第136話 ユウリとサクラ、再会②
『サクラちゃん、大丈夫? ど、どうしたら泣き止んでくれる? ごめん、僕がいけないんだよね?』
ずっとおどおどしながら言っているユウリの声を聞いていたからか、サクラは次第に落ち着きを取り戻し、つい昔の癖が出る。
「ユウリ、そっちではちゃんとやってるの? また部屋にずっと引き籠もってるんじゃないの? ご飯は食べてる? そっちの人達に迷惑かけてないでしょうね? まさか泣いて我が儘言ってるんじゃないでしょうねー!」
それを聞いたユウリは、
――サクラちゃん、僕のこと、そういう風に思ってたんだ……。
と落ち込む。
――あの頃は何とも思わなかったけど、言葉で表現されると穴があったら入りたい気分になるなー。
そう思うということは、あの頃の自分から抜け出すことができ、少しは成長したということなのだが。
「はあ……」
ユウリはため息を漏らし苦笑する。
『ちゃんとご飯も食べてるし、引き籠もりもしてないし、仕事も毎日こなしてるし、最近は筋トレや剣の稽古もして、大分たくましい体になったんだよ』
「うそ……」
サクラは信じられないと声を漏らす。
――でしょうね。あの頃の僕からしたら今の僕は信じられないよねー。
ユウリは遠くを見るような目をして半笑いする。
『嘘じゃないんだ。本当にこっちに来てから僕は更正したんだ』
「……信じられない」
『あはは。でしょうね。こりゃ信じてもらうにはだいぶん時間がかかりそうだな』
そこでサクラはあることに気付く。
「そうだ。なんでユウリはナギのことを呼んでたのよ!」
『え? そ、それは……ナギと2人だけの秘密だったんだけど、入れ替わってからずっとナギとは話していたんだ』
「そうなの!」
『うん。毎日この時間に色々な話や相談をしてたんだ。そのおかげでナギとはいい友達なんだ』
そう嬉しそうに言うユウリにサクラは目を見開き驚く。
――今ユウリはナギのこと、友達と言った……。
今までのユウリでは考えられない言葉だ。ユウリにはサクラ以外には友達と呼べる友達はいなかった。ユウリも友達なんていらないとずっと言っていたほどだ。そのユウリがナギのことを嬉しそうに友達と言ったのだ。
サクラは嬉しさから笑みがこぼれる。
「ユウリ、友達出来たんだね」
『え? あ、そう……だね』
「私に内緒で」
『え……っとー。すみません』
そこでユウリは思い出し言う。
『あっ! そうだ! ナギは? ナギはどうしてる? ずっと連絡が取れなくてさ。サクラちゃんに何かあったのかと思っててさ』
「……」
『サクラちゃん? ナギは?』
「……」
『ナギは……いるんだよね?』
「……」
『サクラちゃん、なんで黙ってるの? ナギは? ナギに何かあったの?』
「……私のせいで……ナギが……」
『え……どういうこと?……』
そこでユウリもナギに何かあったのだと悟る。
「ごめんユウリ……本当にごめん……」
サクラはまた泣いてしまい、ユウリはただじっと黙ることしかできなかった。
『サクラちゃん、落ち着いてからでいいから話してくれないかな……』
それしか言えずにただユウリは待つ。その後サクラは淡々とサクラが聞いたナギのことを話した。その間ユウリは黙って聞いていた。
「私のせいで……ナギを……」
やっと落ちついたサクラだったが、最後はやはり泣いてしまい言葉が続かない。ただ、「私のせいだ」とだけ泣きながら言い続けていた。
『サクラちゃん、そんなに自分を責めちゃだめだ』
「……」
『ナギはそんなことを望んでいないから』
「……でも!」
『サクラちゃんの気持ちも分かる。でもそんなこと絶対にナギは望んでいない!』
――そうだ。ナギは絶対にサクラちゃんが自分を責めることを望んでいない。
ユウリはそれだけは言い切れる。自分でもそう思うからだ。
『それが一番良い方法だったって言われたんでしょ?』
「うん」
ミカゲの説明で、この方法を
