第九章

第104話 何気ない日常


【魔法国 ツイラン】



 ユウリが氷河の竜を倒して1ヶ月が過ぎた。


「殿下、だいぶんさまになってきましたね」


 剣を構えているユウリにエーリックが言う。


「うん。もうけっこういけるんじゃないのかと思う」


 上機嫌で言うとなぜかエーリックが苦虫を噛みつぶした表情になる。


「何言ってるんですかい。さまになったのは剣の振り方だけですよ」

「え?」

「まだ基本中の基本の素振りだけですぜ。やっとスタート地点に立ったようなもんです」

「うっ!」

「普通の人より遅いぐらいですぜ。普通は1ヶ月経ってたら、もう少し進んでいてもいいくらいなんですから」

「しょうがないじゃないか。まったくやったことないんだからさー」


 口を尖らせながら言うと、エーリックは微笑んで言う。


「拗ねないでください。別にダメだと言ってるわけじゃねえですから。反対に感心しているぐらいですぜ」

「そうなの?」

「ええ。体力ゼロ、体感ゼロ、剣術ゼロ、基本の何1つも出来てねえ殿下が、体力と体感が普通になり、剣の素振りが出来るようになったんだ。すごい成長じゃねえですか」

「……なんか褒められている気がまったくしないんだけど……」


 ユウリは目を細めてエーリックを見る。


「だれが褒めてると言いました? 感心していると言っただけですよ。普通の男性よりはまだまだ劣ってますからね」

「……」


 言葉を失ったユウリにエーリックは大笑いする。


「あははは。こんなもんでいい気になってもらっては困りますからねー。だから気を抜かずに頑張ってくだせい。じゃあまた明日」


 そう言って去って行くエーリックに、


「覚えとけよー! 絶対見返してやるからなー! エーリック!」


 と叫べば、エーリックは振り向かずに手を上げて答えた。


「もう!」


 子供のように軽くあしらわれ、ユウリはその場に大の字になり空を見上げる。心地良い風が吹き雲1つない青空がそこにはあった。


「良い天気だな……」


 しばらくぼーと眺めていると、


「ユウリ様、ここにおられたのですか」


 ディークがやって来た。


「どうしたの?」

「この前話していた西の正門近くの禁止地区の結界魔法陣の張り直しが完了したので、早急に報告書にサインをお願いしたいので執務室に戻ってもらえますか?」

「あ、はいはい」


 ユウリは立ち上がるとディークと執務室へと向かう。その間、ユウリはずっと気にしていたことをディークに訊ねた。


「結界魔法陣ってさー、ずっと永久に効力が効いているんじゃないの?」

「永久ではないですねー。年月が経てば効力は落ちていきます。結界をかけた者の能力にもよりますが、100年ぐらいは基本持ちますね。今回のも150年前のものになりますので一般的な耐久性になると思います」

「じゃあさー、地下にある僕とナギが入れ替わった移動魔法陣がまだ残っているじゃないか? あれもずっとあのまま100年は残るってこと?」

「そこまでは残らないんじゃないんですかね。まず結界魔法陣以外の魔法陣は普通は残らないんですが、あの魔法陣は魔力が半端ないのでそのまま残っている感じです。ですが、ナギ様が亡くなれば消えるでしょうが」


 するとディークは少し悩むように首を傾げる。


「魔法陣は、作った者が入れば残るのは分かるんです。その者の魔力の影響を受けてますから。でも今この世界にナギ様はいない。それにユウリ様の世界には魔力がない世界ですよね?」

「うん」

「そうなるとずっと保っていられないはずなので、ナギ様がいる世界の魔法陣は消えていると思うんです。まあ他に何かこちらの世界と繋がっている媒体があれば可能でしょうが」


