第90話 氷河の竜⑤
氷河の竜に見て分かるほどの変化が起きた。火を吹かなくなったのだ。魔力切れのようだ。
そのタイミングでエーリックが叫ぶ。
「殿下ー!」
それが合図だった。
ユウリは目を閉じる。
刹那、ユウリの妖力が膨れ上がった。
――大丈夫。出来る。
ユウリは左手を前に突き出し、頭の中である武器をイメージする。
(ナギとの会話)
『お前が小学生の時の父親との会話で気付いたんだが、父親は武器を具現化出来るんだよな?』
「え? そうなの?」
『なんで俺が知っててお前が覚えてないんだよ。思い出せ』
ナギに言われてユウリは記憶を辿る。すると確かに父親が一度アーチェリーを具現化したのを見たことがあった。その時父は言った。
「ユウリ、これは一條家の力だ。だがこの力はあまり人には見せちゃいけないよ」
「なんで?」
「武器を作ることが出来るって知ったら、敵さんは容赦ないからな。これは最後の切り札だから覚えておくように」
そう言ってユウリに具現化したアーチェリーで敵に見立てた的を矢で射った父の記憶に目を瞠る。
「ほんとだ。そんなことがあった」
『だろ? だからお前もそれが出来るはずだ』
「でも僕は教えてもらってない」
あれ以来父は忙しくなり、なかなか会う機会が減っていったため、やり方を知らなかった。
『大丈夫だ。俺の記憶を辿れ』
「え?」
『同じことをやっている記憶があるはずだ。それをマネしてやれば出来る』
「えー! ナギのは魔法だろ? 僕は魔法は出来ないって!」
『阿呆! 魔法も妖力も原理は一緒だ。自分が持っている力を出すだけだ。ただ性質と表現の仕方が違うだけだ。それに父も言ってただろ。一條家の力だと。ならお前ならすぐ出来るはずだ』
「ほんとに出来るかな……」
『だからいつも言ってるだろ。やる前から出来ないと言うなと。お前の悪いところだ。一度とことんやってみてから出来ないと言え』
「分かっているけど……」
そんなにすぐに性格を変えることができない。
『なら、出来ると思え』
「え?」
『自分は出来ると思え。ただそれだけでいい。そうすればおのずと力は出るもんだ』
「ほんと?」
『ああ。お前が妖力を初めて使った時、出来ないと思ったか? 違うだろ? 幼い自分はやってみようと素直に思い、出来ると疑わずにやっていたはずだ。1ミリも出来ないと思ったことがないはずだ。子供は疑わない。だから何でもすぐに吸収しこなす。後先考えずに行動するからな。その純粋な気持ちを思い出せ。そうすれば出来る』
――そうだ。僕は妖力が扱える。そして元一條家だ。なら父さんと同じ力がある。
ユウリはナギが魔法で武器を具現化した時と同じイメージをする。
すると手のひらにアーチェリーが具現化した。
「出来た!」
そして氷河の竜に向けて弓を引き構える。そして狙い、放った。
「当たれー!」
放たれた矢は一直線に凄いスピードで氷河の竜へと飛んで行き、胴体に当たり貫通した。
「当たった!」
それを見たエーリックとディークは目を見開き驚く。
「本当に貫通した!」
ユウリは連続で矢を放つ。普通のアーチェリーと違うところは狙った所に必ず当たるというものだ。そして妖力を上げれば威力も上がることに気付く。
エーリックも動いた。貫通した氷河の竜の傷口に大剣を横一文字に切り裂く。やはり一度深く傷付いた場所には、深く剣が入った。
「行ける!」
だが氷河の竜は長い尾を振り回し、エーリックの接近を拒む。
「くそ! 近づかせねえつもりか」
その時だ。ユウリが放った矢が氷河の竜の右目に突き刺さった。
「ガアアアアー!」
氷河の竜は凄まじい咆哮を上げ、ユウリへと体を向ける。ターゲットをエーリックからユウリに変えたようだ。そして氷河の竜は一気にユウリへと飛び、襲いかかってきた。
「わっ! こっちに来る!」
あたふたしているユウリをディークは抱き抱え、横に飛び回避。そしてエーリックの場所に移動する。すると氷河の竜も方向転換し、ユウリ達を見据えた。今まさに攻撃をしかける為に獲物をロックオンした感じだ。
「殿下、この後何をするんですか?」
「何か策があるんですよね?」
ディークとエーリックが口にする。実はこの後の詳しいことはあえて伝えてない。言えば止められるからだ。
「大丈夫。絶対にうまくいく」
ユウリはキッと氷河の竜を睨む。
「エーリック、僕がいいって言うまであいつを引きつけて」
「わかりやした」
「ディークは少し後ろに離れてて」
「はい」
