第八章
第95話 天神郷①
ナギが
サクラを狙って来た改良型の妖魔は、今はまったく来なくなった。理由はことごとくナギが滅していたからだ。そのため夜は穏やかに過ごしている。だがサクラはまだナギの家にいた。テツジが、直したが気に入らないだの、欠陥があっただのと理由をつけては先延ばしにし、最終的には建て直すことにしたと言い出したからだ。サクラも半分あきらめているようで、最近は何も言わずに過ごしている。
そして今日は3連休の初日だ。
ナギはここぞとばかりにこの3日間をゆっくり過ごすつもりだったが、その予定は朝一から崩れた。
朝早くにミカゲがやって来たのだ。
「よう」
「朝っぱらからなんだ。学校は休みだろ?」
「用事があってな」
玄関で出迎え文句を言うナギにミカゲは笑い、そして首にタオルを捲き汗を掻いている姿に目を瞬かせる。
「お前、朝鍛えてるのか?」
「昔からの癖だ。で、何しに来たんだ?」
さも迷惑だという顔を向けて言うナギにミカゲはニヤリと口角を上げる。
「暇だろ。付き合え」
「断る。ミカゲがそういう顔をする時はろくな事がない」
ここ数ヶ月の間、ナギは学校でミカゲに呼び出されると、いつも面倒な妖魔やスパイの廃除をさせられていた。そういう時に限ってこの顔をするのだ。
「どうせまた厄介事持ってきたんだろ」
ミカゲが頼んでくる内容は、結局ミカゲでも手に負えない案件ばかりの面倒なやつばかりだ。
だいたいが姿と妖力を隠くすことが出来る面倒な妖魔やスパイがほとんどだ。ミカゲもいることは分かるがナギほどの感知度はない。場所まで特定出来るナギに頼むのが一番手っ取り早いというわけだ。
「また学校にでも現れたのか?」
「それなら学校がある時に頼むわ。今日は違う」
嫌な予感がする。
「まさか……」
「察しがいいなー。そのまさかだ」
悪戯な顔を見せるミカゲにナギは嘆息して呟く。
「陛下かよ」
「ああ」
1年に1度、この誕生祭の日に皇帝はこの国の発祥の地であり皇帝の始祖神が降り立った場所――天孫降臨の地である『
テレビでも大きく報道がされていたため、ナギも行事が行われることは知っていた。
「1年前の映像がテレビでやっていたが、陛下の護衛や役人が連なってて、警察も軍も出動してすごい警備じゃないか。あれだけの警備があれば事足りるだろ」
敵が現れてもどうにか皇帝を守ることは出来るはずだ。それにシンメイは弱くない。ナギが行く必要はないはずだ。
「何勘違いしている。護衛じゃない」
「え?」
てっきり護衛だと思っていたナギは目を瞬かせ、そして眉間に皺を寄せ訝しむ。
「じゃあ何するんだ?」
「まあちょっと今年はイレギュラーな事が起きていてな。だから今年は俺も行く羽目になったんだが最低5人必要で、1人足りなくてな。状況が状況のため、話し合った結果お前の力も必要だということが決定し、俺がはせ参じたってわけだ」
そこでミカゲの言葉が引っかかる。
「話し合っただと?」
話し合ったということは、ナギの素性を知っている者ということだ。サクラ、皇帝、ミカゲ、そしてナギの父親ユウケイ、そしてソラだ。
もうここまで来て誰だかは自ずと分かり小さく嘆息する。
「陛下と父さんか」
「当たりだ」
だとしてもこんな会話を他の者がいる場で出来る訳がない。となると、
「もしかして、ヤマト様も俺の素性を知っているのか?」
「さあな。あいつもお前がこの世界の人物じゃないことは分かっていると思うぜ。皇族だからな。だが俺やシンメイ、ユウケイが何も言わないからあえて口に出さないだけだろうな。それにヤマトも分かっているはずだ。ヤマトのルミネが敵と判断していないことを」