 そこでユウリはナギと通信しているガラス玉の置物を思い出す。


 ――そうか。あれがあるからか。


「あの人のことですから、色々と規格外のことをしていそうなので、魔法陣が残っていても不思議じゃないですけどね」


 結局そこに行き着くんだとユウリは苦笑する。


「魔法陣って、作った人が亡くなると消えちゃうんだね」

「はい。魔法で作った物は、その者の魔力で作ったものですので、その者が亡くなれば消えるんです」

「じゃあ魔法で作った家具とかも、その人が死んだら消えちゃうってこと? それってまた買うか作らないといけないってことだよね?」


 するとディークが目を細める。


「……ユウリ様?」

「なに?」

「本気で言ってます? 冗談ですよね?」

「え? 本気だよ? なんで?」

「はあ……」


 ディークは大きなため息をつく。


「ユウリ様、ほんとバカですね」

「バカって言った!」

「いつどこに魔法で家具などの物質を作った人がいますか?」

「あれ? 違ったっけ?」


 そこでユウリは改めてどうだったか考えて気付く。魔法で物質を出すのは漫画やアニメで見ただけで、現実のこの世界では見たことがなかった。


「僕の勘違いだったみたい。でもさー、僕やディークも武器を作ってるよね? だとしたら家具も作れるんじゃないのかなー」


 嬉しそうに言うユウリに、またしてもディークはため息をつく。


「あのですね。私が武器を出現させているのは、その都度作っているわけじゃありません。この腰にある魔袋に収納しているんですよ。エーリック隊長の大剣は大きすぎるため入りませんが」

「そうなの?」

「はい。ユウリ様みたいに武器を具現化することなんて普通出来ないんですよ。でもユウリ様の武器もこの前の戦いを見た限り永久的ではなく、やはり時間に制限があるようですが」


 知らない間に剣は消えていたことを思い出す。


「確かにそうだね。いつの間にか消えていた」

「結局、魔法や妖力で作った物質を永久的に残しておくことは無理ということです。1つ勉強になりましたね?」

「はい……」


 そんなユウリに、ディークはどうだという顔を見せる。


「なんかディーク、勝ち誇ってる」

「まさか。ただ無知な主に正しく教えているだけですよ」

「言い方! おかしいから! 絶対ナギの代わりに僕でストレス発散している気がするんだけど」

「ふふふ。失礼ですね」

「否定しないし!」


 ムッとするユウリにディークは「それにしても」と話を変える。


「いつもユウリ様はナギ様のことを知らないのに、友達のように話しますよね」

「え? そ、そう?」

「はい。ナギ様の性格もよく知っている感じで話されるので、たまにナギ様とユウリ様は知り合いなのかと勘違いしそうになります」


 ユウリはディークやエーリックによく「ナギならたぶんこうすると思うけど」とか「ナギなら絶対こう言う」とか言っているのだ。


「あ、そ、それはたぶん……ほら! ナギの記憶をすべて共有してるから、手に取るように分かってるからだよ」


 ユウリはどうにか誤魔化して応える。現にナギの記憶からそう言っていることもあるからだ。だがほとんどがナギと話すようになって行動と言動が分かるようになったのだが。


「確かにそうですね。お互い共有しているのですから分かりますね」

「そうそう」

「なら言っておきます」


 そう言ってディークはユウリに近づくと、顔の前に人差し指を立てる。反射的に見てしまい寄り目になりながらユウリは何事かと訊ねる。


「な、なに?」

「ナギ様の真似は絶対にしないでください」

「え?」

「あの人は反面教師だと思い、言動と行動は真似しないでください! 分かりましたか?」

「う、うん」


 ディークの真剣な迫力のある説得にユウリは素直に頷くとディークは微笑む。


「分かればよろしい」


 だがすぐに顔を歪ませムッとして呟く。


「ああ、嫌なことを思い出した」


 そしてずかずかと先に歩いて行ってしまった。そんなディークの背中を見ながらユウリは苦笑する。


 ――ナギ。相当ディークは君にご立腹だよ。



「!」


 ナギは背中に悪寒が走り身震いする。横を歩いていたサクラが気づく。


「どうしたの? ナギ」

「いや、悪寒が……」

「風邪?」

「いや、これはたぶん……」


 ナギはそう言いながらディークの怒った顔を浮かべ眉を潜める。


「……何かしたか?」


 ディークが怒ると原因を探すのが日課だったため、首を傾げ考えるナギだった。




 自業自得である。





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