第130話 黒銀②



「アグリさん!」

「何、今の? ぜんぜん見えないけど」

「……え?」


 ソラとフジとアヤメは、アグリの言葉にポカンと口を開ける。今アグリは黒銀くろがねの斬撃をすべて剣で弾いたのだ。だが言っていることは見えなかったと言った。まったく意味が分からない。するとミカゲが言う。


「アグリは感覚が鋭いんだよ。見えてなくても感覚だけで攻撃を避けたり防御出来たりする。アグリの強さはそこにあるんだよ。アグリ、ソラを守れ! 死なせるな!」

「了解!」


 アグリはフジとアヤメに言う。


「九條兄妹、邪魔だから後ろに離れてて」

「しかし!」


 2人がアグリに抗議の目を向ける。


「俺は三條ソラを守るだけで手一杯。ミカゲ様もあんた達を守って戦うことなんて出来ない。ただの足手纏いだ。ならどうするか分かるよね? 九條ソラ中尉、九條アヤメ少尉」


 アグリは黒銀くろがねから目を離さずに言う。その言い方は、軍の上司が部下に命令する口調だ。だから従わなくてはならない。だがフジもアヤメも納得出来ず拳を握る。


「あの斬撃が見えないなら尚更だね。俺は感覚で見切れる。でもあんた達は無理だ」

「しかし!」


 アヤメが声を上げる。


「九條アヤメ、隊長に言われただろ? 感情論で動くなって」

「くっ!」

「あんた達が死んだら、戻って来た妹はどう思う?」

「!」

「今意識はないが、体は妹だろ。もしあんた達が死んでたら、あの妹は自分のせいにするんじゃないの?」


 アグリの言う通り、サクラなら自分のせいにするだろう。


「分かったなら今は大人しく後ろに下がっててくれるかな」

「わかりました」


 フジがまず言うとアヤメの腕を取る。


「アヤメ、後ろに下がるぞ」

「……はい」


 アヤメも納得しアグリに頭を下げる。


「よろしくお願いします」

「できる限りね」


 アグリは一瞬アヤメに笑顔を見せ、また黒銀くろがねへと視線を向けた。フジとアヤメが後ろに下がってからソラへと話す。


「ソラ、傷は?」

「大丈夫だと。あいつは俺を殺せないから」

「それってどういうこと?」


 ソラは少し間を置き応える。


「もし黒銀あいつが俺を殺したら……黒銀あいつも死ぬってことです……」


 アグリはソラを一瞥すると、興味がないというような素振りで「ふーん。そう」と返してから言う。


「じゃあさ。君が死ねば一件落着なんだ」


 後ろのソラが息を呑む。そして「……はい」と下を向いて静かに返事をした。


「でもさ。それって誰も納得しないやり方だよね?」

「……え?」

「俺さ、隊長に言われてるんだよね。どんなに良い案でも仲間が納得いかない、悲しむ選択はするなってさ」

「……」

「そうすると、その時はいいけど、絶対にずっと後悔がつきまとい、人生を楽しめないって。今俺が言った君が死ぬ選択は、ここにいる人達、誰も納得いかないものだよね?」


 ソラはいつの間にか顔をあげアグリの背中を見あげていた。


「だから絶対にそれ、しちゃだめだよ。もし君がそうしようとしたら、俺は全力で君を止める。ミカゲ様にも君をって言われたしね」

「……」

「気付いてる? ミカゲ様は俺に君を死なせるなって言ったんだよ。黒銀あいつは君を殺せないのにだよ?」

「!」


 ソラは目を見開く。


「それってさー、ミカゲ様は君が死ぬことを望んでないってことだよね。だから分かるよね? 自ら黒銀あいつに殺されにいくことだけは止めてよ。そんなことしたら、俺は命がけで君を止めなくてはならないんだから」

「アグリさん……」

「俺もまだ命は惜しいんだ。まだ隊長にちゃんと認められてないからさー」


 そう言ってアグリはソラを見て笑う。


「分かった?」

「はい。ありがとうございます」

「うん」


 その間も黒銀くろがねはミカゲに攻撃していた。ミカゲはすべての攻撃を結界で防御していた。


「さすが影だな。強え!」

「ふん! お前ごときにやられるわけねえだろ」

「だがあんたはやっぱり気にくわねえ! 皇帝と一緒で反吐が出る!」

「馬が合うなー。俺もだ!」


 ミカゲは黒銀くろがねの左肩を持ち胸に手を押し当てると、目が金色に光る。刹那、黄金の光りが黒銀くろがねへと放たれ後ろに弾き飛ばされた。


「がっ!」


 黒銀くろがねは胸を押さえミカゲを睨む。


「てめー! 神力を使いやがったな!」

「ああ。やはり神力は効くんだな……」


 ――やはり神力は有効か。


「ふん! だがバカだな。神力をこんな普通の場所で使ったら負担が半端ないことはわかっているだろ」


 その通りだとミカゲは顔をしかめる。今の一撃だけで相当疲弊したのだ。


 ――やはり加護がない場所で使うときついな。このままだとサクラの体も俺ももたねえ。


「アグリ!」

「?」


 いきなりミカゲに呼ばれて何事かとみるアグリに言う。


「ナギに伝えろ。お前の阿呆な提案を呑むとな。そこで時間稼ぎをするから全員つれてこいとな!」


 ミカゲは力を全解放する。その力は全土に波動のように広がった。


「!」


 驚きの目を向ける黒銀くろがねにミカゲは一瞬で近づき腕を掴み、


「ちょっと顔貸しな」


 と言ってその場から消えた。


「ミカゲ様!」


 アグリがすぐにレンジに連絡を入れる。


「隊長大変だ。九條サクラが暴走した!」


 刹那、ナギが現れた。それにはフジとアヤメは驚き見る。


「ナギ」


 フジの声に一瞥しアグリへ問う。


「なにがあったんです? ミカゲは?」

「ミカゲ様から伝言だ」


 アグリはミカゲから言われたことをナギに伝える。その言葉でナギはすべてを把握した。


「サクラが乗っ取られたのか……」


 するとレンジもやって来た。


「アグリ!」


 アグリは今あったことをレンジに話す。


「なんてことだよ」


 歯噛みするレンジにナギが言う。


「レンジ、父さんに連絡入れてくれ」

「は? なぜ」

「父さんの力も必要だからだ」


「ナギ!」


 呼ばれて振り向けば、腹を押さえ膝を突き真っ青な顔でこちらを見ているソラにナギは眉を潜める。


「やられたのか?」

「これぐらい……大丈夫だ」


 すぐさまナギはソラの腹に手を当て治療魔法をかける。


「応急処置だ。後でちゃんと診てもらえ」

「ありがと。それよりナギ、何をする気だ?」

「サクラを取り戻す」

「どうやって?」


 ソラは怪訝な顔を向ける。


「サクラから黒銀くろがねを剥がす」

「剥がす?」

「ああ、大丈夫だ。必ずサクラを取り戻す。これで傷は塞がった」

「ナギ」


 声を掛けるソラには応えず、立ち上がりレンジへと首を向ける。


「レンジ、一緒に来てくれ」


 そう言ってレンジの腕を取ると、共にその場から消えてしまった。


「ナギ!」


 ソラはただそこに立ち尽くすことしか出来なかった。






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