第十章

第119話 黒銀の思惑



 あるマンションの一室にサクラはいた。そこは拉致した者達のアジトのようだ。隣りの部屋から男達の会話が聞こえてくる。


「どうだ? 連絡は来たか?」

「いや、まだだ」

「くそ。まさか国境の警備が強化されているとはな」

「どうするんすか?」

「どうすることも出来ねえ。どうにか国境を越えるしかねえ。それに俺らもここにいつまでもいることはできねえしな。いつ追っ手が来るかわからん」

「でも大丈夫じゃないんですか? 一応ダミーの死体も置いてきてるし」

「大丈夫だろうが、一応もしものことを考えていたほうがいい」


 そう話している者達の顔は、動物の耳がある者や、爬虫類のような顔をしていた。その背格好からして敵国ガーゼラ国の者だということは分かった。


 ――本当に私、ガーゼラ国の者に捕まったんだ。


 きのうナギが帰った後、サクラはベッドに横になり寝た。だがその1時間後、またいきなり誰かが部屋に入ってきた。一瞬ナギかと思ったが、いきなり顔に布を当てられ、その後の記憶がない。気付いた時には手錠をさせられ、車でこの場所まで連れてこられたのだ。そして、


「大人しくしろ。叫んだら殺す」


 と脅され、この場に座っている状態だ。


 ――ここはどこなんだろう?


 窓から見える外の風景を見ても、見たことがない風景が広がっていた。国境の話をしているということは、国境の近くの街だろうかと推測出来る。


 ――ナギはどう思っただろう。


 明日迎えに行くと言って帰ったナギ。そしてガーゼラ国の者達の会話から、監視塔は爆破され火事になっているということだった。そして自分が死んだように見せるために同じ背格好の遺体を置いてきたとのことだった。なら自分は死んだと思っているに違いない。だとすれば、助けに来ることはない。


 ――だけど、もしかしたら私は死んでないと思ってくれているかもしれない。


 そう願っているだけだ。だがナギなら気付いてくれるはずだと思ってしまう。


 ――だって迎えに来ると言ったんだもん。


 ナギは嘘をつかない。絶対に来ると言ったら来るはずだ。


 ――だけど……。


 もしこなかったら? もう国境を越えてしまったらもう戻れないだろう。


 ――ガーゼラ国に行ったら、私どうなるんだろう?


 不安だけが過る。

 すると自分の意思とは違う声が頭に聞こえてきた。


 ――不安だよなー?


「え?」


  サクラは驚き周りを見る。だが誰もいない。


「どこから?」


 するとまた聞こえてくる。


 ――助けが来ると思うか?


 そこで自分の頭の中から声が聞こえてくることに気付く。


「だれ?」


 ――そんなこと気にするな。どうせ消える運命だ。


 そしてまた声――黒銀くろがねが言う。


 ――どうせお前はこのままガーゼラ国につれて行かれる運命だ。誰も助けにこやしねえ。


「!」


 ――そうだろ? お前に見立てた死体も置かれている。あれだけの爆発と火事じゃあ身分を確認出来る状態じゃねえだろう。だとすればその部屋にいたお前の死体だと思うだろうよ。


「そんなのわかんない! ナギやお父さん、お兄ちゃんやお姉ちゃんは気付いてくれる!」


 ――どうやってだ? それに犯人も分かってねえ所に部外者の者があの場所に入ることなんて出来ねえ。確認なんて無理だ。


「――」


 ――もう今頃お前の葬儀の話し合いがされているころだろうよ。残念だったな。


「そんなことない……。絶対に気付いてくれる! だってナギと約束したもん!」


 ――そう思っていればいいさ。だが助けなんてこねえよ。


 そして黒銀くろがねの声は聞こえなくなった。


 ――そんなの嘘よ。絶対に気付いてくれる!


 サクラは両手で頭を抑え縮こまる。体を丸くしていないとおかしくなりそうになる。もう精神的に限界に来ていた。

 だがそれが黒銀くろがねの狙いだった。


「そうだ。もっとどん底に落ちろ」


 黒銀くろがねが乗っ取った者の意識と完全に入れ替わるためには、その者の精神を絶望を感じるまで落とさなくてはならなかった。もう生きていても仕方ないと思わせることで精神と肉体が離れるのだ。その時に完全に黒銀くろがねはその者の体を奪うことが出来る。


「あと少しだ。さあサクラ、落ちるところまで落ちろ」


 サクラが捕まったことは黒銀くろがねにとって都合がよかった。だからそのまま大人しくしていたが、ナギが現れサクラの気持ちが戻ってしまったため黒銀くろがねは舌打ちし悔しがった。だがその直後違う者が現れ、サクラは眠らせ連れ去った。もし殺そうとしたのなら入れ替わるつもりだったが、殺すつもりがないことを知るとそのまま大人しく成り行きを見ていたのだ。


「これは好都合」


 と黒銀くろがねは喜ぶ。サクラの気持ちは一気に落ちたのだ。あと少しでサクラの精神は崩壊まで行く。だからここぞとばかりに煽るためにサクラに話しかけた。

 案の定正常じゃないサクラは、黒銀くろがねが話しても不思議に思ったが、それ以上追求することはなかった。そして黒銀くろがねの言葉がサクラをどん底へと導いた。


「あいつらはサクラが死んでいないことは気付いているはずだ。俺がいるんだからな。だがサクラは俺のことを知らない。ならサクラが知ることはない。あと少しだ。それでサクラは落ちる」


 黒銀くろがねは歓喜に打ち震える。


「あははは! もうすぐだ! もうすぐ俺の念願だった体が手に入る!」



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