第82話 万象無効の定義



 ソラの話を聞いてナギは不思議に思いソラに訊ねる。


「ルプラの時は大丈夫だったんだな」

「あの時は授業を受ける前に封印を強化しておいたからね。それにあれ以来全力で封印している」


 そう言いながらソラの目が据わる。思いだして煮えくり返っているようだ。


「で、君はナギの許嫁の子にかけた封印が一瞬外れて黒銀くろがねの妖力が放出されたからここに来たんだね」


 シンメイの説明にソラは「はい」と素直に頷く。


「でもすぐに消えてしまった理由が分からなかったので」

「それは私が抑えたからだね」

「じゃあもうこれで黒銀くろがねは完璧に封印されたのか?」


 ミカゲの質問にシンメイは首を横に振る。


「いや。無理だろうね」

「え?」


 皇帝の力が加われば封印は完璧なものになると思っていたソラは、


「なぜですか? 三條家の封印と陛下の力が加われば封印は完成するんじゃないのですか?」


 と、声を張り上げ質問する。それに対しシンメイはその理由を説明する。


「たぶんこれはこの子の万象無効ばんしょうむこうの能力が関係していると思う」

「それは無効にしちまうってことか……」


 ミカゲが嘆息しながら言えば、シンメイは「うん」と首を縦に振る。だがソラは納得いかない。明らかに自分がした時よりも封印は強化されているのだ。


「でも封印は強化されてます!」

「それは私の力ではない」

「え……」

万象無効ばんしょうむこうの者の中にいる黒銀くろがねを封印出来るのは、君の力――白銀しろがねの『もの』の力のみしか効かない」

「!」


 そこでナギがシンメイに訊く。


「陛下、『もの』ってなんです?」

「『もの』とは白銀しろがねの力をそっくりそのまま受け継いだ者のことだよ」

「すべてですか?」

「ああ。白銀しろがね黒銀くろがねにはある【契約縛り】が交わされている。1つはお互い殺せないこと。そして白銀しろがねの封印が黒銀くろがねに必ず効くということ」

「必ず?」

「うん。だから黒銀くろがね万象無効ばんしょうむこうの者の中に入ったとしても無効にされず、必ず白銀しろがねの封印は効くんだ。そうだよね?」


 シンメイはソラへと視線を向けると、ソラは頷く。


「はい。そうです」


 そこでミカゲが疑問を言う。


「じゃあ何か? 黒銀くろがねを封印出来るのはソラだけってことか?」


 シンメイの説明だとそうなる。


「この子の中にいる間はそうなるね」

「じゃあさっき抑えたって言ったのは、封印したんじゃなかったのか」

「うん。だって見事に無効にされたから」


 シンメイが応えると、ミカゲは眉を潜める。


「封印じゃないっってことは、言霊で抑えたわけじゃねえよな?」

「うん。違うよ」


 2人のやり取りにナギとソラは、「え?」となる。


「服従の言霊で大人しくさせたんじゃないのですか?」


 ソラの質問にシンメイは首を横に振る。


「違う。言霊は使ってないよ。私の服従の言霊は、万象無効ばんしょうむこうの者にも効かないからね」

「封印でも、服従の言霊でもねえなら、シンメイ、お前は何をしたんだ?」


 ミカゲは、まったく分からないと眉を潜めながら訊く。


「三條家の息子さんの話にも出てきたけど、当時の皇帝が黒銀くろがねに【罪人の刻印】を刻んだって言ってたよね?」

「ああ」

「それの力さ。【罪人の刻印】は皇帝を守るためのものだ。だから皇帝である私が言葉を発すれば、【罪人の刻印】が反応し攻撃を抑制してくれる。あの時も黒銀くろがねが封印を解こうとして暴れそうになったから、私は『鎮まれ』と唱えた。すると【罪人の刻印】が反応し封印を強化したんだ。【罪人の刻印】は黒銀くろがね本人の魂に刻まれているため、魂に直に効く。万象無効ばんしょうむこうは関係ないんだ」


 そう説明しながらシンメイは思う。


 ――と言っても【罪人の刻印】は黒銀くろがねを寄せ付けないことに特化している。それに言葉を発しなければ発動しない。結局最終的には自分で身を守らなくてはならないようだ。


 ソラがかけた封印を少し解いた時だ。黒銀くろがねは瞬時にシンメイの命を狙ってきていた。だが次の瞬間、なぜか動きが不自然に止まったのだ。その隙を狙ってシンメイは言葉を発し難を免れた。

