第101話 天神郷⑦



 小さい頃、母が見せてくれた魔法を思い出す。それはとても光輝いた白い色をした魔法だった。


「母上、その魔法は?」


 幼いナギが嬉しそうに母親の手の平に浮いている光の玉を見て訊ねる。


「これは光魔法よ。人にはあまり効果がないから使う者はいないけど、とても浄化能力が強い魔法なのよ。悪魔とか悪霊とかには効くわ」

「へえ。これ、僕にも使える?」

「ええ。私の子ですもの。使えるわ。ちょっとがいるから教えてあげるわね」


 そう言って母親は光魔法を教えてくれた。母は巫女の家系だったため光魔法が出来たのだ。だが光魔法は女性が使う魔法だったため、その後男性のナギが使うことはなく、光魔法の存在自体も忘れていた。


 ――なるほど。巫女の魔法がこの世界でいう神力と同じ力ということか。


 母親から教わった感覚を思い出しながら魔法を練り上げていく。そして手を二百年神ふたほとせがみへと翳す。すると手を翳した先に白く光る魔法陣が現れた。

 それは今までの魔法陣とは違い、まったく異質な魔法陣だった。


 そう、母親が手を翳し作った魔法陣そのもの。


 数少ない母親の記憶――笑顔でこの魔法陣を見せてくれた母親がナギの脳裏に浮かぶ。自然と笑みがこぼれた。


 ――懐かしいな。


「さあどうなるか」


 刹那、魔法陣から閃光が放たれ、二百年神ふたほとせがみへヒットした。今まで無傷だった二百年神ふたほとせがみに閃光が当たった場所に傷が出来る。だが貫通するまでに至らなかった。


 ――思っていたより傷が浅い。


 ナギは顔をしかめる。


「何が足りない」


 感覚的にはこれで合っているとナギは確信する。だが威力が弱いのだ。


 ――魔力も結構な量を練り上げた。だがなぜダメージが違う。


 ミカゲとは明らかに威力が違うのだ。だが二百年神ふたほとせがみも待ってはくれない。一瞬のうちにナギの前に来ると尾で攻撃してきた。だがナギのシールドに阻まれびくともしない。だが間髪入れずにまた爪をシールドにぶつけてくる。


「くっ!」


 強化したにもかかわらず、シールドにヒビが入る。


 ――なんちゅうバカ力なんだ。


 すぐに瞬間移動し、二百年神ふたほとせがみと距離をとる。そしてもう一度、今度は光魔法と火魔法を合わせて魔法陣を展開し閃光を放つ。だがやはり威力は増したが、二百年神ふたほとせがみに致命的な傷を負わすことはできない。


「くそ! やはりだめか!」


 すると、背後の神力が一気に膨れ上がる。見れば強靱な網のような四角い光の結界が出来上がっていた。ミカゲ達の準備が出来たようだ。



「くっ!」


 シンメイの体がふらついた。


「シンメイ!」

「だ、大丈夫。ちょっと体勢を崩しただけだから」


 そう言うが、どうみてもシンメイは限界が来ていた。ミカゲ達のように軍人の訓練を受けてきた者と違い、シンメイは皇帝としての教育しか受けていない。膨大な妖力はあるが、その妖力のコントロールなどの訓練を受けてこなかったため、妖力を維持し続けることが困難になってきていたのだ。


 ――兄さん達が頑張ってる。ここで倒れるわけにはいかない。


 すると膨大な妖力がシンメイへと流れ込んできた。驚きその妖力の主をバッと見て抗議するように名前を呼ぶ。


「兄さん!」

「お前は無理するな。お前の分は俺が補う」

「だめだ。そんなことしたら兄さんが!」

「勘違いするな。このままだとお前が倒れるのが目に見えているからだ。それだと二百年神ふたほとせがみを剥がすことができない。俺がお前に妖力を送ったほうが倒れる確率はぐんと減るんだよ」

「兄さん……」

「見くびるな。俺を誰だと思ってる。お前の影だ。影がどれだけ強いか分かってるだろ?」


 その様子をみていたヤマトとユウケイは、ミカゲの行動に賛同する。


 ――ミカゲさんの選択は正しい。これは柱の僕達1人でも倒れたら最後。また1からやり直しだ。だがまた最初からやるのはもう無理だ。皆、体力も妖力も限界だ。この状況で陛下の分まで補うミカゲさんの妖力が尋常じゃないんだ。だけど……。


 ミカゲを見る。シンメイに啖呵を切ってはいたが、やはりミカゲ自身も限界が近いことは一目瞭然だった。それをユウケイも感じていた。


 ――若様も陛下の補助をしながらだと持って後3分が限度か。それ以上だとこの結界も保つことも出来なくなる。


 そしてナギを祈るように見る。


 ――ナギ! 頼む! お前にかかってる!



 ナギも限界を感じていた。


「もう時間がない。どうしたらいい」


 焦りが全身を駆け巡り、考えてもいい案が浮かばない。


「くそ! お膳立ては出来てるんだ。ここで俺が失敗したら4人に顔向けが出来ない」


 そこである最終手段しかないと覚悟を決める。


 ――仕方ない。一か八かにかけるしかないか。俺の全魔力をぶち当てるしかなさそうだな。


 ナギは全魔力を放出する。


 ――これを見たらエーリックとディークは怒るな。


 これはすべての魔力を使う技だ。



 それは死を意味する。



 ――父上じゃないが、悪くない人生だったな。


 その時だ。目の前の空間すべてが真白になる。目の前にいた二百年神ふたほとせがみもいない。そして、音と言う音がかき消され、無の状態になった。起きているのか意識を失ったのか、自分の置かれた状態がまったく分からない。


 ――どうなってる?


 予想外なことが起こりナギは困惑する。すると声が頭に直に伝わって来た。


『異種の子よ』


「!」


『異種の子よ。それをしてもあの二百年神ふたほとせがみは倒せない』


「!」


『あれを倒せるのは神力のみ』


「そう言われてもなー。俺はその神力を持ち合わせていない。光魔法をしてみたが、どうも威力がないみたいで、役にたたない」


『それはその力がこの場所では異質だからだ』


「やはりそうか」


 ここは天神郷てんしんきょうで始祖である神、天陽大神そらのひなたのおおかみが降り立った場所であり、その神力が発揮される場所だ。その神力ではないと意味がないのだろう。だからこの地に何のゆかりもないナギの光魔法は無力に等しかった。


「じゃあ俺はあいつを倒すことが出来ないのか……」


 苦渋の顔を見せるナギに声は言う。


『特別に我の力を授ける』


「え?」


『だから必ず子供達の力になってくれ』


 その瞬間ナギの目の前に、男性とも女性とも言いがたい髪の長い切れ長の金色の目をした人物の笑った姿が一瞬垣間見れた。


 刹那、ナギの体を黄金の光が包み込む。同時にナギの目が金色に変化した。



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