第132話 天神郷へ



 次に現れたのは天神郷てんしんきょうの入り口だった。だがまだレンジの腕を2人は離さない。


「いいかげん離してくれねえかな?」

「入ったらね」


 ユウケイが笑顔で言う。


「一條親子、恐るべし……」

「父さん、ヤマト様は?」

「もう中にいるはずだよ。じゃあ行くよ」

「はい」


 3人は中に入る。やはり中に足を踏み入れた瞬間、強烈な重圧と圧迫感に襲われた。


 ――わかっていてもこれはきつい。


「だから来たくねえって言ったんだ!」


 レンジが叫ぶ。すると先にいたヤマトが笑いながら言う。


「相変わらずうるさいね。レンジ」

「ヤマト様、すみません」


 ナギは頭を下げる。


「いいよ。これは僕の意思でもあるからね。でもまさか2回目があるとは思わなかったけどねー」


 苦笑しながらヤマトは言う。


「ミカゲは?」

「あそこだよ」


 見れば、かなり遠くにいた。その光景にナギ達は驚く。そこにはサクラの姿の黒銀くろがねが蜘蛛の巣のように歯巡らされた黄金の糸に貼り付けられていたからだ。


神縛しんばくか……初めて見た」


 ユウケイの呟きにヤマトは頷き返す。


「うん。僕も初めてだよ。あれは皇帝の影のミカゲさんしか出来ない技だね」

「すげえな。兄貴。背筋がゾクゾクするぜ」


 レンジも冷や汗を掻きながら言う。ナギもその威力の凄さに感心する。


 ――すごい神力と妖力だな。俺の全力の魔力よりも大きい。敵にはまわしたくないな。


「急ごう。ミカゲさんでもそう持たない」


 3人はすぐにミカゲの元へと行く。


「おまえら遅えぞ!」


 ミカゲの第一声がそれだった。相当ご立腹のようだ。


「わりい。ミカゲ、状況は?」

「見ての通りだ。動きだけを止めている。だがそれ以上近づくな」


 黒銀くろがねがナギ達に乗り換えるかもしれないため、一定の距離を置く。


「てめえら! 何をする気だ!」


 黒銀くろがねは動けないことに苛立ち叫ぶ。


「くそ! ここは気持ち悪りい! 反吐が出そうだ」


 その言葉に、やはり黒銀くろがねはこの場所にとって招きざる客なのだと確信する。ナギ達は強烈な重圧と圧迫感はあることはあるが、気持ち悪いという感覚はまったくないのだ。反対にすがすがしい清く澄んだ場所という印象なのだ。


 ――やはりこいつは普通なら消される存在。だが消されないということは、やはりソラが関係しているのか。


 黒銀くろがね白銀しろがねのすべてを引き継いでいるソラは、お互い殺せない縛りを結んでいる。もし黒銀くろがねがソラを殺せば、黒銀くろがねも死ぬと聞いた。だとすれば、その反対もあるのではないか。

 そして直接手をくだしてなくても、この場所で黒銀くろがねを殺す行為をすれば、ソラも死ぬことになるために消滅させていないのでないのかとナギは考察した。


 ――そうなると、やはり封印しか術はないということか。


 もう時間がないため失敗は許されない。確実な答えがほしいと願ってしまう。

 ナギは一度目を閉じる。


 ――天陽大神そらのひなたのおおかみ、俺はどうしたらいい?


 天陽大神そらのひなたのおおかみはこうなることを分かっていたから、サクラにピアスを渡し、黒銀くろがねの魂を消さずにこの場に留まらせているはずだ。

 だが天陽大神そらのひなたのおおかみからの反応はない。


 ――自分で見つけろということか。


 ナギはギッとサクラを見る。


 ――サクラ。待ってろ。絶対に助ける!


