第109話 合同訓練⑤



「なんだ? 殴らないのか?」


 ナギは目を眇め言う。


「ああ。その必要はなくなったからな」

「?」


 刹那、黒銀くろがねが後ろから首を絞められ羽交い締めされた。

 見ればソラだ。黒銀くろがねは目を見開く。


「お前は!」

縛守黒錠ばくしゅこくじょう

「てめー! くそ! 妖力を使い過ぎなかったらこんな拘束すぐ解除してやるのに!」


 黒銀くろがねが叫ぶ。


「サクラの顔で言うな。クズが」


 ソラは睨みながら黒銀くろがねの耳元で囁くと、前と同じように両手の手の平で四角を作り、その中に写真のフレームのように黒銀くろがねの姿を入れ呟く。


黒魂封印こくこんふういん

「ちっ! まあいい。妖力が戻ればすぐにでも変われるからな」


 黒銀くろがねはそう言い放ち意識を手放した。

 崩れ落ちるサクラをナギが受け止める。


「ソラ、悪いな」

「少し驚いたけど、君のおかげで一瞬でここまでこれた」


 ナギは殴ることが出来ないことが分かった瞬間、ソラを魔法でこの場に呼んだのだ。


「ソラ……」


 ナギの真剣な顔に一抹の不安を感じソラは眉を潜める。


「ナギ? どうした?」


 だがそこで場違いな緊張感がない軽い声音が下りる。


「おーい。君達ー」


 振り向けば特殊部隊だ。


「俺達は特殊部隊で、俺が隊長の影山レンジだ」


 レンジは、背はナギよりも高く190㎝はあり、腕まくりをした筋肉質な腕、軍服の上からでも分かる鍛え上げられた堂々とした体躯。そして何よりも目を惹いたのは容姿だ。少しつり目で、髪型は不揃いの明るい赤髪を横は顎ぐらいの長さだが、後ろだけが少し長く1つに縛っているという、部隊の隊長には似つかわしい見た目だった。


 そんなレンジを見てナギとソラは、


 ――なんだ? このチャラいやつは。本当に隊長か?


 と思いっきり顔に出している。そんな2人にレンジは目を眇めた。


「お前ら、今絶対俺のこと隊長じゃねえだろって思っただろ」

「……」


 肯定も否定もせずじっと見てくるナギとソラに、レンジは頭を掻きながら嘆息し言う。


「ったく、今のガキは返事もろくにできねえのか? 世も末だな」

「自分を棚に上げてよく言うな。うちの隊長」

「ほんと。否定しないってことは、肯定してるんだろ」


 と、後ろにいた部下達が苦笑しながらフレンドリーに突っ込む。そんな部下にレンジは怒るわけではなく、「おまえら、うるせいぞ!」と返している。

 その様子を見てナギとソラは、


 ――本当に軍の者なのか?


 と、さらに胡乱な目を向ける。特殊部隊は軍の中でもトップの隊だ。近衛部隊と同等の強さと地位だ。そんなトップの隊のメンバーが隊長も含め全員が20代と若く、そしてあまりにも緊張感がない。


