第107話 合同訓練③



 その頃C班は、目の前の光景に目を疑う。今目の前に大きな猪笹いのささがいるのだ。


 1人の女性隊員が早瀬に言う。


「早瀬先輩、なぜもう猪笹いのささがいるんですか?」

「分からない……。もしこちらに誘導出来たら連絡が来るはずなんだけど……」


 だがまだ連絡は来ていない。


 ――どういうこと? 連絡忘れ?


「それに猪笹いのささってあんな色でしたっけ?」


 そう言われて目の前の妖獣をもう一度よく見る。そして眉根を寄せる。


 ――確かに私が報告を受けている姿とは少し違う。


 早瀬が事前に聞かされていた猪笹いのささは、全身が茶色で大きさは2メートルほどだ。だが今目の前にいるのは全身が白い色で大きさも一回り大きい。そして何より口先から出る大きな牙がとても目立つ。明らかにまったく違う妖獣だ。


 するとエリカが声を上げる。


猪笹王いのささおう……」

「!」


 ――そうだ! あれは猪笹いのささの中のボスだわ! でもなぜ? いや、そんなこと言っている場合じゃない。あれは私達でどうにか出来る妖獣じゃない。すぐここから逃げなくては!


 早瀬が振り向き、皆に言おうとした時だ。猪笹王が突進しながら全身の妖力を爆発させる攻撃をしかけてきた。一瞬の出来事にサクラ達は皆、対処する間もなく吹き飛ばされた。


「きゃー!」


 地面を滑るように転がる。サクラとエリカは全身打撲ですぐに立つことが出来ない。だが早瀬と他の軍の者達は受け身を取ったためすぐに立ち上がった。ここで経験の差が出た形だ。

 早瀬が倒れているエリカとサクラに声をかける。


「五條さんと九條さんは、すぐここから離れなさい!」


 そう言うと早瀬は携帯していた銃を取り出す。同じく軍の女性隊員3人も銃を構える。それを見たエリカはすぐさまその銃の性能を理解する。


 ――あれは対妖獣用の銃!


 エリカの家、五條家は武器の製造をする家系だ。そのため武器を使うことに関しては一番詳しい。エリカも例外ではない。父や兄から武器に関しての知識をたたき込まれた。母親は女の子だからと嫌がっていたが、兄が内緒で教えてくれていたのだ。

 だから分かる。


 ――あれはO104系のリボルバー式拳銃。中型の妖獣なら6発あれば仕留めれるけど、猪笹王いのささおうほどの大きさでは致命的な殺傷能力はない。


 エリカは眉を潜める。


 ――あれでは反対に怒らせるだけだ!


「早瀬さん、その銃ではダメです!」


 だがエリカが叫んだと同時に早瀬達は発砲していた。やはりまったく効かず、弾を弾いていた。反対に攻撃をしたことで猪笹王いのささおうの怒りを買った。大きな咆哮を轟かせると、サクラとエリカには目もくれず、銃を撃った早瀬達へと突進し、次々と体当たりして吹っ飛ばしていったのだ。


「きゃああー!」


 早瀬達は高く舞い上がり地面に思いっきりたたき付けられた。衝撃からか皆ピクピクさせ立つことが出来ない。

 それを見たエリカはくっと唇を噛むと、斜め後ろで倒れているサクラへ振り向く。


「サクラさん、大丈夫?」

「あたたたた。は、はい。体を打っただけです」


 サクラは起き上がりエリカを見て目を瞪る。


「エリカさん! 前!」

「え?」


 いつの間にか猪笹王がエリカとサクラの目の前まで迫っていた。エリカとサクラも早瀬達同様、あっという間に高く突き上げられ勢いのまま地面に激突した。


「くっ!」

「がっ!」


 サクラは受け身に失敗し背中から落ちたため、息が苦しくなり縮こまる。


 ――く、苦しい。息が!


 その頃、早瀬は体の痛みを堪えながら体を起こすと、腕に付けられている非常ボタンのカバーを外す。このボタンは非常事態の時のみ使うものだ。これを押した時点でこの部隊の評価が下がり出世に影響を及ぼす。だから極力押すことはしないというのが暗黙のルールだ。だがこのままでは全員やられる。大事なのは命だ。死んでしまったらどうにもならないのだ。


 ――背に腹はかえられない!


 早瀬はボタンを押した。



 エリカは左肩の激痛に顔をしかめる。


 ――衝撃で肩が外れた。


 すぐに自分ではめる。これも学校の訓練で習ったことだ。はめれたが痛みは取れない。右手で肩を押さえながら倒れているサクラを見て目を開き叫ぶ。


「サクラさん!」


 サクラはエリカの叫び声と同時に、ふと目の前に影が落ちるのに気付く。反射的に顔を上げれば猪笹王いのささおうが目の前でサクラを見下ろしていた。


「!」


 ――逃げなければ!


 だが、息苦しさと強打した背中の痛みから動くことが出来ない。すると猪笹王いのささおうがサクラに噛みつこうと口を開けた。


 ――食われる!


 今にも噛みつかれそうになった時、意識がふっと飛んだ。同時、サクラから妖力が爆発した。


「!」


 ソラはバッと顔を上げる。


 ――封印を外された? いや待て。そんなことはないはずだ。そんなに簡単に外されるはずがない。


 すると膨大な妖気が放出される。


「!」


 ――これは黒銀くろがね! じゃあやはり封印を外されたのか!


