第112話 サクラの処遇③



 レンジが監視施設に顔を出した頃、ナギはミカゲと会議室にいた。


「もう1週間経った。どうなっている?」

「俺の所に詳しい情報が下りてこねえんだよ」

「どういうことだ?」

「サクラは特級稀人のという位置付けになっている。だからまだ軍に報告が上がってねえ。確定じゃねえからな。管轄が保安部と調査機関テミスは孤立した機関だ。軍事機関ザルバと行政機関イーサとは深く関係を持ってはいけないということから、この2つの機関は皇帝の主従言霊で契約縛りを結んでいる。だから保安部の情報は決められたことしかあがってこないんだ」

「じゃあ今サクラがどうなっているかは分からないってことか」

「ああ。だが1人だけ関われる者がいる。それがサクラを見つけた者。レンジだ。レンジがどうにかしてくれていると思うが」

「あの赤毛の隊長か」

「ああ」


 すると、ミカゲのスマホが鳴る。事務員からだ。


「わかった。会議室Aにいると伝えてくれ」


 誰からだと思っているとミカゲが言う。


「噂のレンジがきた」

「え?」


 少し経つとレンジがやってきた。


「ミカゲ兄貴、久しぶりだな」

「兄貴?」


 ナギは怪訝な顔をミカゲに向けると、苦笑して言う。


「あいつ、俺のこと兄貴って呼ぶんだ」


 するとレンジはナギを見る。


「一條ナギもいたんか」

「ああ」

「兄貴と知り合いか?」

「俺の教え子だ」

「なるほどな」

「で、どうした? お前が来るなんて珍しいな」


 まずレンジが学校まで来てミカゲに会いに来ることはない。だとすれば何か急ぎの用だということだ。ミカゲの質問にレンジは頭を掻きながら言う。


「色々と面倒なことになってな。ちょうど一條ナギも関係することだ」

「サクラの件か」


 ミカゲの言葉にレンジは「やはり兄貴も知っていたか」と返し、今までの経緯を説明する。


「特殊規定だと⁉」


 ミカゲは驚き、ナギは意味が分からずに眉を潜める。


「特殊規定とは、通常国家犯罪クラスの者に課せられる規定だ。それが適応されると面接出来る者が段階で分けられる。そして今回適応されたのが、すべての者が面会謝絶という一番上位ランクのものが適応されたということだ」


 ミカゲの説明にナギは聞き返す。


「すべての者が面会謝絶だと?」

「ああ」


 するとレンジが腕組みをして壁に背を預けながら言う。


「九條サクラは特級稀人の疑い扱いだ。まず特殊規定が適応されることなんてあり得ねえんだよ」

「だな」


 ミカゲも頷く。特殊規定が課せられるのは、無差別殺人の人物のような者で妖力が強い者のみなのだ。


「最初からおかしいんだよ」

「どういうことだ?」

「まず俺は九條サクラの稀人の能力を教えていない」


 ナギは驚き、ミカゲは「やはりそうか」と呟く。


「敵国ガーゼラ国の件があるからな。容易に口に出すことは危ない。だからあえて言わなかった。そしたらこれだ」


 レンジの目に鋭さが宿る。


「だがこれで分かった。やはり保安部に敵国ガーゼラ国の回し者がいる」

「だが保安部だけではここまでは出来ないだろう。だとすれば、上の者にもガーゼラ国の息がかかった者がいるということだな」


 ミカゲの言葉にレンジも頷く。


「ああ。だとすれば特殊規定の適用を許可した人物――」


 ミカゲが言う。


「3人いる宰相のうちの誰かか」


 この国には宰相が3人いる。忙しい皇帝の代わりに代役で許可を出したりしている者だ。


「それしか考えられねえんだけどよう。本当に宰相なのか?」


 そう答えを出したが、レンジはまだ信じられずにいた。まず宰相は皇帝の信頼を一身に受けている者だという認識だからだ。

 だがミカゲは「あり得ない話じゃない」と言う。


「でも宰相は元々は上官の出で隠居した者達だろ?」


 ミカゲは苦笑しながら「隠居ってお前、言い方」と突っ込んでから応える。


「確かに信頼はある者達だから普通はそのようなことはないが、1つ例外がある」

「すり替わりか」


 そう応えたのはナギだ。


「そうだ。もし宰相のどちらかが偽物だとしたら、あり得る話だな」

「おい。それって、化けてるってことか?」


 レンジが目を見開きながら言う。


「ああ。だがその線が一番強いな。今までザルバとイーサの中に工作員やガーゼラ国の息がかかった者がいると思っていたが、まさか宰相の中にいたとはな。どおりで見つからなかったわけだ」