 だが、実力はあるとすぐに分かる。


 部下の特殊部隊の者5人は全員十家門と同等の妖力の持ち主だからだ。そして飛び抜けて妖力があるのがレンジだ。

 そんなレンジの妖力を感じ、ナギはやはり特殊部隊隊長なんだろうと納得する。


 ――この影山、妖力は父さんほどか。それにこの感じ……。


 するとソラが話す。


「特殊部隊がなぜここに?」


 応えたのは特殊部隊ではなく、早瀬だった。


「私が緊急要請で呼んだの」


 そこでなぜ特殊部隊が来たのかナギとソラは理解する。するとレンジが質問してきた。


「君達の名前は?」

「一條ナギ」

「三條ソラです」


 素直に応える二人に、特殊部隊の者達は驚いた表情を見せる。


「一條様と三條様の息子か……」


 そして、ナギを見て一人の隊員が、


「あれが噂の……」


 その言葉の後がナギとソラは想像がつき構えていると、


「ヘタレ息子か」


 案の定思った通りの言葉が発せられ、ナギは嘆息し、ソラは苦笑した。


 だがそんなことは今はどうでもいい。気になるのはレンジの目線の先だ。レンジが見ているのは、ナギに抱き抱えられているサクラだった。

 嫌な予感しかない。


「君が抱いているその女子生徒の名は?」


 やはり聞いてきた。


「九條サクラだ」

「九條……。じゃあ君の許嫁か」

「ああ」

「なら許嫁のその子をこちらに渡してもらおうか」

「!」


 ソラは驚き目を見開き、ナギはやはりそうかと目を細めて言う。


「断る」


 するとレンジの口調が今までよそよそしかったのが、大柄な言い方に変わる。


「いいねーその態度。だがそれは却下だ。その子をこちらに寄こせ」


 レンジは口角をあげて言うが、目は笑っていない。威嚇だ。だがナギは動じない。


「断ると言った。なぜ渡さなくてはならない」

「理由はちゃんとある。その子は万象無効ばんしょうむこうの稀人だからだ」


 だがナギとソラは驚かず、反対に敵と判断したように睨み返す。その反応にレンジは悟る。


 ――やはりこいつら知ってたな。


万象無効ばんしょうむこうの稀人は国の管理が義務付けられている」

「何かの間違いじゃないか? こいつは稀人ではないと検査でも出ている」


 ナギはしらを切る。だがそう言うだろうこともレンジは分かっていた。だから頭を掻きながら、あえて説明する。


「まあそうだろうな。万象無効ばんしょうむこうの能力は普段は現れない。だが目が光った時だけその力が放出される。と言われているからな」  

「……」

「でだ。これだ」


 影山は胸のポケットからスマホの画面を見せる。


「これは隊長に渡されるスマホだ。これには稀人探知機が搭載されている」

「稀人探知機?」


 ナギが聞き返すと、レンジは「ああ」と頷く。


「俺らは軍の任務をこなしながら稀人も探すことも任務に入っている。その子のように隠している稀人や、途中で覚醒して稀人になる者もいる。ましてやその子のように万象無効ばんしょうむこうの稀人は敵の脅威になる」

「……」

「その理由は言わなくても分かってるよな?」


 次の瞬間、ナギに抱かれていたサクラが消え、レンジが抱いていた。


「!」


 ――早い! いつの間に!


 ナギとソラは驚きレンジを見る。


「ガーゼラ国に捕まると厄介だ。それぐらい分かるよな?」

「サクラを返せ」

「お前も強情だな。それかただのアホか? これは決まりなんだよ。お前の願望は関係ない。それに――」


 いきなりレンジが真剣な顔になり言う。


「この子は危険だ」


 ナギとソラは何も言えない。レンジは黒銀くろがねのことを言っているのだ。だからと言って、「はいそうですか」と渡すわけにはいかない。


「じゃあ力尽くで返してもらう」


 ナギの言葉にレンジは大袈裟にため息をつく。


「お前分かってるか? 妨害すればれっきとした犯罪だ。十家門と言えども許されないぜ」

「そんなこと関係ない」


 ナギが戦闘態勢に入ろうとした時だ。


「ナギ、止めるんだ」


 背後から制する知った声がした。振り向けばヤマトだ。


「ナギ、ソラ、ここは大人しく従いなさい」


 ヤマトはそう言いナギとソラの前に出る。するとレンジは頭を下げ、それ以外の特殊部隊の者は膝を突き頭を垂れる。


「まさかレンジ君が来るとはね」

「お久しぶりっすね。ヤマト様」

「まあ君に会うことはほとんどないからね」

「ですね。まあ俺らには会わないほうのがいいことですから」

「なぜ今回君達がここに?」

「たまたまですよ。緊急要請のボタンが押された時に俺らの隊しかいなかっただけです」

「君達だけ?」

「ええ。他にもこの訓練で緊急用ボタンを押した隊がいたみたいで、出払っていたんですよ」

「そういうことだったんだね」

「ええ」


 ヤマトはレンジに抱かれているサクラへと視線を向ける。それに気付いたレンジは背筋を伸ばし言う。


「軍事規約第二条により稀人である九條サクラを保護します」


 それに対しヤマトはただ頷く。


「ご苦労さま」

「では俺はこれで。俺の部下達置いておきます。使ってください。お先に失礼します」


 そしてレンジはナギを見る。


「俺を恨むなよ。これはれっきとした法に従った処置だ」

「ああ」


 ナギも抵抗する気はなかった。こうなってはどうしようもないからだ。


「じゃあな」


 レンジはその場から消えた。それにはヤマトは苦笑する。


「やはりレンジ君も瞬間移動出来るんだね」


 そしてヤマトはナギとソラへと振り向き2人だけに聞こえるように囁く。


「サクラさんがすぐにどうにかなるわけじゃない。今は大人しくしていなさい。これが終ったら学校の僕の部屋にきなさい」


 するとソラがヤマトへ言う。


「ヤマト様、サクラの能力を知られたくないです」


 それはソラが記憶を操作したいという申し出だとヤマトは気付く。


「わかった。していいよ。ただ特殊部隊には効かない。部隊には後で僕から説明しておくよ」

「お願いします」



 ソラは黒銀くろがねを見た者すべての者の記憶を倒したのをレンジにし、サクラは体調を壊して退出したと書き換えた。


 怪我をしたコウメイや他の隊の者達はすぐに病院に搬送された。負傷者が出たが猪笹いのささを倒すという任務は達成されたので、ナギ達の班はそれで終了となった。


 後から分かったことだが、他の班も、いた場所が陥没して全員10メートルほどの穴に落ちるというイレギュラーの事態で対処が出来ずに緊急用ボタンを押し、待機していた部隊が出動していたようだ。そのため特殊部隊が臨時にかけつけたということだったらしい。




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