第91話 氷河の竜⑥



 ユウリは剣を氷河の竜の首元に刺し、拘束の能力を維持しながら全身に治癒能力を施しているため、手一杯で余裕がなく、うまく頭が回らない。


 ――どうやるんだ? 考えろ! 考えろ!


 焦りと不安が余計に思考を鈍らせる。


 ――焦るな。落ち着け。落ち着け。


 ユウリは大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。


 そこでふとナギの記憶が過る。

 それはナギが1人で魔獣とやり合っている時の記憶だ。今と同じ状況ではないが、似た状況だ。それは毒にやられたナギが全身の毒を魔法で中和しながら迫り来る魔獣を魔法で倒している光景だった。そしてその方法が手が取るようにユウリに伝わってきたのだ。

 そしてナギが剣に魔力を全力で注ぎ混み魔獣を倒す光景にハッとする。


 ――これだ!


 ユウリはナギがしたように、剣にユウリの全力の妖力を注ぎ込む。


「おりゃあー!」


 爆発的な妖力が氷河の竜へと一気に流れ込んだ。すると氷河の竜の体から四方八方に光が放たれ、そして中から爆発が起きた。

 その爆風でユウリ達は飛ばされた。


「わー!」

「殿下!」


 エーリックは咄嗟に飛ばされるユウリの腕を掴み胸に抱き抱え、受け身をとる。そのおかげで地面にたたき付けられることはなかった。エーリックはすぐにディークへと首を向ける。ディークもどうにか受け身をとり無事だったようだ。ほっとし胸に抱くユウリへ声をかける。


「殿下! 大丈夫ですか?」


 すぐにユウリの大量の血が滲む脇腹へと視線を向ける。相当傷は深いはずだ。早く応急処置をしなければと、ユウリの服をたぐり上げようとすると、ユウリは慌ててエーリックの腕を取り叫ぶ。


