第97話 天神郷③




「ええ。説明が難しいんですが、強いことは強いんです。でも私が最初に体で感じた強さよりも弱い。それが何なのかが分からない。だから不気味なんです。そして普通にあの神力ならば、どうにか倒せる強さ。だがどうしても簡単に倒せるとは思えない」


 ユウケイは言いながら苦渋の顔を見せる。自分でもどうしてそう思うのかが分からず混乱しているようだ。


「すみません。このような感覚、初めてでして……」

「いいよ。ユウケイがそう言うならそうなんだろうしね」

「だな」


 ユウケイも皇族の血が流れているため、シンメイとミカゲ、ヤマトには劣るにせよ皇族特有の『見極め』の力は人並みより長けている。そのユウケイの言うことを疑う者は誰もいなかった。

 ミカゲが後頭部を掻きながら嘆息混じりに呟く。


「分かっても分からなくても、どうせ二百年神ふたほとせがみといけないんだしな」


 ミカゲの言葉にナギが首を傾げる。


「剥がす? 倒すんじゃないのか?」

「ああ。二百年神ふたほとせがみは普通には倒せねえんだよ」

「え?」


 まったく頭が付いていけないナギは眉根を寄せる。


「どういうことだ?」

天神郷てんしんきょうはこの国、いやこの世界の始まりの場所。死と再生の場所とも言われている。だからそこで産まれた二百年神ふたほとせがみは普通に滅してもすぐに再生するんだよ」

「それはそこで産まれたからなのか?」

「いや、神の部類だからだ」

「でも神ではないだろ?」


 するとユウケイが補足する。


二百年神ふたほとせがみも邪神というだけあって神の分類なんだよ。不浄なものの集合体だが神の力で生み出されたものだ。さっき御神木から神聖な粒子を放出していると言っただろ? あれは御神木が不浄なものを吸ってで浄化し外に放出している。その課程で神力に堪えられない不浄なものはその時点で消滅する。だが消滅せずに残る不浄なものが一定数ある。それが一番底の場所へと沈み貯まっていき、石などを媒体とし200年という歳月を経て二百年神ふたほとせがみと変わるんだ」


 御神木の力だけでは処理出来ない強い悪霊、悪魔のような強い不浄物の集合体のため、強い二百年神ふたほとせがみが産まれるということのようだ。


「だから、媒体となっている物体から二百年神ふたほとせがみの源を剥がし、こちらが用意した水晶に封印し滅するのが目的だ。そしてそれには、ナギ、お前の力が必要となる」

「俺?」

「ああ。倒す寸前まで二百年神ふたほとせがみを弱らせてくれ」

「……」


 そこである結論に行き着く。


「ちょっと待て。俺1人でその二百年神ふたほとせがみを弱らせろと言われているように聞こえたが?」

「そうだ。その通りだ」


 ナギは胡乱な目をミカゲに向ける。


「なぜ俺1人なんだ。ミカゲや陛下、父さん達全員でやれば早いんじゃないのか?」


 すると今度はシンメイが笑顔で言う。


「そうなんだけどね。封印するには皇族4人の力が必要なんだよ。そしてその封印するにはそれ相当の準備と時間がかかる。でもその間、二百年神ふたほとせがみは待ってくれないでしょ? だからその時間稼ぎをナギにしてもらい、準備が出来る頃に二百年神ふたほとせがみを弱らせてほしいんだー」

「弱らせるだけではなく、時間も稼げと?」

「うん」


 屈託もない笑顔で頷くシンメイにナギは不満満載のムッとした顔で言い返す。


「陛下、さらっと笑顔で言う内容ではないんだけど……」

「え? そうかい?」

「……」


 飄々とした態度のシンメイにナギは片眉をヒクヒクさせる。


 ――この兄弟、性格似てやがる。


「はあ……」


 大袈裟にため息をつく。普通なら皇帝の前でこのような無礼な態度は許されないだろう。だが今この場でユウケイすらナギに注意をすることはしなかった。反対に哀れみの目をナギに向けている。一応同情はしてくれているようだとシンメイとミカゲに視線を戻せば、2人とも笑顔だ。

