第108話 合同訓練④



 サクラから膨大な妖力が発せられた瞬間、噛みつこうとした猪笹王いのささおうが動きを止め、何歩か後ろに下がった。


「ほう? 一応、とつくだけあるな。攻撃をやめて間合いを取るのは正しい」


 銀色の目のサクラ、いや、黒銀くろがねがほくそ笑む。


「ほんと万象無効ばんしょうむこうの者は能力は凄いが、戦いには弱いな。結局俺が出てこなければ死んでいた」


 黒銀ころがねは両手の手の平をグーパーする。


「まだ少し違和感があるな。やはり少し早いか」

「サクラさん?」


 近くにいたエリカが眉根を潜めながら恐る恐るサクラを呼ぶ。その声に黒銀くろがねはエリカへと視線を向ける。


 ――服装からして同じ学校の十家門の者か。


「悪いな。俺はサクラじゃねえ」


 男の声を聞いてエリカは目を見開く。


「あなた……誰?」

「命が惜しければそれ以上の詮索はしねえ方が身のためだ」

「……」


 エリカはそれ以上言えなくなる。黒銀くろがねが放つ妖力が半端ないのだ。その様子を離れたところから見ている早瀬もそうだ。


「九條さんの妖力が爆発的に上がった。どういうこと? それにあの妖力はなに?」


 遠くて声までは聞こえない早瀬はいきなり上がったサクラの妖力の意味が分からず眉を寄せるしかない。

 そこへ5人の影が早瀬の前に落ちる。驚き見れば、軍服を着た者達だった。


「呼んだのは君か?」

「は、はい。第3部隊の早瀬です」

「特殊部隊隊長の影山レンジだ」

「特殊部隊?」

「緊急用の時はその時に空いている隊が来る。今回はたまたま俺達が空いていただけだ」


 そう説明し、レンジは猪笹王いのささおうへと首を向ける。


「なるほど。あれではお前達では歯が立たないな」


 そしてその横の学生――サクラを見て目を細める。


 ――あの女子学生は? 妖力半端なく強い。


 だが今はまず誰であろうと救出が優先だ。


「よしじゃあまず近くの学生達を助けるぞ!」


 そう部下の隊員に叫び向かおうとした時だ。猪笹王いのささおうが咆哮した。


「!」


 そして大きな口を開け、サクラの姿の黒銀くろがねに向かって突進して行っていた。


「危ない!」


 特殊部隊達は急いでサクラとエリカの所へ向かおうとしたが、サクラから爆発的に膨大な妖力が発せられたため反射的に動きを止める。


 ――なんだ! あの妖力は!


 黒銀くろがねは鼻で笑う。


「力の差を知った上で襲うか。やはり覚醒種みたいに会話が出来ない時点で脳みそは動物並だな」


 黒銀くろがねが手のひらを猪笹王いのささおうへと向けた。刹那、手のひらから銀色の弾丸が飛び出し猪笹王いのささおうの喉を貫き尻へと抜け真っ二つになる。そして爆発が起き猪笹王は跡形もなく粉々になった。


「!」


 それを見たレンジと隊員達は驚愕し立ち尽くす。


 ――今何が起こった……。


 妖獣はレベル9の猪笹王いのささおうだ。固い皮膚に覆われ、普通の妖力での攻撃では通じない。洗練された軍の特殊部隊達でさえも無理な妖獣だ。それを女子学生がいとも簡単に一撃で倒したのだ。


「一撃だと!」

「ありえねえ! まだ学生だろ!」


 特殊部隊の隊員達は驚き叫ぶ。だがレンジだけは気付く。


 ――あれはあの女子学生のじゃねえな……。


 すると、レンジの胸ポケットの軍事用スマホのアラームがなった。ポケットから取り出し目を見開く。


「!」


 ――万象無効ばんしょうむこうの稀人だと!