「ナギ!」


 ソラはナギへと走る。ナギも気づいたようで顔を上げて妖力の方を見ていたが、ソラに気付くと同じく小走りに寄ってきた。


「ソラ! これは」

「サクラの封印が解かれた」

「!」


 ナギもやはりそうかと目を見開く。シンメイがナギの家でサクラの封印を一瞬解いた時に感じた妖力と一緒だったからだ。


「たぶん黒銀くろがねが自力で俺の封印を解いた。サクラに危険が及んだんだ」


 するとナギは自分の胸に立てた親指をトントンと叩き言う。


「説明するのが面倒だ。ソラ、俺の心を読め」

「え?」

「いいから急げ」


 意味が分からないがナギの言う通り心を読みその真意を知り目を見開く。そんなソラにナギは自分が手に持っている剣をソラに渡す。


「ここは任せる。先に行く」


 刹那、ナギはその場から消えた。それを見たソラは驚く。


「瞬間移動できるのか」


 今すぐにも自分もサクラの所に行きたいが、ぐっと押し留まる。だがこれが一番ベストだから仕方ない。

 ソラはコウメイの所へ行き跪く。


「ソラ……うっ!」


 コウメイは起き上がろうとするが脇バラの骨折でうまく起き上がれずにその場にまた寝転ぶ。


「コウメイ先輩、そのままで」


 ソラがすぐにコウメイの脇バラに手をあて治療する。

「悪いなソラ」

「治癒は得意ではないので簡単な応急処置しか今はできません」

「いいぜ」


 ――ナギなら俺が行くまでどうにか黒銀くろがねを足止めしておけるはずだ。まずコウメイ先輩の治療とあの猪笹いのささをどうにかしなくては。


「それよりなんだ? あの膨大な妖力は。誰だ?」


 ソラはコウメイの質問に本当のことが言えないため、首を横に振り知らない振りをする。


「……わかりません。」

「そうか。まあ誰か助けにきたのかもな」


 それには応えずソラはコウメイの治療に専念する。コウメイもソラが無口なのは知っていたためそれ以上そのことには触れなかった。


「一応折れた肋はくっつけました。だけどこれは応急処置です。治ったわけじゃありませんので無理はしないでください」

「サンキュー。痛みが取れればいい」


 ソラは周りを見る。すると子供の猪笹いのささは仕留めたが、親の猪笹いのささには苦戦しているようだ。


「A班の隊のやつらはけっこう怪我して動けねえ。B班だけでどれだけやれるか……」


 コウメイは周りの状況を見て言う。現にB班の者も親の猪笹いのささには手を焼いているようだ。


「先輩はここを動かないでください」

「ソラ?」

「あいつは俺がします」


 ソラは立ち上がると、ナギにもらった剣を抜く。


 ――なんだ? 不思議な剣だな。


 そして妖力を流す。すると剣がソラの妖力で包まれる。


「さっきナギが持っていた剣だな。妖剣か?」


 コウメイが剣を見て呟く。


 ――確かに妖剣のようだが違う。これはこの剣に妖力を流し込むことで妖力が増幅されるんだ。


 先ほどナギから得た情報だ。


「ソラ? まさかその剣で猪笹いのささを倒すのか?」

「はい」

「いや、あいつは剣ではダメだ。あの固い皮膚は剣では無理だ」

「俺もそう思うんですが、ナギ曰く出来るらしいので」

「え? ナギ?」


 先ほどのナギの会話を思い出す。


 ――さっき皮膚が硬くない子供だから出来たって言ってなかったか?


「さっきナギは子供だからと――」

「時間がないので行きます!」

「あ、お、おい! ソラ!」


 ソラは一気に猪笹いのささへと走る。それを見たB班の隊のリーダーが叫んだ。


「こら! 三條! よせ! そんな剣では猪笹いのささは倒せん! 死ぬ気か!」


 だがソラは止まらない。そして猪笹いのささの間合いに入る。そこでナギの心の声を思い出す。


『まず猪笹いのささに幻覚を見せる。ソラは人間にしか効かないと言ったが、幻覚なら効くはずだ。周りが見えないような幻覚を見せてやれ。そうすればあの猪笹いのささは動けなくなるはずだ。あの妖獣は嗅覚が優れているんじゃない。視覚が優れているんだ』


 ソラは猪笹いのささの意識を操作し幻覚を見せる。


 ――本当に効くのか?


 すると暴れていた猪笹いのささが動きを止めた。


 ――効いた!


 ソラは剣に自分の焔の妖力を流し込む。



猪笹いのささの動きが止まったらソラの一番得意の妖力を剣に流し込め。その剣はお前の妖力を増幅させる。そしてどんなに硬い皮膚でも斬れる優れものだ。思いっきり斬れ。昔『氷河の竜』という魔獣がいて、それ対応に改良した剣だ。まあ結局この剣を使うことはなかったけどな』


 その時、ナギは今までどんな魔獣と戦ってきたんだと思った。


 ――さあナギの言う通りに斬れるのか。


 ソラは一気に猪笹いのささに近づくと横一文字に剣を振った。するとスパッと斬れた。猪笹いのささは咆哮する。


 ――斬れた! なるほどね。剣から流れ出る妖力と剣が化学反応を起こし皮膚を溶かしているのか。すごいな。


「じゃあ、遠慮はいらないな」


 ソラの目が銀色に光る。同時に剣への妖力が増す。


「思いっきりやってやる!」


 ソラは猪笹いのささに横薙ぎの重い斬撃を放った。猪笹いのささは斬撃を食らった場所から真っ二つに引き裂かれた。




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