第111話 サクラの処遇②



          ◇



 レンジはナギ達の場所から離れた後、意識がないサクラを軍の保安部の検査部へ渡した。その時、万象無効ばんしょうむこうのことは隠し、稀人の反応があったことだけを説明し、結果を廊下で待っていた。


 1時間後、保安部の検査結果が出た。


「調べた結果、稀人ではありませんでした」

「そうか」


 レンジは結果の用紙を見る。


 ――やはり万象無効ばんしょうむこうは検査では出ないか。万象無効ばんしょうむこうの者は目が光った時だけ能力が発動すると言われている。それは他の者にその能力がばれないためだ。ならば検査しても出ないと思っていたが、やはり出なかったな。


「なら機械の誤作動だったみたいだな。この機械、水没させてな。最近調子悪いんだ。すまねえな」

「いえ。そういうこともよくありますので」

「じゃああの子を返してもらおうか」

「わかりました。お待ちください」


 検査員の女性がまた部屋へ入っていった。


 ――さあ、どうするか。


 サクラの中の得体の知れない者を思い出し。レンジは目を細める。


 ――ありゃあ、あのままにすると危ねえ。


 すると先ほどの検査員の女性が1人でやってきた。


「? 九條さくらは?」

「すみません。もう一度九條さんを詳しく調べることになりましたので、今日はこのままここで泊まってもらうことになりました」

「もう一度? 結果はでてるんだろ?」

「……はい」

「じゃあなぜもう一度調べる。何回やっても同じことだろ」

「そ、そうお伝えしたのですが……。上司が……」


 どうも検査員の女性の歯切れが悪い。


「じゃあ少し九條サクラと話をさせてくれ。先ほどの件で聞きたいことがある」

「分かりました。少々お待ちください」


 検査員の女性はまた部屋へと入り、しばらくすると戻ってきた。


「すみません。九條さんの具合が悪いようなので今日はご遠慮くださいとのことでした」

「どこか怪我をしていたか?」


 レンジが見た感じは怪我はしてなかったはずだ。


「いえ。怪我はしてませんでした。どこが悪いのかは……すみません、私にはよく分からないです……」


 検査員の女性は困った顔をして言う。


「そう言えと言ったのは上の指示か?」

「……あ、はい……」


 検査員の女性は目線を下にし小さく頷く。


「分かった」


 レンジは保安部を後にした。



           ◇



「それがなにか?」


 レンジの話を聞いてフウマが首を傾げる。


「俺は九條サクラが万象無効ばんしょうむこうということは伏せて保安部に渡した。万象無効ばんしょうむこうの者はガーゼラ国も狙っているからな。今、組織にガーゼラ国の息がかかったやつがいるかもしれねえのに、安易に言うのはよくねえと思ったからな。探知機はあえて稀人がいたということだけ、通知が本部に行く。だから九條サクラが万象無効ばんしょうむこうだということは分からないはずなんだ。そして結果は陰性だった。それなのにもう一度調べると言いやがった」

「それはやはり何か数値的に出たんじゃあないんすか?」

「そこはわらかねえ。だが検査員の者も不思議がっていた。だとすれば返したくない理由があるということだ」


 ナギとソラがサクラを連れていくのを至極嫌がっていたことを思い出す。


「一條家と三條家が拒む理由と何か関係があるのかもしれん」

「どうするんすか?」

「まあ少し様子を見る」





 それから1週間が経過した。


 保安部に足を運ぶのはこれで3回目だ。会えないと言われた次の日に来てみれば、まだ再検査中のため終ったら連絡をすると言って以来音沙汰無しで、今日で1週間経っていた。

 どう見ても遅すぎるとレンジは保安部へ足を運んだ。


「どうなっている? もう1週間だぞ! いい加減結果が出ているだろう!」


 強い口調で言う。


「そ、それが、九條さんの検査に時間がかかっておりまして……」


 対応したのは、保安部の検査長の片瀬だ。


「検査に1週間もかかるわけないだろう。どういうことか説明しろ」

「申し訳ございません。機械の調子が悪く……」


 片瀬のどう見てもその場しのぎの言い訳にレンジは苛立たち、今にも爆発しそうになるが、冷静を装い静かに低い声音で言う。


「じゃあ機械の調子が悪いだけだな?」

「え? そ、それは……」

「なら九條サクラに会わせろ。ここにいるんだろ?」

「あ、そ、それは、ちょっと……」

「ちょっとなんだ? 何か不都合でもあるのか?」

「い、いえ、そんなことは……」

「じゃあ会わせろ」

「あ、あの、九條さんはまだ調子が悪く……」

「じゃあ俺が医者に連れて行く」


 レンジは中に入らせないようにする片瀬を押し切り、中へズカズカと入って行く。


「影山隊長、お待ちください!」


 片瀬がどうにかレンジを止めようとするが、力で勝てるわけもなく、レンジはどんどんと奥へとすべての部屋の扉を開けながらサクラを探す。だが、すべての部屋をくまなく探すがサクラの姿はどこにもない。