「でも……だからってナギが犠牲になっていいことじゃない! 元はといえば私の能力が原因でこうなっちゃったんだから。私が死ねばよかったんだよ! なんで……なんでナギが! そんなこと私は望んでいないのに……」
ずっと思っていたことだ。だがそのことを父親やフジ、アヤメ、そしてユウケイやミカゲ、ソラには言えなかった。みんながサクラを慰めるために、本人達も納得していないのに、その気持ちを抑えて言ってくれていることが分かっていたから。
ミカゲはあえて言わなかったが、ナギが提案した時に反対したのは容易に想像が出来た。そして納得せざるを得ない状況だったことも。だからサクラは言えなかった。
だがユウリと話したことで今まで我慢してきたものが一気に溢れ出てしまった。一度出てしまったものは止めることは出来ず、
「ああああー!」
サクラは大声で泣いた。
絶対に自分の気持ちを出さないサクラが、今包み隠さず気持ちを露わにして泣いている。それがどれほどのものか分かるからユウリも涙を流す。だがすすり泣くことはしない。サクラに泣いていることがばれるから。
もしサクラが知れば、絶対にまたすぐに感情を押し殺し笑顔で謝り大丈夫だと言うだろう。
そしてまた感情を心に押し殺してしまう。それは決してさせてはいけない。
今のユウリなら痛いほどわかる。心に思っている嫌なこと、悲しいことを誰かに聞いてもらうことがどれだけ救われることかを。
それを教えてくれたのがサクラだ。どれだけサクラに救われたことか。ユウリがギリギリで正常を保つことができたのは、ユウリの心の声をサクラが受け止めてくれていたからだ。
だから今度は自分が受け止めて助けてあげなければならない。
――そうだ。サクラちゃん、今はいっぱい泣くんだ。全部吐き出すんだ。
初めて大声で泣くサクラに何もしてあげれない、側にいてあげられない歯がゆさに、ユウリは胸が苦しく締め付けられる思いに駆られる。
――ごめんって僕が謝ることも今は言ってはいけない。
言えば、また気を使い泣くのを止めるだろう。だからじっとユウリはサクラが泣き止むまで待った。
どれだけ時間が過ぎただろう。泣き止んだサクラがポツンと声を漏らす。
「ごめん……ユウリに酷いところ見せちゃった……」
『ううん。大丈夫だよ。顔は見えないし』
少し冗談を交ぜる。するとクスっと笑い声が漏れた。
「そうだね。よかった。今私凄い顔してるから」
『落ち着いた?』
「うん。ちょっとすっきりした」
『よかった』
「ユウリの前で泣いたの初めてだね」
『うん。いつも僕が泣いてたから』
「そうだったね。今日は反対だね」
そう言って小さく笑うサクラにユウリは言う。
『サクラちゃん、ナギは必ず戻るって言ったんだよね?』
「うん……だけど……」
『なら待たないと。ナギは言ったことは必ず守るやつだろ?』
「うん」
『サクラちゃんが信じてあげないと。でしょ?』
「そうだね」
『僕も何か方法がないか探してみるよ。だから元気だして』
「うん。ありがとう。ユウリがいてくれてよかった」
『やっとサクラちゃんの役に立てたんだね』
ユウリは明るく言う。
「そんなことないよ。ずっとユウリの存在に助けられてた……」
『ほんと? 嬉しいな』
「私、ナギを待つ」
『うん。いつも夜10時にナギと話してたんだ。だからいつでもサクラちゃんも連絡して。僕もするよ』
「うん」
『じゃあ』
名残惜しいが、2人はそこで通話を切った。
サクラはガラス玉を自室に持って行き机の上に置く。ユウリと話し泣いたからか、気分は今までとはまったく違い軽くなっていた。
「不思議……。ユウリと話しただけなのに」
あれほど落ち込んでいた気分が嘘のようだ。今はナギが必ず戻ってくるということに微塵も不安はない。
「そうよ。必ずナギは戻ってくる!」
ならば、いつまでもくよくよしていてはダメだと自分に言い聞かす。
「私も出来ることをしよう!」
そうサクラは決めるのだった。
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