておいたということはそういうことだ。


「あちらの世界では無理なんだ。だから僕に知られるようにしたんだ」

「ユウリ様に探させるためですか?」

「うん」




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