ミカゲのマキラもそうだが、男性皇族の血筋には神に仕える使役――ナギは従魔と読んでいる――が憑いている。
それはその皇族を守るため。だから従魔はその皇族にとって敵と見なせば容赦なく攻撃する。だがナギはされていない。それはシンメイやミカゲ、ヤマトにとって敵ではないと判断されているからだ。
「それにお前が魔法を使うことは俺とシンメイ、ソラしか知らないとお前から聞いていたからな。話し合いの時にはお前の魔法のことは言ってないから安心しろ」
「そうか。じゃあ、この案件を知っているのは、陛下、ミカゲ、ヤマト様、父さんの4人か」
「いや。神事を行う宮司と、この神事に携わるすべての関係者は把握済みだ。これは隠しきれない事態だからな」
「?」
余計意味が分からずナギは眉間の皺を深くする。
「まあ絶対起きる国をも揺るがす由々しき問題だからだ」
そこでナギは確信し、目を細め文句を言う。
「やっぱり、問題大ありの案件じゃねえか!」
「誰も違うとは言ってないぞ」
「ったく、いい性格してるな」
「よく言われるぜ」
まったく悪気もなく飄々と言い退けるミカゲに聞こえよがしにため息をつく。
「だからと言って、まったく関係ないまだ学生の身分の俺が、そんな大事な神事に関わっていいのかよ」
他の派閥から文句を言われるのが目に見えている話だ。
「問題ない。お前がいることは内緒だからな。それに、その場所に入れるのは限られた人間しか入れねえんだ。まあ入れるのは、シンメイと俺、ヤマト、そしてユウケイとお前、あと一人ぐらいだ」
「? どういう選定だ?」
ナギは眉を潜める。皇帝、ミカゲ、ヤマトは分かるが、なぜ十家門のユウケイとナギだけなのだ?
「簡単な話だ。血筋と強さだ」
――ああ。
ナギは納得する。ユウケイも皇族の血が流れていたのだった。
「あと一人も、皇族なのか?」
「皇族ではないが、皇族の血は混ざっている」
誰か分からないが、もう一人いるようだ。
これはどう見ても面倒事だ。出来れば関わりたくないとナギはどうにか回避しようと試みる。
「そいつに頼まなかったのか?」
皇族の血が流れているならユウケイと同じ妖力も強いはずだ。その者が行けば、シンメイ、ミカゲ、ヤマト、ユウケイで5人になる。自分が行かなくてもよくなるのだ。
「あー、あいつは無理だ。こういうことに向かねえ」
どんなやつだとナギは目を細める。
「どちらにせよ、今そいつは遠征に行っていていねえ。結局無理だ」
回避出来るというナギの淡い期待は一瞬で消えた。仕方なく諦める。
「で、そのどう見ても危ない『
「『
「生きていられない?」
また訝しげなキーワードが出てきたとナギは半目になる。
「『
――ん?
ナギの片眉がピクっと動くが、ミカゲは気付かない振りをして話を続ける。
「そこで妖力が少ないやつはアウトだ。だがもし妖力があるやつでも『
――おいおい。
ナギの目が胡乱な目へと変わる。
「だからまずガーゼラ国の者は無理だな」
平然と笑顔で言うミカゲにとうとうナギが声をあげる。
「待て待て。黙って聞いていれば、俺にすごい危ない橋を渡らせようとしてないか?」
下手すればナギも消される案件だ。
「俺もこの世界の者じゃない。消される可能性が高いじゃないか」
「いや、お前は大丈夫だ。なんせ俺やシンメイ、ヤマト、ユウケイが気に入っている」
「そういう問題なのか?」
「ああ。子孫全員が気に入っているんだ。『
自信ありげに言うミカゲだが、どうしても手放しに信用出来ない。そんなナギの心境を知ってか知らずかミカゲは、
「ということで、詳しい話は車の中でする。早く準備しろー」
と笑顔で急かすのだった。
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