第七章
第86話 氷河の竜①
【前回までの話】
ユウリは、前日の夜ナギに引き出しを見ろと言われたため見てみると、そこには借用書があった。
内容は、ナギが隣国の地主レオーネ氏から城を担保に100万ガイル(日本円で3000万円ほど)の金を借り、1年後に全額返済するというもので、その1年後というのが1週間後だったことが発覚した。
――――――――――――――――――――――
結局3日間話し合ったが、どうみても100万ガイルという大金をこの1週間で用意することは無理だという結論になった。
「どうしたものか……」
八方塞がりだと皆頭を抱える。
このままではこの城を隣国の地主レオーネに取られてしまう。それだけはどうにかしなければいけなかった。
長い沈黙が落ちる。するとマクナスがある案を出した。
「あの、1つ案があるのですが……」
「なんだ?」
ディークが言う。
「あまり期待は出来ないのですが、氷河の竜を倒したらどうでしょうか?」
「!」
ユウリ以外が驚き目を見開く。ユウリは分からず首を傾げる。
「氷河の竜って?」
「あそこにそびえるメルディス山にいる竜のことです。氷山にいるためその名がついている竜です。その体を覆っている鱗は氷のように硬く、どんな武器も貫通することは出来ないため倒すことが出来ずにいる竜です」
「え……」
「ですが、その鱗はとても高値で売れるので、倒せば100万ガイル以上の収入が見込めます」
笑顔で言うマクナスに、ユウリは目を細めて訊く。
「もしかして、それを僕達に倒せって言うんじゃないよね?」
「はい。その通りです」
やっぱりとユウリ達は嘆息する。
「いやいや、それは無理でしょ。だって今まで誰1人と倒した人いないんでしょ? 武器も魔法もほとんど通用しないとなると、絶対に無理だよ」
「今回ばかりはユウリ様の言う通りだと私も思います」
「あはは……今回ばかりねー……」
ユウリはディークを見ながら半笑いする。
「ですが、もうそれしか方法はございません。それにユウリ様なら氷河の竜を倒せるとみています」
「え? 僕が?」
驚きユウリはマクナスを見る。
「はい。ユウリ様の魔力を持ってすれば、どんな魔獣でも倒せると私は思っております」
期待の目を向けるマクナスにユウリは否定する。
「いや、無理だって」
するとディークが、
「あながち行けるかもしれませんね」
とマクナスに賛同した。
「ディーク?」
「この前のクリスティーヌ様との戦いの時の魔法ならばいけるかもしれません」
あの時ユウリは、敵と見なした武器を一瞬にして消したのだ。あの不思議な力を使えるユウリなら、もしかしたら倒せるかもとディークはふんだ。
「え! あ、あれは無意識にやったことで、どうやってしたのかも分かっていないんだ。無理だよ」
「ではこのまま城を明け渡していいのですか?」
「それは良くない……」
「じゃあやるしかないですね」
「ちょっ、ちょっとディーク! だから無理だから!」
「じゃあそのように進めてください」
「ディークー!」
誰もユウリの言うことを聞かずに話を進めたのだった。
その夜、ユウリはナギに文句を言う。
「どうしてくれるんだよ! ナギのせいで僕は氷河の竜を倒すことになったんだぞ!」
『そうか。よかったな。氷河の竜を倒せば、借金返せるし、おつりがくるんだろう? ツイランは安泰だな』
「だから! 無理だって言ってるだろ! 氷河の竜なんて僕には倒せないんだって!」
『なんでだ?』
「え?」
――なぜ、なんでだ? になる?
