第89話 氷河の竜④
ユウリはまずディークとエーリック、そして自分に結界を張った。ディークとエーリックは自分達を囲ったシールドに似た初めて見る不思議な結界に驚く。
――これが結界というものか。毎回シールド張るよりは楽だな。
エーリックは思う。
――それになんて頑丈なのだ。これならちょっとやそっとの攻撃にも耐えられる。
エーリックは背中に背負った大剣を鞘から抜く。すると大剣が赤白い魔力を纏い始めた。
「じゃあ始めますよ。殿下」
「うん。よろしくね」
「ディーク殿は待機しててくれ」
「私もやれます」
「あんたは剣もまあまあ出来るが、紙の上の方が得意だ」
「ええそうです。ですが、氷河の竜の魔力をそぎ落とす手伝いは出来ます」
現にそのつもりでここまでついて来たのだ。
「そうでしょうが、待機で頼むぜ。足手纏いです」
「……」
近衛隊隊長のエーリックに言われては、これ以上言えない。ディークは小さく嘆息する。
「わかりました」
「まあ、もしもの時はユウリ殿下を連れて真っ先にここから離れてください」
「でもそれだと!」
ユウリが口を挟む。逃げては氷河の竜を倒すことが出来ないのだ。
「ユウリ殿下、分かってますよね? 俺がダメだと言ったならダメなんですよ」
ユウリはぐっと黙る。それはナギの記憶から分かっていることだ。
エーリックは無駄な戦いはしない。もしダメならどんなに有利だとしても撤退する。そして行けるなら、どんなに不利な状況でも突き進む。そして無駄な死が出ないように極力する。
それがエーリックの戦い方だ。
その結果、ナギ達部隊は100戦練磨で負け知らずの最強の部隊と名を馳せ、長年続いた戦争を終らせたのだ。
その立役者のエーリックが言った言葉は絶大だ。
「わかった。そうする」
「お願いしますよ。俺がダメと言ったらとっとと諦めて撤退してください」
エーリックはディークを見る。
「ユウリ殿下のサポートはディーク殿に任せます」
「わかりました」
「じゃあ、行きます!」
刹那、エーリックの姿が消える。
「!」
次の瞬間、氷河の竜の懐に入っていた。消えたのではなく、あまりの早さで消えたように見えていただけだった。
「早い!」
赤白く光を纏ったエーリックほどある大剣が氷河の竜の首目がけて横一文字に振られた。転瞬、氷河の竜の首元がスパっと筋が入り氷河の竜の血しぶきが飛ぶ。
「ちっ! 浅い」
今度は足目がけて斬り込む。だがやはり傷はつけても致命的な傷にはいたらない。
――やはり無理か。
間合いを取り舌打ちする。
何ヶ月か前のことを思い出す。
「殿下! どうされたんですか?」
朝早くナギが全身血まるけで帰ってきたのだ。
「エーリックか。早いな」
「早いじゃないです。どうされたんですか? 怪我……はされてないですね」
「ああ。氷河の竜の返り血だ。ちょっと戦ってきたが、ダメだった」
「は?」
目を細めてナギを見る。1人で行ったということか。
「倒せないというから本当なのか試してきた」
「相変わらずですな。で、納得いきましたか?」
ナギの部屋へとついて行き着替えを手伝いながら訊く。
「まあな。あれは普通の魔法は効かないな。だが魔力を宿した剣では致命的な傷は無理だが、どうにか傷を与えることは出来ることがわかった」
そう言いながら満足げに笑うナギにエーリックは嘆息する。
「倒せなければ意味がないじゃねえですか」
「そうだが。あれは俺では無理だな」
「殿下の魔法でもですか?」
意外だと驚く。
「ああ。どんなに強い魔法でもあの鱗には効かない」
「なぜです?」
「あの鱗は魔法をはね除ける性質がある」
「じゃあ、剣でしかだめってことですか?」
「いや、剣もだめだな。鱗が固すぎて刃が入らない。でもエーリックの魔剣なら傷はつけれるだろうな。でも倒すまでは無理だ。倒せるとすれば、鱗に耐性がない魔法じゃないものならいけるかもだが……」