「そして僕がいいって言うまで2人とも動かないで」
その言葉に嫌な予感がし2人は怪訝な顔を向ける。
「何するんですか?」
「ほんと、その言葉一番嫌なんですけどね」
なぜか2人はとても不機嫌な顔をする。なぜ急に不機嫌になったのかわからない。
「な、なに? どうしたの?」
「いや。元主の悪い口癖だったんでね」
「ですね。その言葉の後はろくなことがおきません」
「……」
ユウリは何も言えなくなる。その通りだからだ。
すると氷河の竜が突進してきた。
「来た!」
ディークは急いでその場を離れ、エーリックがユウリの前に出て突進してくる氷河の竜を大剣を繰り出し止める。
2つの力がぶつかって起きた風圧でユウリは後ろに吹き飛ばされそうになるのを腰を低くして踏ん張り堪える。
そして風圧もなくなったと同時に体勢を整え、再びアーチェリーを構え、氷河の竜の左右の羽目がけて何本か矢を放った。
放たれた矢は、矢の羽根から糸を出しながら大きく弧を描き、空中に浮いている氷河の竜の上を飛び越え地面に突き刺さっていく。同時に矢から出ていた糸が網のように氷河の竜の胴体と羽根へと絡みついていく。そして最後の矢が地面に刺さった時、すべての糸が凝縮し、氷河の竜を地面にたたき付けた。
飛べなくなった氷河の竜は、前足の爪を使い、糸を切ろうと暴れる。それをエーリックは左前足を大剣で上から真下にぶっ刺し、そのまま地面に叩き付け押さえ込んだ。
「ガアアアアー!」
咆哮と共に自由がきく右前足をエーリックへと繰り出そうとした時だ。ディークが同じく上から落ちてくるように剣を両手で構え、その氷河の竜の右前足へと真上からぶっさし、そのまま地面に突き刺した。
「ディーク!」
「ディーク殿!」
「私にもこれぐらいは手伝わせてください」
そう言って笑うディークに、ユウリとエーリック笑顔を返した。
これで氷河の竜は両前足をエーリックとディークの剣で押さえ込まれ、身動きが取れなくなった。
ユウリは氷河の竜を見据える。
――さあ、ここからだ。
そして正面で氷河の竜を足止めしているエーリックとディークに言う。
「エーリック、ディーク、そのまま氷河の竜を動かないように足止めしてて」
「殿下、何を?」
エーリックは不安な顔を向け、嫌な予感しかしないため叫ぶ。
「それ以上近づいちゃいけねえ!」
だがユウリは笑顔を見せると、竜の顔のまで近づく。
「!」
エーリックが動こうとすると、
「エーリック! 動かないで! 命令だ!」
エーリックは動きを止める。ぐっと歯噛みする。命令は絶対だ。だが、
「危険と判断したら動きますぜ」
エーリックの双眸がユウリの制止を拒む。
「分かった」
(ナギとの会話)
『いいか、ユウリ。ここからが肝心だ。絶対に失敗は命取りになる』
「うん」
『懐に入ったら剣を具現化しろ。そして首元に突き刺せ。そしてまずお前の拘束の能力で氷河の竜の動きを止めろ。そして剣にお前の力を全力で注ぎこめ』
「それだけ?」
『ああ。それだけでいける』
ユウリは弓を消し、剣を具現化すると、一気に氷河の竜の首元に走り突き刺した。
「よし!」
そして剣に力を注ぎ込もうとした時だ。エーリックが叫んだ。
「殿下! あぶねー!」
同時、動かないと思っていた氷河の竜がユウリの脇腹に噛みついた。
「くっ!」
結界を張っていたため、噛みちぎられることはなかったがユウリの脇から膝にかけて氷河の竜の歯が深く食い込む。
「殿下ー!」
「動くな!」
ユウリが今まで発したことがないほどの声を張り上げエーリックとディークを止める。いやユウリの能力で拘束した形だ。
「大丈夫だから……がはぁ!」
ユウリは口から大量の血を吐いた。
「殿下!」
(ナギとの会話)
『ああ。それだけでいける。だが、もし氷河の竜がお前を襲ったら、治癒能力を全身にまわせ』
「え?」
『お前の治癒能力は高い。だから全力で全身に流せ。そうすれば致命傷は免れる』
「えええ! それ失敗したら死ぬじゃん!」
『ああそうだ。だから失敗するな。そして必ず噛まれた瞬間に治癒能力を全身に回せ。いいな』
言われた通りユウリは全身に治癒能力を施す。
――これでいいんだよね。
痛みはあるがそれ以上のことはない。
――それより、治癒能力を回しながらこいつに力注ぐのって、どうやるんだ?
そこまでのことをナギから聞いていない。
――どうやるんだよ。ナギー!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます