第88話 氷河の竜③



 きのうの夜のことだ。


『氷河の竜の鱗は、ただの剣や魔法では無理だ』

「じゃあ何で倒せるの? 大砲?」

『大砲でも無理だろうな。中から魔法をくり出せばいけるんだろうが、氷河の竜はシールドも張る。だからそれも無理だ』

「ナギ、なんか氷河の竜のこと、よく知ってるね」

『そりゃそうさ。俺も倒そうと思って氷河の竜と戦ったことがあるからな』

「…………え?」


 ユウリは嫌な予感がした。


「それで?」

『ん? 倒せなかった』

「はあ?」

『だから言ったろ? シールド張られて魔法がことごとく跳ねかえされ、手も足も出なかったって』

「聞いてないけど……」

『そうだったか?』

「……」


 ユウリは何も言えないと言うより、言いたいことが山ほど有りすぎて頭が整理出来ずに黙る。


 ――なんだろう? 怒りが込み上げるんだけど。


 そして目を眇めて言う。


「もしかして、ナギが氷河の竜を倒しに行ったこと、ディークは知ってるの?」

『いや。知らないし言ってない』

「じゃあ、ナギが倒せなかったこともディークは?」

『知らないな』

「……」


 それ以降しゃべらなくなったユウリにナギが声をかける。


『ユウリ? どうした?』

「どうしたじゃないよ! なに自分勝手な行動ばかりしてくれてるんだよ! 普通ディークに報告するだろ! ナギがディークに言わないから氷河の竜を倒しに行くことになっちゃったじゃないか!」

『まさか氷河の竜を倒しに行くとは思わなかったからなー』


 ナギは気まずそうに言う。


『それはほんと悪かったと思ってる』


 ナギの言い方からして本心から言っていることがわかり、それ以上言えなくなる。そのおかげか、少しユウリも少し落ちつきを取り戻す。


「はあ……。まあ今更文句言ってもしょうがないけどさ。で、どうしたらいいのさ。ナギで倒せないなら僕でも無理だよ……」


 もう諦めモードだ。


『いやお前なら出来る』

「なんでそうなるんだよ」

『きのうも言っただろ。お前なら出来るって』

「なんかきのう言ってたね」


 ユウリは口を尖らせながらぶっきら棒に応える。


『ああ。お前の力があれば行ける。だがそれだけではダメだな』

「え?」

『行くのはエーリックとディークだけなんだろ?』

「うん」

『なら、ユウリ、お前一度死んでこい』

「はあ?」

『まあ本当に死ぬわけじゃないんだけどな』


 その後ナギの突拍子もない作戦を聞いてユウリは言葉を失う。


「そ、そんなの……本当に出来るの?」

『ああ。お前の記憶からお前の能力を検証した結果、出来ると俺は判断した』

「でもそれだと僕は本当に死ぬかもしれないじゃないか」

『俺の言う通りにすれば絶対に死なない』

「なんだよ、その自信は」


 ユウリはムッとして言う。


『俺ならそうするという話だ。お前の今までの記憶を見て、俺の今までの経験を生かして考えたものだ』

「僕の記憶?」

『ああ。俺とお前はお互いの記憶を共有してるんだ。お互いの能力を使うことは出来ないが、どう使うか、どのような力があるかは分かる。そうだろ?』

「う、うん」


 ユウリもナギの魔法の原理、使い方、発動の仕方は分かる。そしてナギの膨大な魔法の数も把握している。だが使うことは出来ない。剣も扱ったことも習ったことも無いが、ナギの記憶からどのように扱うかは頭では理解しているのだ。


『だからもしお前の前にお前が初めてみる魔獣が現れても、俺が倒したことがある魔獣ならば、どの魔法を使えば倒せることは分かるはずだ』

「うん。分かる。でも魔法出来ないから倒せないけどね」

『その通りだ。だからそれをお前の妖力と特殊能力で倒すように俺が考えたんだ。だから絶対に倒せるんだよ』


 頭では理解出来た。だけどどうしても自信がない。


「僕に出来るかな……。やったことないんだよ?」


 ナギの作戦は、ユウリの2つの特殊能力を使うものだった。


『大丈夫だ。お前なら出来る。俺を信じろ。だがこの作戦はエーリック達も必要不可欠だ。だからちゃんと説明しろよ』


 そして今ユウリはナギが考えた作戦を2人に話したところだ。


 作戦はこうだ。


 まずエーリックとディークにユウリは結界を張る。そして2人に氷河の竜の攻撃を受けてもらい、ある程度氷河の竜の体力を消耗させる。

 ナギ曰く、


「エーリックが持っている大剣は魔剣と言って魔力を宿している剣だ。普通の剣よりも威力と耐久性はある。氷河の竜に致命的な傷はつけれないにしても、魔力と体力を消耗させることは出来るだろう」


 ということだった。ディークに関しては、


「ディークもああ見えて戦いには慣れている。時間稼ぎをするために臨機応変に働くだろう。頭が切れるからな。なんらかのアドバイスをくれるはずだ」


 と、やはり長年の信頼関係からなのだろう。すべてを預けて大丈夫だと最後に言っていた。


 そして氷河の竜が消耗したら、ユウリが氷河の竜の懐に入り、ユウリの特殊能力を氷河の竜に喰らわせるというものだった。


「それにしてもユウリ殿下の作戦。ナギ殿下の発想に似てますなー」


 エーリックが感心したように言う。


「そうなの?」

「ええ。まずそんな無謀な賭けのような作戦、普通しませんぜ。まあ今までそんな無謀な作戦をそこまで買い物行って来てくれ的な感覚で言ってきたナギ殿下ぐらいですよ」


 ――あはは。そりゃそうだ。そのナギが考えた作戦なんだから。


 ナギと通信をしていることはナギとユウリだけの秘密になっている。だからナギの作戦とは言えない。

 そこでエーリックが言った「無謀な作戦」という言葉が引っかかる。


 ――やっぱり無謀なのか?


 そして後悔する。


 ――僕、間違えたんじゃ……。


 後悔の波が津波のように襲いかかってきた感覚になる。だが、もう後戻りは出来ない。


「もうこれしかあの氷河の竜を倒せる方法がないんだ! 絶対に成功させる!」


 ユウリは自分に言い聞かせるように叫ぶ。


「だからディーク、エーリック隊長、よろしく頼みます!」

「わかりやした。その代わり絶対に無理しないでくださいよ」

「うん」



 そして作戦が開始された。





 その頃、ナギは授業を受けながら気持ちここにあらずで、窓の外をぼうっと見ていた。


 ――ユウリ、大丈夫だろうな。


 けっこう危ない橋を渡らせる作戦だ。ユウリには大丈夫だとは言ったが絶対ではない。自分ならば100%うまく行くだろう。だがユウリは未経験者だ。頭で分かっていても体が動かないことがある。

 昔、自分がそうだったからよく分かる。

 それに、少しでも迷いがあれば失敗する。だがそのことはユウリには言えなかった。言えば必ずユウリは怖じ気づき失敗すると思ったからだ。

 これはユウリの記憶から引き出したナギの答えだ。


 ――あいつは何も考えていないほうがうまくいく。恐れが強いため能力が発揮出来ないんだ。だから極力不安要素は取り除いたほうが、あいつにはプラスに働く。


 そう分かっていてもやはり心配で仕方がない。


 ――ユウリ、うまくやれよ。お前なら出来るんだからな。ディーク、エーリック頼むぞ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る