第133話 失敗



「お前とは過去2回会っているんだよ。まあ最初は九條サクラを見つけた時、お前に阻止されたけどな」


 ――何のことだ?


 ナギは眉根を寄せる。ユウリの記憶には黒銀くろがねと接触した記憶がまったくないのだ。


「いつのことだ?」

「やはり覚えてないか。相当前だったからなー。背が低かったからまだお前が小学校の時だったか。野外活動か遠足か何かで山の麓に来た時だ。お前と九條サクラが、俺が妖獣と戦っているところにやって来たんだよ。妖獣が放った妖力を俺は避けた。だがその後ろにいたお前達にあたったんだよ。正確にいえば、前を歩いていた九條サクラにだ。で、お前がその後膨大な妖力を放ち辺り一面の木をぶっ飛ばした。


「!」


 ――あの時か! ユウリが妖力を使わなくなった原因の出来事だ! サクラが死んだと思い込みユウリが理性を失い妖力ば暴走し、その一体を消し飛ばしたのか!


「だがその後、九條サクラは起き上がりけろっとしていた。そこで疑った。こいつは万象無効ばんしょうむこうの稀人ではないかとな」


 ――そういうことか。その時にサクラに気付いたんだな。


「その後、ずっと九條サクラを観察した。そして確証したってわけだ」

「で、いつサクラの中に入った?」

「気付かなかっただろ? 細心の注意を払ったからなー。中学の時、老人にぶつかられなかったか?」

「!」


 ユウリが14才の頃、サクラに強引に連れ出され映画に行った帰り道、1人の老人が前から歩いてきて、ユウリにぶつかり、その衝撃でユウリは横に突き飛ばされたのだ。なんだと顔をあげ見れば、老人はもうふらふらと歩きながら去って行っていた。


「あの時か!」

「ああ」

「じゃあその後、サクラが大丈夫と言った時には!」

「ああ。あの時は俺だ。あの後別れてからサクラと入れ替わった。記憶が飛んでるから驚いていたけどなー。その後は俺は他人の中に入ったから反動で眠りに入ったから知らねえけどな」


 ――そうか。ユウリの違和感はそこだったのか! サクラじゃなかったからだ。


 長年一緒だったユウリだからこそ違和感を感じていたのだ。だがその後はすぐ別れたため深く考えなかったのだろう。だが頭の片隅にあったため違和感として残っていたのだ。


「しかしあの時のヘタレのやつがここまで変われるとはなー」


 ――そりゃそうだ。別人だからな。


「まあ、あの頃のお前ならお似合いだっただろうが、今のお前からしたらこいつは役立たずだっただろうな。役立たずのやつがいなくなってせいせいしただろう? なあ? 感謝してほしいぜ」


 そう言って笑う黒銀くろがねにナギはキッと睨む。


「なんだ? 嬉しいだろ? こいつの父親も姉弟もそうだ。いなくなってせいせいしてるんじゃねえのか?」

「――」

「お前もこれで他のもっと能力が優れた女性と一緒になれるぞ。嬉しいだろ?」

「お前、饒舌だな」

「は?」

「やたらとしゃべるなと言っているんだ」

「こんな所に縛り上げられて暇だからなー」


 黒銀くろがねは余裕な表情で笑いながら応える。


「へえ。これからサクラからお前を剥がすのにか?」


 ナギの言葉に黒銀くろがねは口角を上げて微笑む。


「なるほどなー。天神郷てんしんきょうの力を借りて強制的に俺を出すか。頑張るなー」

「何、しらばっくれてるんだ。知ってただろ」

「ふん」


 鼻で笑い応える黒銀くろがねにナギは続ける。


「お前は今すごい焦っているはずだ」

「――」

「だから一生懸命話している」

「は? 何言ってやがる。お前が聞きたがったんだろう?」

「そう、お前がそう誘導したんだ。聞かせるために」

「ああ。そうさ。聞きたがってたじゃねえか?」

「ああ。だがお前は俺に話してるんじゃない」

「――」


 黒銀くろがねは笑顔を消す。


「サクラにだ!」

「!」

「微かに残っているサクラの意識のためにお前は全力を出せていない。お前が全力を出すためにはサクラのその最後の意識が邪魔なんだ。だからお前はサクラに絶望を与え、サクラをどん底に落とすために今一生懸命サクラに話してるんだ」