「あはは。魔法以外ってなんですか? 魔法じゃないものなんてこの世にはないですぜ」
「だよなー。まあ魔剣でどうにか傷を追わせて弱らせるしか方法はないだろうなー」
そう言ってナギがはにかむ姿がきのうのように浮かぶ。
「ナギ殿下、あなたの言う通りですな。魔法も剣も致命傷は与えられない」
すると氷河の竜が口から業火をエーリック目がけて吹いた。エーリックが炎に巻かれる。その威力は普通の竜が吹く火力を大幅に超えていた。
「エーリック隊長!」
「エーリックさん!」
ディークとユウリが叫ぶ。だが次の瞬間、エーリックを覆っていた火が吹っ飛び消えた。そこには大剣を構えたエーリックがいた。
「こんなんでやられる俺じゃありやせんぜ。俺を誰だと思っているですか? ナギ殿下の直属の近衛隊隊長ですぜ」
そして一気に氷河の竜へと間合いを詰めると、大剣を超スピードで振りまくる。エーリックの巧みな剣さばきはユウリにはまったく見ることが出来ない。
――す、すごい。これがナギが背中を預けれるほどの信頼を持つ者。
ナギに作戦を聞いた時だ。
『――という感じだな』
ナギの作戦を書き留めながら聞いていたユウリは、ある不安を口にする。
「ねえ。エーリック隊長1人にさせて大丈夫なの? 相手はナギでも無理だった氷河の竜でしょ?」
『ああ。大丈夫だ。剣に関して言えば俺よりも断然上だ。そして戦いのプロだからな』
自信ありげにナギは言う。
「すごい信頼を置いてるんだね」
『ああ。エーリックは俺の剣の師匠でもあり、戦い方の師匠でもあるからな』
「え? そうなの?」
『ああ。今の俺があるのはエーリックのおかげだ』
ユウリはナギの記憶を辿る。
エーリックはナギが剣を持ち始めてからずっと教師として教えてきた。戦争に行くようになってからもエーリックが戦争のノウハウをすべてナギにたたき込んでいた。そしてナギが一番信頼を置く人物だと言った言葉が本心からだということもユウリは知る。
『エーリックに任せておけば大丈夫だ。だからユウリ、お前もエーリックに任せればいい』
ユウリは今、エーリックの戦いを見て思う。ナギと記憶を共有しているからか、自分もまったくエーリックを疑っていないことを――。
――大丈夫。絶対にうまくいく。
エーリックは、絶え間なく浴びせてくる氷河の竜の火の弾丸の攻撃をうまく避け、または剣で弾きながら隙を見ては攻撃をしかけた。
そしてどれくらい時間が経っただろうか。氷河の竜に変化が見えてきた。次第に氷河の竜の口から噴き出す火の攻撃の威力が弱まり、放つ頻度も減ってきたのだ。
「やっと魔力と体力が落ちてきたか」
だがエーリックは攻撃を緩めることなく氷河の竜に向かって大剣を振り続けた。そんなエーリックを見ながらディークは感嘆の声をあげる。
「エーリック隊長の体力が驚異的だということは聞いていましたが、ここまでとは」
1日戦っても疲れを知らない、威力が衰えることがないエーリックについたあだ名が、『無限の怪物』だ。
「まさに『怪物』とうい名にふさわしい」
ある戦いで、何百人の敵に対しナギとエーリック二人だけで倒したことがあった。それを聞いた者達、誰1人と信じず嘘だ、大袈裟だと罵った。
「あの時信じなかった者達にこれを見せてやりたい」
そうしたら誰も嘘だと言う者はいないだろうとディークは拳を握る。そして鼻で笑う。
「あんな戦いをされては、私の出番はなさそうですな」
エーリックが足手纏いと言ったのは間違いではなかったようだ。もしディークが出ていったらエーリックは今のように戦えなかっただろう。
すると氷河の竜に見て分かるほどの変化が起きた。火を吹かなくなったのだ。魔力切れのようだ。
そのタイミングでエーリックが叫ぶ。
「殿下ー!」
それが合図だった。
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