 もしあの時、動きが止まっていなければ、シンメイは大怪我をしていただろう。


 シンメイは寝ているサクラへと視線を向ける。


 ――あれはこの子の万象無効ばんしょうむこうの力が発動し私を救ったのだろう。



「結局今はソラの封印の力しか効いていないってことか」


 ミカゲが嘆息しながら言う。


「そうだね」

「じゃあなにか? その当時、本来ならば白銀しろがねと皇帝の力で黒銀くろがねを乗り移った者の中に封印でき、乗り移った者共に葬ることが出来たものが、万象無効ばんしょうむこうの者に黒銀くろがねが乗り移ったため、皇帝の封印の力は無効にされ効力がなく、白銀しろがねの封印だけが効いた状態だったため、逃げられたってことか」


 ミカゲが黒銀くろがねが最初に捕まった時のことを考察すると、シンメイは頷き返す。


「たぶんね。だけどその当時の誰もが万象無効ばんしょうむこうの者のことを知らなかったから気付かなかったんだろうね」

「その後は、黒銀くろがねは何百年かけて万象無効ばんしょうむこうの者を探し続け、1年前偶然にもサクラを見つけた。そして【罪人の刻印】を解くために皇帝のお前の命を狙っているというわけか」


 皇族の服従の言霊は絶対だと思っていたソラは大きく落胆し呟く。


「まさか陛下の力も効かないなんて……」


 シンメイは苦笑する。


「自然の摂理だよ。皇帝も神じゃない。人の子だ。間違うこともある。もし皇帝が正しい道を外した場合に正す者がいる。その役目が万象無効ばんしょうむこうの者だっただけだよ。だから万象無効ばんしょうむこうの者の特徴は、妖力はあるが自分の意思では使えない。そして性格は裏表がなく、周りの噂や言葉に影響されないと言われている」


 シンメイの説明を聞きながらナギは隣りで寝ているサクラを見る。


 ――確かにサクラの性格に当てはまるな。妖力が少ないのは、幼い頃から自分に警戒心を向けさせないため。性格が裏表ないのは他の者から信頼を得られるため。周りに影響されないのは、人一倍正義感を持ち合わせているから……か。


 今までユウリを守ってきたサクラが良い例だ。どんなにユウリを悪く言われても、サクラは昔からユウリへの態度を変えていない。そしてナギもそうだ。普通なら得体の知れない者がユウリといきなり入れ替わったら、もっと恐怖と疑心暗鬼に陥るはずだ。だがサクラはすんなり受け入れた。


 ――瞬時に善悪を判断しているというわけか。


 シンメイの言うことが正しければあり得る話だとナギは思う。だが、


 ――サクラは女だ。それに妖力もないに等しい。そして力では男に負ける。


 幼い時はユウリを庇って何度も相手の男性の子供に突き飛ばされていた。

 ルプラに襲われた時もそうだ。襲われた後も普段とあまり変わらない様子で大丈夫と言っていた。だが実際は見つからないように1人で恐怖で泣いていたのだ。だから中庭で強制的に泣かせた。


 ――こいつはただ我慢強いだけだ。


「サクラは強くない。皇帝が道を外したら正す役目だと? そんなもん周りが言っているだけだろ。こいつからしたらいい迷惑だ」


 ナギの言葉にソラも同感だと頷く。


「ナギの言う通りです。サクラは普通の子です。強いわけじゃないです。そんな役目、かわいそうです」


 するとシンメイは目を丸くする。


「気分を害したなら謝るよ。そういう意味で言ったわけじゃないんだけどね」

「そうだぞ。シンメイはただ万象無効ばんしょうむこうの者というものの存在意義を言ったまでだ。別にサクラのことを言ったわけじゃない」


 ミカゲもシンメイを援護する。


「同じ事だ。この時点で万象無効ばんしょうむこうの者はサクラ1人だからな」

「ナギの言う通りだ」


 そんな2人の態度にシンメイは笑う。


「ほんとは2人から好かれているんだね」

「!」


 シンメイの言葉にナギとソラは驚き見る。


「サクラの名前、呼んでいいのかよ」

万象無効ばんしょうむこうの者と知った時点で呼んでいいんだけどね。サクラさんは私の主従の言霊は聞かないから」


 ああ、そうかと納得する。


「でも私が皆の前でサクラさんの名前を呼ぶと万象無効ばんしょうむこうの者だとばれるからね」

「でも俺は陛下に呼ばれたが」

「ああ。ナギはいいんだ」


 ――なぜ俺はいい。


 ナギはシンメイを胡乱な目で見る。


「ナギ、さすがに陛下に向かってその顔は……」


 ソラが小声でナギに注意する。


「いいよ。私は気にしないから」


 睨まれているのにニコニコ笑っているシンメイにミカゲは嘆息する。


 ――はあ。こいつの悪い癖が出ていやがる。


 シンメイはこの身分から敬われることはあっても、面と向かってナギのような顔をされたことがないため嬉しくて仕方ないのだ。


 ――悪趣味だな。


「なぜナギはいいのかは、君がユウケイの息子さんだからだよ」



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