第87話 氷河の竜②
2日後、ユウリとディーク、近衛隊隊長のエーリックを連れてメルディス山8合目当たりにある氷河の竜がいるという谷の前にいた。
そこは周りは雪に覆われた岩壁に囲まれた場所で、真ん中はボウル状にえぐられていた。
「元々はここは噴火口ですな」
そう言うエーリックは、年は43才でナギが戦争に参加するようになってから結成されたナギ専属の近衛隊の隊長であり、ナギ同様厳しい戦場を掻い潜り抜けきた実力者だ。エーリック率いる近衛隊は、ナギと一緒に厳しい戦場をくぐり抜けた実力揃いの者達で、ナギがツイラン領に来る時に一緒に連れて来ていたのだ。
そしてエーリックは、ナギとユウリが入れ替わったことを聞かされていた。
その経緯は、二日前に遡る。
氷河の竜を倒すことが決まったはいいが、そこで問題が起きた。
「さあどうやって近衛隊の者達に説明するかですね」
ディークは腕組みをして考える。
「近衛隊? ああ、エーリック達のこと?」
ユウリの護衛をしてくれている者達を思い浮かべる。
「ええ。エーリック隊長と近衛隊達は、ナギ様が戦争に参加するようになった時から一緒に戦ってきた者達です。ですからナギ様の戦いをずっと見てきています。そしてナギ様は基本剣で戦ってきました」
「え? 魔法じゃないの?」
「ええ。ユウリ様はナギ様の記憶を辿れるんですよね? 知っているのでは?」
ディークはなぜ知らないのかと半目になる。
「い、いやー。僕には刺激が強すぎて……」
一度ナギの戦争時代の記憶を辿ったことがあった。だが、あまりにも残酷なシーンが出てくるので、ユウリはすぐに記憶を辿るのをやめたのだ。
「ユウリ様は戦争を経験なさっていなかったですね」
「う、うん」
「だとするとやはり問題ですね」
ディークは、ため息をつく。
「剣術がまったく出来ないとなると、近衛隊の者達に説明がつきません」
そこでやっとディークの言う意味がわかった。
「そっか。僕は戦ったことがないんだ」
「そうです。あれだけ戦いに慣れていた人が、まったく戦えなくなってしまうとことになり、疑われてしまうということです」
「ど、どうしよう!」
「だから困っていると言っているんです。ユウリ様、ナギ様から預かったノートに何か近衛隊のことは書いてなかったですか?」
そこでユウリははっとして机からノートを取り出す。
「なんか書いてあった気がする」
何ページかめくり探す。すると近衛隊について書かれているものを見つけた。
「あった!」
ユウリの叫びにディークもノートを覗き込む。そこに書かれていたのは、
『近衛隊に対しては、臨機応変に対応望む』
と書かれ、
『もしエーリックに話すことになった場合、『解除』と言えばエーリックは理解する』
と書かれていた。
「これは、エーリックには何か暗示がかけられているということでしょうか?」
「そういうことだよね?」
ディークは苦笑する。
「相変わらずこういうことは用意周到ですね」
やはりディークはナギのことになると嬉しそうだとユウリは思った。
そしてエーリクを呼び、ナギの指示通り『解除』と言うと、エーリックは一瞬驚いた顔をし、そして何分かフリーズした。後から聞いた話では、その時、ナギからの情報を受け取っていたようだ。
「なるほど。こういうことでしたか」
エーリックは何か自分に言い聞かせるように言うと、ユウリを見る。
「ユウリ殿下、ほんと大変でしたね。そして心中お察し申しあげます」
とディーク同様、ナギに振り回されて気の毒にという目で見られ深々と頭を下げられた。
「まあ3ヶ月弱経ってますからねー。ユウリ殿下も私にとっては殿下ですし、今までと通り変わりませんが」
「信じるんですか?」
ディークが聞けばエーリックは「ええ」と頷く。
「まあ殿下からはそのようなことを近いうちにするということをほのめかしてみえましたからね。それに俺に暗示をかけたのもナギ殿下でしたから」
「そうなのですか?」
初耳だとディークは目を見開く。
「はい。最初冗談かと思ってましたが、あまりにも言うものだから最後には受け入れた感じですな」
こうなることを見込んで保険をかけていたということのようだ。
「で、ナギ殿下とユウリ殿下が入れ替わり、ユウリ殿下はまったく戦いの経験がないということですな」
「うん」
「ですが、魔力(妖力)はナギ殿下に匹敵するぐらいあるということですか」
エーリックの説明にユウリとディークは頷く。
「分かりました。ですが、剣術がまったくというのはこれからのことを考えるとよくないですなー。だからと言って今から剣術を教えるとしても時間がない」
この1週間で氷河の竜を倒さなくてはいけないのだ。悠長に剣術を教わっている時間はない。
「まあ今回は、まず氷河の竜を倒すことに専念しましょう。ただ部下を連れて行くことは出来ないのでそこは覚悟しておいてください」
ということで、3人で来た次第だ。
「それにしてもまさか氷河の竜に手を出すとは。相変わらず殿下は突拍子なことをなさりますなー」
「いや。こうなったのはナギのせいだから……」
ユウリは呟く。
「本当に。どこかの元バカ主が招いた問題のせいで私まで来ることに。でもまあ、元バカ主の借金に気付かなかった私にも責任はありますからね」
――ナギ、相当ディーク怒ってるぞ。ずっと元バカ主って言ってるー。
ユウリは苦笑しながらナギを思う。
「殿下、どうするんです? あの氷河の竜」
エーリックが一点を見て言う。それに気づきエーリックの視線を追えば、そこには体長10メートルはある全身氷のような色をした氷河の竜がいた。
「あれが氷河の竜……」
――絶対に無理なやつじゃん!
ユウリは心の中で叫ぶ。
「ありゃあ剣だけでは倒せそうにないですなー」
腕組みをして笑顔で言うエーリックにユウリとディークはさすが先鋭隊隊長だと感心する。
「で、確認なんですが、」
とエーリックはユウリを見る。
「どうやって倒します? 殿下の能力がわからない以上俺には作戦はたてれません」
「一応考えてはきたんだけど……」
そう言ってユウリは作戦を話す。それにはエーリックとディークは驚く。
「そんなんで大丈夫なんですか? 下手すりゃ殿下死にますよ!」
案の定エーリックが声をあげる。
「そうですよ。そんな無謀な賭けは私は反対です」
ディークも反対する。
「無謀なことは分かっているんだけど、これしか氷河の竜を倒すことは無理だから」
――本当はこの作戦はナギが考えたものなんだけど。ほんと大丈夫なんだろうなー。ナギー。
ユウリは心の中でナギに訴えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます