第126話 突入



「あん時のユウケイ様、怖かったー」


 その時のことを思い出しアグリは身震いする。


「そんなにユウケイおじさま、怖かったんですか?」


 アヤメが想像も付かないという顔で訊ねる。レンジとアグリは、それよりもアヤメが言った「ユウケイおじさま」と言う言葉に目を瞬かせる。


「おじさま……ねえ」


 そこでアヤメは、はっとして慌てて言い直す。


「あ、ユウケイ様でした!」


 顔を赤くして訂正するアヤメにミカゲが笑いながら言う。


「あはは。アヤメ、そのままでいいぞ。ユウケイにもそのまま呼んでくれていいって言われているだろ」

「え? そうなの?」


 それにはアグリが声をあげる。


「ああ」


 九條という地位とテツジのぽっちゃり体型と優しすぎる性格上、よく十家門からも蔑まされることがある。その子供もそうだ。フジもアヤメも軍に入った当初、実力とは裏腹にそういうことがあったため、ユウケイが見かねて周りに一條家にとって特別だということを周知させるためにそう呼ぶようにさせていた。だがその意図があることはフジとアヤメには内緒だ。


「すげえな。俺は絶対ユウケイ様をそう呼ぶなんて無理。怖いもん」


 ブルッと体を震わせて言うアグリに、「いや、まずそんな風に呼ぶのは許されねえぞ」とレンジが突っ込む。


「よく話は聞くけどユウケイおじさん、凄いんですね」


 フジも不思議そうな顔をする。


「おまえら、たぶんユウケイ様の強さ知ったら、『おじさま』なんて軽々しく話せなくなると思うぞ」


 くつくつ笑いながらレンジが言う。


「あの人、妖力隠してるからなー」

「確かにそれは分かります。何回か戦った所を見たことありますが、それだけでも凄いですからね」


 フジは過去何回か一緒にユウケイの戦っている姿を見たことがある。その時にユウケイの強さはよく分かっていた。


「でもユウケイは、あれでも力解放してねえからな」

「え?」

「あいつは本当に必要な時しか本来の力を見せねえ」

「あれでですか?」


 フジとアヤメは信じられないという顔をする。


「まあ、あいつには特殊能力があるからな」

「武器の具現化だな」


 レンジが言う。


「そうだ。それと驚異的な治癒力だ。あいつは自分が負傷してもすぐに治癒出来る。だから無茶が出来るんだ。一條家が不動の一位を確率している理由がそれだな」

「まあそのお陰で俺も助かったからな」

「じゃあナギもその力を受け継いでいるってことですか?」


 フジの言葉にミカゲは悩む。


 ――あいつは受け継いでじゃなく、出来るんだよなー。


「あいつは……出来るな」


 ミカゲを見てソラは苦笑する。


 ――先生困ってるな。


 するとレンジが訊く。


「ユウケイ様とナギだとどちらが強い?」


 ミカゲは間髪入れずに言う。


「ナギだな」


 その言葉にレンジ以外は驚き目を見開く。


「やはりそうか。あいつ強いからなー」


 そしてレンジは悪戯な顔をし、また訊く。


「じゃあ、兄貴とナギでは?」

「俺だな。すべてにおいて人生経験豊富だからな」

「人生経験かよ」

「ああ」


 ――ナギは場を踏んでるが、この世界ではないからなー。この世界の経験値でいけば俺の方が上なだけだ。慣れたら負けるかなー。


「雑談は終わりだ。しょうがない。強制的に踏み込むぞ」


 ミカゲの言葉に、さすがのレンジもぎょっとする。


「兄貴、それはまずいんじぇねえか? もし違ったらどうするんだよ。軍に公になっちまって後が大変だぜ」


 サクラのことはまだ軍には内緒だ。今回も特殊部隊は違う任務ということになっているし、フジとアヤメは有給と称して2日間休みをもらっているのだ。


「大丈夫だ。なあソラ」


 そう言ってミカゲはソラへと視線を向けて笑顔を見せる。その笑顔の下に潜む心の声は、


 ――違ったら記憶操作してくれよ。


 と言っている。


「……だと思った」


 嘆息しながら言うソラに、


「そうか。ソラは記憶操作できるんだったな」


 とレンジも笑顔を見せる。そして


「じゃあ手加減なしでいいな」


 となぜか楽しそうに言うではないか。それを見てフジとアヤメは心の中で思う。


 ――特殊部隊は強いが、一癖二癖ある者ばかりだからいつも後処理が大変だって軍の事務の人が愚痴ってたな。


 ――今回大丈夫なのかしら? この前もビル一棟壊して軍が弁償することになって経理の人が泣いてたよなー。建物とか壊さないわよね?


 2人の心を読み、ソラはギョッとする。


「あの、影山隊長、佐久間さん、お願いですから建物を壊すのだけはやめてください。そればかりは俺でもどうすることもできませんから」


 そう指摘すると、


「……そ、そうか」


 となぜか2人のテンションが下がった。


 ――壊すつもりだったのか。


 ソラは疑いの目をしてレンジとアグリを見れば、ミカゲが笑う。


「レンジ、アグリ、こいつには全部心を読まれるから気をつけろ」

「まじか!」

「うそ!」

「今、このひ弱そうな小僧がって思いましたね」


 とソラはムッとしながらレンジを見る。


「す、すまん……」


 レンジは目をそらして謝るのだった。




 そして夜中を待ち、一気にマンションの者達を拘束し部屋の中をくまなく探す。だがサクラは見つからなかった。


 捕まえた若者達はやはりガーゼラ国の者で姿を変えていた。違法入国のため全員刑事施設行きになった。

 その後ミカゲ達はもう一度くまなくマンションを調べたが、やはり手掛かりとなるものは何も出てこなかった。


「また空振り……」


 アヤメがぐっと拳に力を込め呟く。するとミカゲが言う。


「アヤメ、空振りじゃないぞ」

「え?」

「サクラの妖力が微弱だが残っている。俺のマキラがそれを感知した」

「!」


 レンジがミカゲに訊ねる。


「九條サクラはここにいたということか?」

「ああ。確かにここにいた。だが俺らに気付いてサクラを移動させたようだ」

「じゃあきのう移動させたということか?」

「たぶんな」


 するとアグリが言う。


「でもきのうのはずはないと思うよ。だってきのうはセイジとゲンが見張ってたから連れ出したならわかるはずだ」


 情報提供があった日からレンジは特殊部隊の宮岸セイジと門寺かどでらゲンに見張りをさせていた。特にゲンの密偵能力は特殊部隊の中でも長けている。そんなゲンが見落とすわけがないのだ。


「それに気になることがある」


 ミカゲは顎に手を当て眉根を寄せる。


「兄貴もか」

「ああ」


 するとフジが訊く。


「何か気になることがあるんですか?」

「ああ。あまりにもこの部屋に証拠があり過ぎる」



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