第98話 天神郷④



 天神郷てんしんきょうの入り口に到着すると、シンメイ、ミカゲ、その後ろにヤマト、ユウケイ、ナギが並ぶ。

 ミカゲ、ヤマト、ユウケイ、ナギは、笠とフェイスベールで顔を隠しているため誰なのかは分からない。そのため他の者は、1人はヤマトだと分かっているが他の者が分からないでいるようだった。

 ここまではテレビ中継もされており、やはりそこが話題になっていた。


 そして5人は天神郷てんしんきょうへと入って行く。ナギも入り口をまたぐ時が生きていた中で一番緊張していた。やはり皆が言う通り、拒まれることはなかったが、中に足を踏み入れた瞬間、強烈な重圧と圧迫感のような間隔に襲われる。

 シンメイ曰く、これが神域だと言う。


 有りとあらゆる不浄のものを浄化する場所。


 生きている者は必ず不浄のものを持っている。肉体がその例だ。その不浄物を天神郷てんしんきょうは浄化しようとするため、肉体は影も形も無くなると言う。だが皇族は、この場所に最初に降り立った神【天陽大神そらのひなたのおおかみ】の子孫にあたるため、入っても肉体は滅びない。そしてその皇族達が許した者も同じく。

 だが肉体が無くならないだけで、神域の重圧と圧迫の空間は変わらない。だから後は自分で守らなくてはならないらしい。

 それを事前に聞いていたため、ナギはすぐに結界に似たシールドを自身を囲むように張る。


 ――確かにこれは皇族並の妖力がなければ無理だな。


 シンメイの号令で笠とベール等のかぶり物を外す。そこでナギはミカゲを見て驚く。目がシンメイと同じ金色なのだ。


「ミカゲ? 目が……」


 ナギが言うと、「ああ、お前は始めてか」と笑う。


「元々この色なんだよ。ただ金色は皇族独特の色だからな。ばれないように普段は黒のカラーコンタクトを入れてるんだよ」


 確かに皇族なんだから目の色は一緒だよなと納得する。


「目の色が違うだけでこうも印象が変わるんだな」

「なんだ? 高貴に見えるか?」

「ああ。見えるな」


 双子なのだから似ているのは当たり前なのだが、確かに2人並ぶとミカゲとシンメイは似ていた。普段はミカゲの目の色は黒で、無精髭を生やしているため与える印象はシンメイとはぜんぜん違う。

 そこでなぜミカゲが無精髭を生やしているか、その理由が分かった。


 ――陛下と似ていることを隠すためか。


 だが見慣れているからか、ミカゲは無精髭がある方が似合っていると小さく笑う。


 そして周りを見渡す。


 ――ここはまったく別世界だな。


 空全体は薄い臙脂えんじ色と薄い桃色がかかり、そこに白い雲が浮いていて幻想的な空間が広がっていた。だが地面を見れば、草木1つなく、殺風景な重みがある黄土色の土があるだけだ。