「ちっ!」


 ナギは声を大きくして言う。


「サクラ! 聞こえるか! 思い出せ! テツジさんもフジ兄もアヤメ姉もサクラのことを人間として、大事な妹として今までお前に接してきただろ! ユウリもそうだ! サクラという人間を見てきたはずだ! サクラ! 聞こえるか! 俺もそうだ! お前を1人の人間として、九條サクラという人間として見ていた! 聞いているか! サクラ! 返事をしろ!」

「ナギ……」

「!」


 黒銀くろがねではなく、サクラの声で発せられた。


「よし! 絶対に落ちるな! 俺はお前がいたからこの世界でやっていけると思った! お前がいたから後悔をしたことはなかった!」

「ナギ!」

「能力なんて関係ない! お前はどんなやつでも手を差し伸べてきた! ユウリがどれだけ落ちてもお前はあいつを見放さなかった。俺みたいな怪しい人間も、手を差し伸べ、真剣に考えて行動してくれた! お前はちゃんとみんなの力になっていた! お前が消えたらみんな悲しむのを分かっているか!」

「ナギ……」


 サクラの目から涙が流れる。


「もし消えてみろ! 俺は許さない!」


 サクラは大きく頷く。


「絶対に助けてやる!」


 サクラは頷くだけだ。


「能力なんて関係ない! 俺の許嫁はお前だけだ!」

「!」


 サクラは目を見開く。


「だから信じて待ってろ! わかったか!」


 サクラは今までで一番いい笑顔を見せる。


「うん。わかった」


 それを聞いていたミカゲ、ユウケイ、レンジ、ヤマトは笑顔になる。

 サクラの首ががくっと下を向ける。サクラの意識が落ちたのだ。


「くそ! この女まだ落ちねえ! しつこい!」


 黒銀くろがねが苦渋の顔を見せ言い捨てる。


「サクラは万象無効ばんしょうむこうの稀人だ。そう簡単に落ちる精神じゃない」

「くそ!」


 するとミカゲが叫ぶ。


「ナギ!」


 それが合図だ。

 ミカゲが唱える。


天陽大神そらのひなたのおおかみよ。その力、我使うことお許し給へ」


 そして印を結ぶ。


「天を仰ぎ、地を踏みしめ、心を揺るがし、気を静めよ」


 すると黄金色の鎖が黒銀くろがねへと伸び、がんじがらめにすると、4人の上空へと移動する。


「離せー!」


 黒銀はどうにか外そうと暴れる。だがビクともしない。ミカゲは言葉を続ける。


「序章、剥離浄魂はくりじょうこん


 サクラの体が黄金色の光りに包まれると、黒銀くろがねとサクラの叫び声が響き渡る。


「あああああ!」

「きゃあああ!」


 やはりサクラと黒銀くろがねの魂が融合しているため、サクラにも同じく影響があるようだ。


 ナギは心の中で叫ぶ。


 ――頑張れ! サクラ!


 ミカゲ達もサクラの姿でサクラの声の絶叫を目の当たりにし苦痛の顔をする。みなサクラに謝りながら、その成り行きを見守る。


 相当時間が経ち、サクラの体から爆発するように光りが弾けると、球体の透明な霊魂が現れた。


 ――でた!


 ミカゲが唱える。


「終章、封印鎮魂ふういんちんこん


 黒銀くろがねの魂が水晶へと下りて行く。そして水晶へと吸い込まれると思われた時だ。水晶が黒銀くろがねの霊魂を弾いた。


「!」


 それには皆驚き目を瞠る。



 ――やはり、拒否した!



「兄貴! どうするんだ!」


 レンジが叫ぶ。ミカゲはギッと奥歯を噛みしめる。


 ――くそ! やはり最悪の結果になっちまった!


 今途中で終れば、黒銀くろがねの魂はサクラに戻る。サクラの意識もどうなるのか分からない。そしてミカゲ達は力を使い果たしているため、もし黒銀くろがねの攻撃を受けたらただでは済まないだろう。だが他にどうしようもない状態であることは確かだ。


 ――どうする!


 するとナギがミカゲを呼ぶ。


「ミカゲ!」


 だがミカゲは間髪入れずに叫ぶ。


「だめだ! それだけは許さねえ!」


 まだナギは何も言ってないのに否定をしたミカゲにレンジは眉を潜める。


「兄貴?」

「そうだ。ナギ。それは父さんも許さん!」


 ユウケイも怒った顔で言う。


「おい。俺にも分かるように話してくれよ」


 レンジがミカゲを見る。だがミカゲもユウケイもナギを睨んで言おうとしない。


「兄貴!」

「レンジ」


 ヤマトに呼ばれて視線を向けると、ヤマトは寂しそうな顔をして言う。


「ナギが犠牲になるって言ってるんだ」




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