「だ、大丈夫だから!」

「何言ってるんですか! 噛まれたんですよ! 早く血を止めないと!」

「いや、もう血は止まってる。それに今も治療能力を全身に施してるから」

「え?」


 言われてそっとユウリの服をめくり見て驚く。確かに噛まれた後はあるが、血は止まっているのだ。


 ――なんて高度な治癒能力だ。もう傷口が塞がっている。


「はあ、ほんと無茶なさる。焦りましたよ」


 安堵のため息をつくエーリックに、ユウリは「ごめん」と言いながら氷河の竜へと視線を向ける。


「氷河の竜は?」


 見れば、地面に倒れていて息絶えていた。


「これって倒したんだよね?」

「ええ。そうですよ。殿下がやっつけましたよ」


 そこへディークが走ってきた。


「ユウリ殿下! 大丈夫ですか!」

「う、うん」


 元気そうなユウリにディークは安堵し、大きく肩をなで下ろしたが、すぐにすごい形相になり大声で怒鳴った。


「あなたは何を考えてるんですか!」

「うっ!」

「下手すれば死ぬところだったんですよ! あんな無茶なことをして! バカですか! いや大バカです!」


 凄い剣幕で怒るディークにユウリはどうしたらいいのか分からずあたふたする。


「ご、ごめんなさい。で、でもああしなけりゃ倒せなかったし……」


 その言葉に今度はエーリックが怒鳴る。


「だから私も言いましたよね! ダメなら諦めて撤退すると!」

「そ、そうなんだけど……。で、でもうまくいったことだし……」


 言い返せば、ディークがすぐに言い返してきた。


「どこがですか! 怪我してるじゃないですか!」

「あ、大丈夫だから。ちゃんと今も治癒(能力)全身にしてるし」

「そういう問題じゃないです! ほんとこんなバカなことするのはナギ殿下だけだと思っていましたが、まさかあなたまでバカだったとは!」

「ほんとだぜ。こういうところはそっくりだな。似た者同士が入れ替わるようにしたんですかい?」

「あ、い、いや、違うと……」

「もうこれっきりにしてください! わかりましたか!」


 ディークに凄い剣幕で睨まれ、ユウリはしゅんと肩を縮め謝る。


「はい。ごめんなさい。もうしま……せ……ん」


 ユウリは言いながら、意識が遠のき、その場に倒れた。


「殿下!」


 エーリックが抱き起こし、ただ寝ているのを確認し安堵する。


「魔力(妖力)切れですな」

「ふう。まああれだけのことをしたんです。そりゃあ充電切れになりますよ」

「それにしてもほんとに倒しちまうんだから、ユウリ殿下も凄いですな。魔力量だけで言えば、ナギ殿下と引けを取らない」


 ユウリの妖力を目の当たりにしての感想だ。


「そうですね。ユウリ殿下も相当の力の持ち主ですね」

「だが、戦闘はこれっぽっちもなってねえ。これから鍛えねえとだめですな」

「ですね。あんな無茶な戦いをされては命がいくつあっても足りませんからね」


 ディークとエーリックは寝ているユウリの寝顔をみて微笑むのだった。




 ユウリが目覚めたのは次の日の夕方だった。その夜ナギと話す。


『1日連絡がないから心配したぞ』


 ナギの第一声がそれだった。


「心配してくれてたんだ」

『当たり前だろ。ずっと気がかりだったんだぞ。きのうは連絡がこないから何かあったんじゃないのかと心配だったんだからな!』


 そこでユウリはちょっと意地悪してやろうという気になった。


「いつも僕のこと、暇なのかとか、毎日連絡してこなくていいぞって言ってるのにー」

『あほ! いつもと状況が違うだろ! 危険な討伐だったんだ。心配もするわ!』


 本気で怒っているナギにユウリは嬉しくなり笑顔になる。だがすぐに、


「危険?」


 と疑問符が立つ。


「やっぱり危険だったの?」

『ああ。まあ50%の確率だったからな』

「ちょ、ちょっと待てよ! そんなことナギ、まったく言わなかったじゃないか!」

『そりゃそうだろ。下手に恐怖を植え付けたら、お前まったく動けなくなるだろ?』

「そ、そうだけど……、大丈夫だってナギが言ってたじゃないか! あれは嘘だったのか?」

『いや。俺なら大丈夫だという意味だ。どんな状況でも対処できるからな。だがお前はまったくの素人だろ? 頭で分かっていてもその場にならないと分からなかったからな』

「悪魔! 鬼!」

『誰が悪魔だ、鬼だ。ちゃんと色々な保険はかけてあっただろ?』

「そうだけどさ」


 すると少し間が空き、ナギが笑った気配があった。


『でもまあよくやったな』

「うん。ありがとう」


 ナギに褒められたのがこれほど嬉しいとは思いもしなかった。すごく胸が満たされていく感じになる。


「ほんと、氷河の竜に噛みつかれた時は死んだと思ったよ。でもナギの言う通りにしたらどうにか大丈夫だった。それにナギの経験がすごく僕にとって役にたつことが分かったんだ」

『そうか……。ならよかった』


 ナギも笑顔で応える。


「でももうこんなことコリゴリだ。勝ったのにディークとエーリックさんにこっぴどく怒られたんだから」


 今日目覚めたら目覚めたで、またディークとエーリックにガミガミ言われ、近衛隊の者達にもなぜ自分達をのけ者にしたのかと嫌みをずっと言われたのだ。


『あはは。そりゃ最悪だな。俺はごめんだ』

「もう! 人ごとだと思ってさ!」

『でもまあこれでお前も能力が普通に出せるようになってよかったな』

「うん。ナギのおかげだよ」

『俺はきっかけを与えただけだ』

「ナギ、かっこいいね」

『今気付いたのか?』

「はいはい。言った僕が間違ってたよ」

『でもお前も俺が倒せなかった氷河の竜を倒したんだ。かっこいいぞ』

「ほんと!」

『ああ。でもまだまだだな』

「なんだよ。上げて下げるなよ」


 ムッとして言えば、ナギの笑い声が聞こえて来た。それがとてもユウリにとって心地いいひとときだった。




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