 遙か彼方に目をやれば、この殺風景な場所とは対照的に多い茂るほどの緑色の葉をつけた一本の大きな木が立っていた。


 ――あれが御神木か。


 そしてその御神木の葉から光り耀く小さな玉が噴き出し、しゃぼん玉のように空高くゆっくりと上昇しながら広がりながら消えて行く。

 その上にはテレビ局のヘリコプターが飛んでいた。


「ここは外から見えないのか?」


 ナギは上を見あげながらミカゲに訊く。


「外からはあの御神木しか見えない。俺達の姿は外からは見えないんだ」

「こちらからは見えるのにな」

「ああ」


 するとシンメイが今まで聞いたことがない固い口調で言う。


「来るよ」


 刹那、強烈な妖力と共に竜が一瞬にして現れた。


「!」

「どこから現れた?」


 ナギは1人驚く。だが他の者は誰1人驚かない。


「ここの空間は次元が違う。飛んでくると思わないことだ」

「? どういうことだ?」


 ミカゲが説明する。


「まあ簡単に言えば、急に現れ、急に消える」

「瞬間移動ってことか?」

「その解釈でいい。だが目で追っていたらやられるぞ。敵の先を読め」

「おい。そんな説明聞いてないぞ」

「これは説明ができねえんだよ。自分で感じるしかないからな」

「事後報告が多いんだよ」


 ムッとするナギにミカゲはフッと笑う。


「お前なら大丈夫だと思ってるんだが? 出来ねえのか?」

「出来る出来ないの問題じゃない! 先に教えてもらったか、もらってないかで気分が違うという話だ!」


 久々に怒りがこみ上げる。小さい頃エーリックに教えてもらっていた頃にはよくこの感情が沸いた。エーリックもわざと教えなかったことが多々あったのだ。


 ――ったく、強いやつはどうしてこうも似るんだ。


 そんな会話を聞きながらヤマトが言う。


「相変わらずだねミカゲさんは。ナギも大変だ」


 本当にその通りだとナギは嘆息しミカゲを睨む。だがミカゲはドヤ顔を見せ、目の前の竜へと視線を戻し、手を腰に当て巨大な竜を見上げる。


「それにしてもでけえなー。2階建ての家ぐらいはあるか」


 それに対しユウケイが、


「ビル3階はありますよ」


 と、どうでもいいことを訂正している。そして誰1人怯える者はいない。余裕で竜を見ているのだ。それを見ながらナギは、このメンバーは化物揃いだなと鼻を鳴らす。

 するとミカゲが眉を潜めながら言う。


「なあ、本当にこれが二百年神ふたほとせがみか?」


 やはりユウケイが感じたものと同じ、違和感を感じているようだ。


「ヤマト、この1体なんだよな?」


 ミカゲが訊ねるとヤマトが困った顔をする。


「それは何とも……。私も初めてですからねー。よく分からないです。でも二百年神ふたほとせがみは1体のはずですよ」

「それにしては弱すぎないか?」


 するとユウケイが苦笑する。


「若様、一応この竜、レベル9に相当しますよ。それを弱いというのはどうかと思いますけどねー」


 そう言っているユウケイすら余裕の表情だ。


「まあ倒せば分かるか」


 ミカゲが手を竜に手を広げ翳す。刹那、1発の弾丸が竜の頭を吹っ飛ばした。すると、竜は黒い粒子になり消えた。


「!」


 ミカゲの桁違いの威力に驚きながらナギは、ぎょっとする。


「おい、いいのか? 倒したらだめなんだろ?」

「ああ。本体はな」

「え?」

「あれはやはり本体じゃない。弱すぎる」


 すると地響きが鳴り響き、地面が揺れ始めた。


「な、なんだ?」


 するとシンメイが叫ぶ。


「気をつけて! 凄い数が来る!」

「!」


 ナギ、ミカゲ、ユウケイ、ヤマトが一斉に戦闘態勢に入る。シンメイの前後をユウケイとヤマトで守る。

 次の瞬間、一瞬にして100体はいるだろう竜が、空と陸に姿を現わした。


「数、多過ぎないか?」


 さすがにレベル9の100体の竜を前にすれば少しは焦るかと思ったが、ミカゲは両手を腰に置き、余裕な表情でヤマトに問う。


「ヤマト、この200年で二百年神ふたほとせがみの原理が変わったのか?」

「よくこれを見て冗談言えますね」

「冗談じゃねえよ。マジで思ったんだが」

「そうですか。残念ながら私も知りませんよ。二百年神ふたほとせがみの封印は皇族しか知らない事項のため、記録が残ってませんからね」

「そうか」


 ミカゲは全体を見渡す。


 ――簡単に勝たせてはくれない感じだなー。


 すると隣りにいたナギが100体の竜を見ながらミカゲに訊ねる。


「これも全部本体じゃないんだよな?」

「ああ、違うな」

「じゃあすべて倒していいのか?」

「ああ。だがお前1人じゃない。これは俺とユウケイも手伝う」


 すると反対側にいたユウケイが頷き返す。


「ですね。息子1人に良い格好はさせられないからな」


 なぜかお気に入りのおもちゃを見つけた子供のように嬉しそうな笑顔を見せるユウケイだ。


「父さん、なんか嬉しそうですね」

「ああ。腕がなる」


 指の関節をポキポキ鳴らしながら今まで見せたことがない悪戯な笑みを浮かべると、ヤマトへ視線を向ける。


「ヤマト様、陛下をよろしく頼みます」

「わかった」


 するとヤマトの横にヤマトの従魔ルミネが現れた。同じくミカゲの横に白い大きな狼マキラ、シンメイの横にも同じく黒い大きな狼が現れた。


「陛下のもミカゲと一緒の狼なんだ」

「ああ。キミラって言うんだ。なかなかお目にかかれないから貴重だよ、ナギ」


 嬉しそうに言うシンメイは、この状況でもまったく動じていない。やはり皇帝だからなのか、はたまた、みんなを信頼しているのか――。

 ただ、今この状況で返す言葉が浮かばない。結局、


「……かわいいですね」


 と自分でも意味の分からない言葉で返していた。するとやはり、


「……かわいい……かな」

「ナギの感覚がわからんな」

「父さんはまだナギのことを分かってなかったようだ」

「僕はナギの言うことを尊重するよ」


 4人全員が気を使い、ナギの言葉に苦しげに応える。


「気を使われると余計気まずい……」


 ナギにとって人生で一番恥ずかしい出来事になったのだった。







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