ユウリはナギの言葉の意味が分からない。
『倒せばいいだけのことだろ?』
そこでナギはこういうやつだったとユウリはため息をつく。
「あのね。ナギみたいに僕は強くないんだよ。倒せるわけがないじゃないか」
『ディークは反対したのか?』
「え? ディーク? ううん。ディークは倒せって言ってる」
『じゃあ大丈夫だろ? あいつは勝算がないことは言わないからな』
「で、でも! 僕は倒すことなんて出来ないよ!」
『そうか? お前が封印している力を解放すればいいだろ?』
「――」
いきなり黙ったユウリにナギは嘆息し言う。
『お前の中では嫌な記憶か』
「う、うん……」
ユウリが小学校の野外授業の時、一度だけ使ったことがあった。気がついた時は周りの木は無くなっていた。一緒にいたサクラは怪我はなかったが、記憶がないことに恐怖を覚えたユウリはそれ以来力を使うことはなかった。
『だがお前、この前クリスティーヌを助けるために使ったんだろ?』
ナギはクリスティーヌ誘拐事件のことはユウリから聞いていた。
「うん。でもどうやって使ったのか分からないんだ」
気付いたら力を使っていたのだ。
『そんなもん、使おうと思えば使える』
「そうかな……」
『ああ。お前が怖がっているだけだ』
ナギの言う通り自分は怖がっていただけだとユウリも分かっている。
「そうだ……僕は怖いんだ……。自分が知らない所で膨大な妖力が発動しているのが……。それで大切な人が死んだり、怪我をしたりするのが怖いんだ」
ユウリはギュッと膝の上で拳を握る。
『阿呆ユウリ』
「え! あ、阿呆?」
『そうだ。いつまでウジウジ悪い方に考えているんだ。バカ』
「今度はバカって言った!」
『ああ。阿呆でバカだ。クリスティーヌの時、勝手に力が発動したのは、お前がその力を使いたくないという思いと、クリスティーヌを助けたいと言う思いがぶつかったためだ』
「思いがぶつかったため……」
『ああ、そうだ。それによく考えてみろ。その力を使って誰か死んだか? 怪我したか? お前の話では、武器が消えただけだという話だったはずだ。ならば、お前は無意識であるにしろ、お前の思い通り力は発動しているだろ』
「!」
『お前の力はちゃんと意識してなくてもお前の思い通りに力を発動させているんだよ』
ユウリはそこであの時のことを思い出す。確かにナギの言う通り、誰もユウリの力で死んでいないのだ。
『サクラの時もそうだろ。お前はあの時サクラを守りたかったから発動した。だがサクラには何も危害が及ばなかった。そうだろ』
「うん」
『そういうことなんだよ』
「でもクリスティーヌさんの時、僕は記憶がなかったんだ。また僕の知らないところで暴走したら……」
もしかしたら今度は誰かを傷つけてしまうかもしれない。そんな不安がユウリを襲う。するとナギは頭ごなしにため息をつく。
『はあ。お前のそのマイナス思考どうにかしろ。そこ、お前の今後の課題な』
「え? か、課題?」
『ああ。記憶がなかったのは、お前が力を使いたくないという気持ちから勝手に意識が蓋をしたからだ。誰かが傷付くのを見たくない。傷つけたくないというお前の気持ちが招いたことだ』
「……」
『その気持ちが無くなれば、意識が飛ぶことはない。だからいつまでもウジウジ考えてないでもっと前向きに考えろ。そうしないとこれからもクリスティーヌを守れないぞ』
――確かにそうだ。もっとしっかりしなくちゃ。
なぜかナギに言われると自信がもてて、大丈夫だと思ってしまう。
「わかった」
『これで氷河の竜は倒せるな』
「……」
そこで本来の目的を思い出す。
「そ、そうだよ! やっぱり僕には無理だよー!」
ユウリは頭を抱えて叫ぶ。
『はあ、もう知らん。がんばれ』
そう言ってナギは一方的に切った。
「ちょ、ちょっと! ナギ!」
切られたことと、この原因を作ったナギにふつふつと怒りがこみ上げてくる。
「もー! 元はと言えばナギが悪いんじゃないか! 覚えとけよー!」
ユウリはずっと通信機の玉に向かって文句を言っているのだった。
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