 ――いないだと? どういうことだ。


「九條サクラはどうした?」

「そ、それは……」


 片瀬は冷や汗を掻きながらあたふたしている。すると、


「困りますねー。勝手に入ってきてもらっては」


 と声がした。見れば、メガネを掛けた60才ほどの恰幅のいい男性がやって来た。保安部副部長の向井だ。


 ――向井か。たしか1年前に副部長になったばかりだったか。


「向井副部長、いたんだな」

「今、外から戻ってきたんだよ。そしたら何やら騒がしいので来てみればこれだ。相変わらずだね、影山隊長は。めちゃくちゃだ」


 向井の嫌みにレンジは鼻で笑う。


「よく言うぜ。俺はちゃんと正当なやり方でこうして来ているんだ。めちゃくちゃなことをしてるのはそっちだろ」

「これのどこが正当なやり方かね。保安部は部外者は立ち入り禁止ということをお忘れか」

「知ってるさ。だがなー。被験者の検査が終ったら渡すのが決まりなのに、渡さずどこかに隠してるからこうして強引に入って確認しているんだろ。最初に違反をしたのはそっちだろうが」


 レンジは睨みながら向井に言う。だが向井はまったく気にしず笑顔を見せる。


「それは申し訳なかったね。通達ミスだったようだ」

「は?」


 レンジは眉を潜める。


「今さっき九條サクラさんの検査は終わり、特級稀人の疑いということが判明し、監視対象となった」

「!」

「だから今九條さんを監視施設へ連れて行った」

「監視施設だと? 何勝手なことをしてやがる! 保安部がすることじゃねえだろ!」


 レンジは怒りを露わにして言う。本来ならば保安部はただ検査し報告、その後は軍がすることになっていた。その理由は稀人が敵国に狙われないためだ。


「それは申し訳なかった。九條サクラさんは十家門であることと、特級稀人の疑いがあることから、早急に対処しなければと思ったのでね」

「早急? 疑い扱いなのにか?」

「――」

「で、なんの稀人だった?」

「それは……」


 向井はそこで応えられずに黙る。


「疑いなんだから言えるだろ」

「疑いだから、安易に言うことはできないですな」


 向井は笑顔を作り、さも知っているが言うことが出来ないていで言う。


 ――やはり万象無効ばんしょうむこうに気付いたか。


「わかった。で、九條サクラは監視施設にいるんだな」

「ええ」


 踵を返し部屋を出て行こうするレンジに向井は慌てて呼び止める。


「影山隊長、監視施設に行かれるのか?」

「当たり前だ。お前達が勝手なことをしたんだ。そんなもん正当な手続きじゃねえからな。それにまだ九條サクラに面談してねえしな」


 そしてレンジは向井を見て言う。


「何か都合が悪いことがあるのか?」

「……いえ」


 向井は笑顔で応える。


「じゃあな」


 レンジは部屋を出ると、瞬間移動で監視施設の入り口に移動する。そこはマンションのような建物だった。だが普通のマンションとは異なり、所々監視カメラが設置されており、周りは鉄格子などで侵入も脱走も出来ないようになっていた。


「保護施設と言ってやがるが、牢獄だな」


 中へと入り、サクラとの面談を希望する。だがここでもまた面会は叶わなかった。


「申し訳ございません。九條サクラさんの面会は禁止されております」

「どういうことだ。面会と言っても普通の面会じゃねえ。緊急要請の件でだ。稀人の件じゃねえ」

「ですが、特級ランクの稀人の疑いがある者との面会は、隊長であっても出来ません」


 ――くそ! また第二か条か。法律で決まってやがるからな。


「じゃあ誰なら面会出来る」

「今のところ誰も……。ただ皇族の方でしたらもしかしたら……」

「もしかしたら? どういうことだ」

「はい。この件に関しましては特殊規定が設けられてまして……」

「なんだって!」


 ――特殊規定だと!


 特殊規定は、通常国家犯罪クラスの者に課せられる規定だ。そのため面談は安易に出来ず、色々な手続きと時間がかかる。


 ――どういうことだ。なぜ九條サクラに特殊規定が適応される?


「わかった。出直す」


 レンジはしかたなく監視施設を後にした。


 ――特殊規定が適応されちまっては俺ではどうしようもできねえ。面倒なことになったぜ。



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