 ナギはユウケイにそっと呟く。


「父さん、この2人、殴っていいですか?」

「今はやめてくれ。もしナギに何かあったら、その時は私が殴るから」


 ナギとユウケイの会話を聞いたミカゲとシンメイ兄弟は顔を引きつらせる。


「兄さん、この親子、怖いこと言ってるよ」

「失礼な親子だな」


 そんな4人を見ながらヤマトは、「楽しそうだね」と笑顔で言うのだった。



 ずっとこのまま言い合いをしていても仕方がないので、ナギは気持ちを切り替えるため、一度大きく深呼吸をし腕組みをしムッとしながら質問する。


「で、時間稼ぎとは? すぐ倒すなということですか? 面倒くさい」


 そんなナギに、ミカゲ達は目を瞬かせる。


「お前、すぐ倒す気なのか?」

「そういう認識だったが?」


 そこで気付く。ナギには皇族が感じる感覚が分からないことを。


 ミカゲ達皇族からすると、二百年神ふたほとせがみは神の部類に当たるため、容易に倒せる相手ではないことは本能で分かる。だがナギはこの世界の者でも皇族でもないため、ミカゲ達が感じる感覚が分からないのだ。


「そっか。これはナギには分からないか……」


 シンメイが苦笑する。


「? なにがです?」


 意味が分からずナギは眉根を寄せる。


「気にしないで。じゃあ準備に入ろう」


 シンメイは手を叩く。すると部屋に装束を纏った宮司と弟子が入って来た。2人はシンメイ達に頭を下げる。


「この者は私と一緒に同行する宮司とその弟子だ」


 シンメイは今までとは違い、皇帝らしく話す。


「宮司、この者に」

「はい」


 すると宮司の後ろにいた弟子が前に出てナギへ両手で持っていたを渡す。


「これは?」

浄依じょうえだ。それに着替えてくれ」


 ナギ達はシンメイ以外、上下真っ白な狩衣かりぎぬ差袴さしこに着替え、浅沓あさぐつを履いた。そして目の下を隠す白いフェイスベールを付ける。


「なんか凄い格好だな……」

「あとは笠も被る。基本顔を見せてはいけないという決まりだからな」


 確かにテレビで見た去年の映像は、今来ている格好に笠を被りベールをした者達がずらずらと歩いていたのを思い出す。


「これなら誰が誰だか分からない。お前が1人紛れても分からん」

「確かに」

「じゃあナギ、後2時間で始まる。それまでに流れを教えるぞ。隣りの部屋に行こう」

 その後ナギはユウケイに、ギリギリの時間までみっちりたたき込まれたのだった。






 そして行事の時間になった。


 行事が行われる場所、天神郷てんしんきょうからほど近い場所にある天神神社でまずご祈祷から始まった。


 ここ天神神社は天神郷てんしんきょうの管理をしている神社だ。そこで今日の無事を願い、そして天神郷てんしんきょうへと向かうのだ。


 祈祷が無事終り、ここから天神郷てんしんきょうへ歩いて行く。先頭がまず軍の者、その後ろに宮司達神職達、その後ろにシンメイとその護衛、そしてその後ろにミカゲとヤマト、そしてその後ろにユウケイとナギが並んだ。

 待っている間ナギは隣りのユウケイに愚痴る。


「こんなに覚えることがあるなら、もう少し前の日から言ってほしかったですよ」


 そんなナギにユウケイは苦笑し謝罪する。


「すまない。天神郷てんしんきょう二百年神ふたほとせがみが出現したのがきのうだったからな」

「そうなんですか?」


 もっと前から分かっていたと思っていたが違っていたようだ。


「ああ。だから対応がこうなってしまった」

「その二百年神ふたほとせがみを倒すのは皇族しか出来ないんですか?」

「まあそうだろうな。あの場所にはまず入れないからな」


 そこでやはり自分は入れないのではないかと不安が過る。


「本当に俺は入れるんですかね?」


 するとユウケイが笠を少し上げてナギを見て笑う。


「なんだ? 怖じ気づいたのか?」

「普通そうでしょ。神聖な場所では俺は無力ですから。まだ死にたくないですしね」


 前の世界が嫌でこの世界に転移し、やっとこの世界のことが分かって来て慣れてきたばかりだ。これからだという時に、訳が分からずに消されるのは納得がいかない。まだとことん戦って殺された方がどれほどましか。

 普段では見せないであろう不貞腐れた顔を見せるナギにユウケイは小さく笑う。


「お前からそんな言葉が出るとは思いもしなかったよ」

「俺をなんだと思ってるんですか。父さんよりも気が小さい人間ですよ」

「そういうことにしておくよ。だが大丈夫だ。お前は消されない」

「陛下達も言ってたんですが、なんでそんなに確信に満ちているんです?」


 シンメイもミカゲもヤマトも、そしてユウケイも皆、口を揃えて大丈夫だと言っている。その根拠がナギには分からない。


「これは皇族の血を濃く受け継いでいる者のみ分かる感覚だな。だから説明がつかないんだよ」

「まったく理解不能ですね」

「心配するな。もし消されそうになった時は全力で私が守ってやる」

「余計不安になったんですが」


 目を細めて言えば、またユウケイが笑うのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る