第92話 ナギの過去①



 次の日からユウリはエーリックの指導の下、剣の稽古が内緒で始まった。


「この剣、めちゃくちゃ重いんだけど……」


 ユウリは両手で剣を持つが、持ち上がらず、ただ構えるだけで精一杯だった。


「ナギ殿下はそれを軽々片手で持って振り回していましたよ」


 ユウリが持っている剣はナギが普段腰につけて使っていた剣だ。


「嘘でしょ。こんな重い物よく持っていたなー」

「まあ最初からそれは無理ですな」


 そう言ってエーリックが持ってきたのは一回り細い剣だ。持ってみると少し重いが振れないほどではない。


「それは初心者用の剣です。まずそれで練習ですな」


 そしてエーリックの容赦ない稽古が始まったのだが、それがユウリにとっては過酷としか言いようがないものだった。


 体力作りからということで、毎日腕立て伏せ100回、腹筋100回、素振り100回、城の周り10周のランニングがまず課せられた。もうそれだけでユウリはヘトヘトだ。だがそれで終るわけがなく、


「殿下! サボってないでやる!」


 と、エーリックの容赦ない罵声と剣の稽古が続くのだった。


「もうだめー」


 ユウリは午前中のエーリックの稽古を終え執務室に戻ってくると、そのままソファーに倒れ込む。エーリックの稽古が始まって三日目。筋肉痛と疲労から体が重い。そんなユウリにディークが紅茶を出しながら笑う。


「エーリック隊長の稽古はきついですか」

「きついというもんじゃないよ。あれはイジメだ」


 うつ伏せのままユウリは文句を言う。


「でもエーリック隊長の稽古を受けたいという者は山ほどいるんです。それを1人締め出来るユウリ殿下は羨ましがられると思いますよ」

「そんなこというなら、いつでも僕は変わる」


 本心から言うユウリにディークは笑うのだった。



 そしてそれから2週間が過ぎた。

 この頃になると、基礎作りの腕立て伏せや腹筋など100回出来るようになり、城の周りもどうにか10周走れるようになってきていた。

 そして剣も普通に振れるようになり、少しはマシになってきた。


「ねえエーリック。ナギってやっぱり剣も凄いの?」


 素振りをしながらユウリは訊く。


「そうですね。魔法も飛び抜けてますが、剣も私が教えたこともあり、凄いですな」

「なんか自慢が入った気がするんだけど」

「でも最初から凄かったわけじゃねえですよ」

「そうなの?」


 ナギのことだ。最初から何でもこなすイメージだ。


「まあ最初はユウリ殿下と同じ、酷かったですよ。それにまったくやる気がなかったですからね」

「え? 意外」


 あれだけ戦うのが好きなナギなら率先して剣の稽古をやっていた感じだ。


「最初は、剣を使うことを嫌がっていた坊ちゃんでしたからねー」

「今では考えられないなー」

「あはは。そうですな。でも前国王が殺害されてからですかね。変わられたのは」


 エーリックは顔を曇らせる。


 ――そうだ。ナギの目の前でお父さんが殺されたんだった。


 ユウリはナギの記憶にあったのを思い出す。


 ――確かナギを庇って死んだんだよな。


「ねえ。その時のこと教えてくれないかなー。ナギの記憶だけではどうもよくわからなくて」

「いいですよ。じゃあ少し休憩しましょうか」


 近くのベンチに座るとエーリックは話し始めた。


「あれはナギ殿下が12才の時でした」




        ◇




 ナギが12才の頃。


「坊ちゃん、また練習サボってどこ行ってたんすか!」


 32才のエリックがナギを捕まえて言う。


「別にいいだろ。剣なんてなくても魔法があればどうにかなるし」


 この頃のナギは魔法が色々使えるようになり、ある程度力もあることから剣の稽古をしなくても魔法があればどうにかなると思っていた。


「あのですねー。魔法があればどうにかなりやすが、絶対ではないんですよ。もし魔法を封じられたらどうするんですか?」

「魔法を封じるなんて出来るわけないだろ。封じることが出来るのは俺より魔力が多いやつだ。そんなやつあまりいないし」


 ナギの魔力が多いことはお世話係のディークとナギの護衛のエリックしか知らなかった。


「それにもうすぐ戦争だって終るんだろ? 剣なんて必要ないだろ」


 そう言ってナギは去って入った。

 エーリックはため息をつく。


「困った坊ちゃんだ」


 もうすぐ戦争が終るとナギは言ったが、それは表向きのことであって現状はそんなことはない。反対に周りの小国を巻き込んで酷くなっていっている。詳しい現状を知らないナギのような戦争に行っていない者は皆嘘の情報を鵜呑みにしていた。だがそのことを咎めようとは思わない。そのおかげで不安な気持ちが少し和らいでいる者もいる。あえて不安を煽るようなことをする必要はないのだ。


「今はいいが、今後どうなるかわかりゃしねえ。それに状況によっちゃあ魔法を繰り出せねえ時だってある。坊ちゃんには自分自身を守る色々な術を最低限覚えておいてほしいんだけどねー」


 すると後ろから声がかかる。


「エーリック」


 見れば近衛隊隊長のヨルダンだ。


「隊長」

「ナギ様はどうだ?」

「坊ちゃんですか? 相変わらずですね。自ら陛下や兄弟達とも距離を取っている」

「やはりそうか」

「ええ」


 ナギの母親は、兄2人の母親とは違う。それもナギの母親は地位が低い貴族の娘で、兄達の母親を死に追いやった張本人だと言うことになっていた。


 しかし実際はまったく違い、前王妃は病気で亡くなり、その後すぐに国王がナギの母親を気に入ってしまっただけの話だ。


 反対にナギの母親は、国王の求婚をずっと拒んでいたほどだ。


 だが、国王の粘り強いアプローチで前王妃が死去して7年後に結婚。ナギが産まれたのだった。


 そんな経緯を知らない者達は、ナギの母親が国王をそそのかし、前王妃を殺したと噂し、その子供のナギも酷い仕打ちを受けていた。

 そのためナギの母親は塞ぎがちになり、徐々に精神をやられ、ナギが10才の時にこの世を去った。


 その後、母親への関心がナギへ向けられるようになる。


 ナギを心配した国王は、母親の二の舞にならないためにと、ナギと極力距離を置くようになった。そうすれば、国王はナギには愛情がないと勘違いをし、ナギへの過剰な感心もなくなるだろうと思ったからだ。


 思った通り、世間はだんだんとナギへの感心がなくなっていき、冷たく当たることもなくなっていった。だがそれは、結果的にナギを孤立させることになり、寂しい思いをさせることになってしまった。


 ひどく心を痛めた国王は、近衛隊隊長のヨルダンに頼み、若いディークをナギのお世話係兼友達として、エーリックをナギの専属の護衛につけ、ナギが1人孤立し寂しくならないようにし、定期的にヨルダンに報告を命じ、それを国王に報告するということが行われていた。


「エーリック、このままナギ様の行動には気をつけておいてくれ」

「わかりやした」

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