 ミカゲが頭をかく。宰相の者は皇帝からの信頼が深く、ほとんどノーマークだったのだ。


「じゃあどいつが偽物か調べさせる」

「ああ」

「だが分かったところでこの状況が変わるわけじゃねえ」

「ああ。時間がかかるからな」


 一度特殊規定が適用されると、その撤回には相当の手続きをしなくてはならない。普通でも1週間はかかるのだ。


「その間にサクラをガーゼラ国に連れ去られたら元も子もないからな。どうにかしなくてはならないな」

「ああ。そこで特例を使いたい。分かるよな? 兄貴」

「だと思ったよ。シンメイに頼めって言うんだろ?」

「そうだ。陛下しか許可が出せねえからな」


 皇帝のシンメイに、サクラの処置は不当だと承認してもらい、サクラを解放するのだ。


「わかったよ」

「サンキュー。でだ。後、1つ兄貴に聞きたいことがある」

「? なんだ?」


 てっきりもう話が終ったと思っていたミカゲは首を傾げる。


「今回の件でもう1つ解せねえことがある。九條サクラの中のやつはなんだ? あれは九條サクラとは別人だ」

「……」

「そしてなぜかそのことに関して、一條家も九條家も、そしてヤマト様も三條の息子も知っていて隠している。なぜか兄貴は知っているか?」


 レンジはナギを見ながら質問し、そしてミカゲへと鋭い視線を向ける。


「今の俺の質問を聞いた兄貴の反応からして、やはり兄貴も知っているな?」

「……」

「兄貴、何を隠している。どうせがっつり兄貴も関係してるんだろ。説明してもらおうか」


 ミカゲははあと嘆息する。もうこうなったら隠すことは無理だろう。


「分かったよ」

「ミカゲ」


 ナギの声かけにミカゲは、大丈夫だと手を上げて見せる。


「こいつは大丈夫だ」

「……わかった」


 ナギもこうなってはどうしようのないと諦める。そしてミカゲはレンジに黒銀くろがねのことを話す。レンジはただ目を見開き黙って聞いていた。そして全部聞き終わってから言う。


黒銀くろがねってあの黒銀くろがねのことだよな?」

「ああ」

「死んだんじゃなかったのか……」


 レンジも小さい頃に見た絵本でしか知らないため、黒銀くろがねは死んだものだと思っていた。


「そいつがあの九條サクラの中にいるっていうのか……」

「そうだ。だからこのままではどちらにせよサクラにとって良くない」


 そういうミカゲにレンジは言う。


「九條サクラはどの道死ぬ運命ってことか。やりきれねえな」


 その瞬間、ナギはレンジの胸ぐらを掴む。


「そんなことはさせない」


 だがレンジは抵抗することなく、睨むナギに淡々と言う。


「そう言うが、どうするんだ? 黒銀くろがねを九條サクラから引き離す術は今のところないんだろ? 封印しているだけで、時間が経てば九條サクラの意識は乗っ取られる」

「……」

「そしてそれが無理ならば結局封印したまま九條サクラは殺されるということだろ」

「だからそうならないようにすると言っているんだ!」


 押し殺すように低い声音で感情的に言うナギに、反対にレンジは冷静に言い返す。


「感情論で言うんじゃねえ。ちゃんとした方法があるのかと聞いているんだ」


 ナギは言い返せずに黙る。やはりそうかとレンジは嘆息する。


「お前がそう思いたい気持ちは分かる。だがなー、思いだけじゃどうしようもねえんだよ」

「……わかっている」


 ナギはレンジの胸ぐらを握っている手を外し、トーンを低くして言う。


「ミカゲ兄貴の話からして、後1ヶ月ほどで黒銀くろがねは九條サクラを飲み込むんだろ? ぶっちゃけ何か策はあるのかよ」


 レンジはミカゲに視線を向けると、ミカゲははっきり「ない」と言う。そしてナギを見れば、ただ下を向き黙っているだけだ。レンジはそんなナギの肩を抱く。


「煽るようなことを言って悪かったな。先のことは後にして、まず九條サクラを取り戻すことを考えようぜ」

「当たり前だ」


 ナギはムッとし、レンジへと半目を向けるのでレンジは首を傾げる。


「なんだ? 不服そうだな」

「サクラを捕まえたのはあんただろ」


 レンジは目を丸くする。そこまでさかのぼるのかと嘆息し言う。


「まあそうだけどよ。あの状態ではそうするしかなかったんだよ。探知機は稀人の種類までは本部へ連絡はいかないが、という連絡は行く。あの時俺が見逃したとしても九條サクラが捕まるのは時間の問題だった。もし俺が捕まえていなかったら、もっとひどいことになって、情報もまったく分からなかったかもしれねえ。反対に有り難く思ってほしいな」


 悪戯な顔をして言うレンジにナギは、


 ――こいつは苦手だ。


 と、これ見よがしに大きなため息をつき、不機嫌な顔で視線をわざと逸らした。


「いい度胸してるじゃねえか、一條ナギ」


 レンジは顔を引きつらせる。だが、ガキだからしょうがないと気持ちを切り替えミカゲに言う。


「兄貴、さっそく陛下に頼んでくれや」






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