 黒銀くろがねの中の、最後に見た不安そうな顔や涙を流す顔のサクラを思い浮かべる。もうあの顔を見たくない。笑っている方がいいと思う。


 ――絶対に笑顔のお前に戻してやる。


 するとミカゲがナギを呼んだ。


「ナギ、ここにこい」


 ナギがいくと、


「手をだせ」


 と言われたため手を出すと、ミカゲはナギの手を握ると神力をナギへと流す。前回、天陽大神そらのひなたのおおかみが力を分け与えてくれた時と同じ力を感じる。


「この感覚、覚えているな?」

「ああ」

「これと似たものでいい。あの神縛しんばくに向かって流せ。そうすれば拘束は続く」

「わかった。すまない。ミカゲ」


 ミカゲは謝るナギの頭に手を置く。


「お礼は全部終ってからだ」

「そうだな」

「その時は倍にして返してもらうぞ」

「ああ」


 そう言うとミカゲは三人の所へ移動し片方だけしていたコンタクトを外す。


「じゃあやるぞ」


 そして二百年神ふたほとせがみを封印した時と同じように4人は均等に距離をとり、正方形の形に立つ。今回はシンメイがいないためミカゲが唱える。


『今より神に願ひ奉る。清き我が偉大なる神よ。この地に眠る不浄の魂を浄化したく、神の力使ふことまげて許したまはらむ。願はくは我等の願ひ聞き給へ。この地の穢れを祓い給へ。玉を移せしこと許し給へ。偉大なる神の力我等にたび給へ。我等その穢れを払ひ、清き地へと導く。偉大なる神よ、いかでか我等の願ひを聞き給へと恐み恐み白す』


 刹那、時計回りに黄金の光の柱が順番に天へと昇り始める。二百年神ふたほとせがみと同様、全員力を解放する。


 初めて経験するレンジはぐっと顔を歪ませる。


 ――これは想像以上にきちい!


 だが初めて分かったことがあった。繋がっているからか、3人の妖力と神力が手に取るように分かるのだ。


 ――なんなんだよ、この3人。なんちゅう重い質量の妖力してやがるんだ。


 3人ともよく似ているが、まったく性質が違った妖力をしていた。

 ヤマトはレンジと同じほどの妖力だが、従魔を持っているからか、その分レンジよりも強い。ユウケイは従魔を持っていないが、妖力の量が半端なかった。


 ――ユウケイ様、まさかここまで隠してるのかよ。普段半分も出してねえじゃねえか。


 妖力も多いのに、技術量も凄い。武器を具現化でき治癒能力が半端ない。絶対勝てないと確信する。

 そしてミカゲだ。ミカゲはやはり桁違いだった。


 ――兄貴、1割ほどしか普段出してねえのか。


 それよりも、それを隠していることが凄かった。それだけでも凄いのに従魔まで持っている。


 ――バケモンだな。


 だがそれでレンジは落ち込むことはなかった。反対に嬉しく思う。


 ――こんなバケモノ揃いと同じ血が流れているのは、いいもんだな。


 自然と口元が緩む。だがそれも一瞬だった。ちょっと気を緩ますと、3人の妖力に押し負けるのだ。


「くっ!」


 つい声を上げると、ミカゲが尽かさず揶揄を入れてきた。


「なんだ、このぐらいで根を上げるのか? 特殊部隊の名が泣くなー」

「うるせい! ちょっとよそ見しただけだ」


 そう言い返し妖力を練り上げる。そんなレンジを鼻で笑いミカゲはナギを見る。ナギはちゃんとミカゲの言うことを守り魔力を注ぎ込んでいた。


 ――さあ、天神郷てんしんきょうはどう動く。ここに入った時、黒銀くろがねは消されなかった。それは天陽大神そらのひなたのおおかみがそれを望まなかったからだ。だからと言ってこの封印を望んでいるのかと言えば、まだ分からない。うまく行くことを願うしかねえ。ナギ、頑張れよ。


「へえ。お前もなかなかの力があるかと思ったが、相当な持ち主だな」


 黒銀くろがねがナギへと言う。だがナギは何も言わなずにただじっと黒銀くろがねを見ているだけだ。


だんまりかよ。つれねえなー」


 黒銀くろがねは嘆息すると、話を変えた。


「お前、こいつの許嫁だったよな? 確か小さい時に親が勝手に決めたことだろ? どう思ったよ? この娘、万象無効ばんしょうむこうの能力なんて普段じゃ役にたたねえ代物だ。その他妖力もほとんどなく特殊能力も出来ない。で、万象無効ばんしょうむこうの能力は遺伝するもんじゃねえ。だとしたら一條家の跡継ぎに残せるものなどまったくない、どこもいいところがねえ娘だ。よくそんなやつの許嫁をずっとしてたなー?」

「――」

「顔もそれほど可愛いわけじゃねえ。まだ五條エリカだったか? あの女の方が美人だ」

「――」

「あっ! お前も昔はヘタレだったな。あまり知らねえが、最初に会った時は最低だったな」

「? 最初?」


 ナギは眉を潜める。ユウリの記憶から黒銀くろがねと会ったことはないはずなのだ。

 ナギが反応したことに黒銀くろがねは笑顔を見せる。


「やっとしゃべったな。そうか。お前は俺だってこと気付いてなかったか」

「?」

「お前とは過去2回会っているんだよ。まあ最初は九條サクラを見つけた時、お前に阻止されたけどな」


 ――何のことだ?


 ナギは眉根を寄せる。ユウリの記憶には黒銀くろがねと接触した記憶がまったくないのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る