 そこへナギが瞬間移動で黒銀くろがねとレンジ達特殊部隊の間に現れた。それを見てレンジ達特殊部隊はまた驚き見る。


「誰だ?」


 ――いきなり現れた? 瞬間移動か。


 ナギの格好からレンジは男子学生だと認識する。


 ナギは周りを見渡す。サクラも気になるが、知らない軍服の者達がいることに眉を潜める。


 ――誰だ? 妖力が半端ない。軍服の色からして軍の上の方の部隊か。面倒だな。


 だがナギはすぐにサクラへと視線を向ける。


 ――あの妖力、そして銀色の目。やはり黒銀くろがねが表に出てきたか。


 ナギはまずエリカの元へと行く。


「先輩、大丈夫ですか?」

「ナギ君。どういうわけかサクラさんが乗っ取られたみたいなの。声も男性でまったく違う人物だわ」

「はい。分かってます。先輩立てますか?」


 ナギはエリカへ手を差し伸べ訊く。


「ええ」


 エリカが手をとると、ぐっとナギはエリカを立ち上がらせる。


「サクラさんはどうなったのかしら? どう見てもあれは味方ではないわ」


 エリカもやはり黒銀くろがねを本能的に敵と見なしているようだ。


「そうですね。あれは味方ではなく危険人物です」


 ナギは黒銀くろがねを見る。黒銀くろがねもナギに視線を向けたまま動こうとせずにいた。


 黒銀くろがねはナギを見て目を細める。


 ――一條ナギか。こいつの許嫁で十家門のトップの息子。ここに瞬間移動できたのか? へえ、あの若さで強いな。さすが十家門のトップだけある。


 ナギはレンジ達の方を一瞥してエリカに尋ねる。


「先輩、あの人達は?」


 ナギの視線を追いエリカは言う。


「あれはたぶん服装と胸のバッチから特殊部隊ね。なぜここに来たのかは分からないわ」


 早瀬が緊急用ボタンを押したことを知らないエリカは首を振る。


「じゃあ先輩はあの者達の所に避難してください」

「え?」


 ナギは瞬間移動でエリカをレンジの所へと移動させた。

 驚いたのはエリカと特殊部隊の者達だ。


「え? あれ?」


 エリカは驚き声を上げる。すると1人だけ驚かずにいたレンジが訪ねて来た。


「君に聞きたいことがある。いいかな?」




 ナギはエリカを移動させてから黒銀くろがねへと歩みを進める。黒銀くろがねは抵抗せずにナギが側まで来るのを待っていた。


黒銀くろがねだな」

「ああ。一條ナギだな」

「サクラはどうした」

この中にいるぜ」


 黒銀くろがねは胸を指差し言う。その言葉にナギは目を細める。


 ――まだだと? たしか黒銀くろがねの能力を100%使うには、乗っ取った者の魂と同化し、その期間が1年ほどだったか。今の言い方だと、同化すればサクラの魂は消えるということか。


「なぜ出てきた?」

「こいつがやられそうだったからだ。こいつが死んだら元も子もないからな。だが強制的に封印を解除したおかげでほとんどの妖力を使いはたしちまった。また少し完全体になるのが伸びちまったぜ」


 そして黒銀くろがねはナギを睨む。


「それにお前が余計な物をくれたおかげで、あと少しでこいつを完全に乗っ取ることが出来たのに、出来なくなっちまったじゃねえか」

「? 何を言ってる?」

「ちっ! 無意識か。これだよ!」


 そう言って黒銀くろがねは髪をかき上げ左耳を見せる。そこにはナギがあげたピアスがあった。


 ――俺がやったピアス? あれは天陽大神そらのひなたのおおかみがくれた物。そうか神力が効いているのか。


「このピアスのおかげで完全にこいつを乗っ取ることが出来なくなっちまった。でもまあいい。まだ方法はある。のちに俺のものになるのは変わらない」


 ――じゃあ今のところは完全にサクラの魂を消すのは回避出来たということか。


 無意識だったが、あのピアスをサクラにあげたのは正解だったということだ。ナギは心の中で安堵する。


 ――ならば、まだ望みはゼロではないということだな。


 そこでナギはずっと気になっていたことを訊く。


「1つ質問だ」

「なんだ」

「お前が自らサクラから離れることは出来るのか?」

「ああ、出来る」

「じゃあ今すぐサクラから出ろ」


 唐突なナギの言葉に黒銀くろがねは片眉と片方の口角をあげて鼻で笑う。


「バカか。そんなことするわけねえだろ。こんな都合のいい体、誰が離れるかよ」


 ナギは一瞬で黒銀くろがねに近づき、左手で黒銀くろがねの胸ぐらを掴む。


「いいから出ろ。これはサクラの体だ」


 ナギの脅しも黒銀くろがねには通用せず笑顔を見せる。


「何回も言わせるな。出るわけねえだろ」

「――」


 黒銀くろがねの胸ぐらを握る拳に自然と力が入る。


「なんだ? 悔しいか? 涙ぐましいねー。許嫁を取られて悲しいってやつか? 残念だったな。俺に目をつけられた時点でこいつの未来はねえってことだ」


 ナギは右手の拳を上げる。


「俺を殴るか? いいぜ。お前が殴る瞬間、こいつと入れ替わることだって出来るんだぜ」

「……」


 ナギはギッと睨んだまま握った拳を広げ、指をパチンと鳴らした。


「なんだ? 殴らないのか?」


 ナギは目を眇め言う。


「ああ。その必要はなくなったからな」

「?」


 刹那、黒銀くろがねが後ろから首を絞められ羽交い締めされた。

見ればソラだ。黒銀くろがねは目を見開く。


「お前は!」

縛守黒錠ばくしゅこくじょう


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