第77話 皇帝が家に来た②



「一度は聞いたことないかい? 『黒銀くろがね』のことを」

「昔話の『白と黒の妖王あやかしおう』の黒銀くろがねのことか?」


 大昔、容姿も性格も正反対の双子、白銀しろがね黒銀くろがねがおり、その1人、黒銀くろがねが暴走し皇帝の命を狙ったため、もう1人の双子の白銀しろがね黒銀くろがねを倒したという伝説の子供向けの昔話だ。


「あの話には1つ間違いがある。実際は黒銀くろがねは死んでいない」


 ナギとミカゲは目を見開く。


「どういうことだ?」

白銀しろがねでも倒せなかったんだ」

「!」

「実際は白銀しろがね黒銀くろがねを封印するはずだった。だが失敗した。まあ黒銀くろがね白銀しろがねがしようとしていたことを知っていて、封印される前に体と魂を切り離したんだ」


 それにはナギもミカゲも驚く。


「切り離しただと? そんなこと出来たのか?」


黒銀くろがねは元々相手の意識を乗っ取り操ることを得意とした。それは一時的にその者の中に入り意識を乗っ取るというものだ。黒銀くろがねは封印される直前に逃げたんだ」

「だがすぐに黒銀くろがねは見つかったんじゃないのか?」


 ミカゲが訊く。だがシンメイは首を横に振る。


黒銀くろがねは巧妙に気配や妖気を消していて分からなかったみたいだ。ずっと白銀しろがね黒銀くろがねの妖力を辿たどっていたが見つからなかった。だからもう亡くなったと思っていた。だがそれから100年後、黒銀くろがねが現れた。それが『万象無効ばんしょうむこう稀人まれびと』の者の中だった」


「!」


「どうして分かったのかは、その時の皇帝を狙って来たからだ。だがその時の皇帝と白銀しろがねの子孫の者は黒銀くろがねをその者の中に封印することに成功し、そして監禁したんだ。そしてその者が亡くなった時に黒銀くろがねも同時に消滅したと思われた。だが違っていた。黒銀くろがねはその者の遺体を処理しに来た者の中に入り、その場から逃げたんだ」

「ちょっと待て。それって黒銀くろがねは遺体でも居続けることが出来たということか?」


 ミカゲが言う。


「そうなるね」


 ナギもミカゲも息を呑む。


「そして黒銀くろがねは今日まで『万象無効ばんしょうむこう稀人まれびと』を探して転々として生きていた」


 シンメイのそこまでの説明で、ナギもミカゲもある最悪の結論に達する。


「もしかして、稀人を国がすべて把握する理由は……」

「そう。黒銀くろがねを見つけるため」

「!」


 そこで今まで黙っていたナギが口を開く。


「陛下、1つ訊くが」


 もうナギが言いたいことはミカゲも分かっていた。苦渋の顔をし目を閉じる。


「もしサクラが『万象無効ばんしょうむこう稀人まれびと』と知られれば、監禁されて殺されるのか?」

「……」


 シンメイは最初の『万象無効ばんしょうむこう稀人まれびと』は監禁されて亡くなったと言った。だが亡くなった理由は言っていない。まずそのまま寿命が尽きるまで監禁されていたとは考えにくい。早く黒銀くろがねを抹殺したかったはずならば、すぐに殺されたことは容易に想像がつく。そして今もそれは変わっていないはずだ。


「応えられないということは、そうとらえていいってことだよな?」


 いつの間にかナギは敬語を忘れ話す。だがそれに対してミカゲもシンメイも何も言わない。

 ナギも分かっている。だがどうしても敬語を使う気になれない。


 横で寝ているサクラを見る。


 たまたま入れ替わったユウリの許嫁だった存在。たまたま入れ替わった瞬間に居合わせた存在。なぜか記憶が残っている唯一の存在。それだけの存在だ。


 だがなぜか無性に腹が立つ。


 もうユウリの許嫁というだけではない。一応自分の許嫁だ。2ヶ月経ち、ほとんど毎日のように顔を合わせ、色々な話をし過ごしてきた。はいそうですかという存在ではない。これを情というものなのだろう。


 今確実に言えることは、殺されることが分かっている場所に、サクラを渡すことだけは許さないということだ。


「悪いがサクラを渡す気はない。もしサクラを連れていくのなら、陛下といえども俺は断固抵抗する」


 ミカゲは葛藤するようにただ苦渋の表情をし歯噛みする。

 シンメイはふっと笑う。


「ナギはそう言うと思ったよ」

「?」

「心配しなくていい。このことは私だけに留めておく」

「だがシンメイ! それはお前を危険にさらすことになる!」


 そこでどうしてミカゲが苦しそうにしていたのかが分かった。サクラを生かせば、シンメイの命が狙われるからだ。


「大丈夫だよ。今はこの子の中にいる黒銀くろがねは封印されている」

「どういうことだ?」


 それにはナギもミカゲも驚く。


「たぶん三條家の息子さんが強力な封印を施している」

「え?」


 三條の息子と言えば、ソラだ。


「ソラが?」

「うん。凄いねその子。1人で黒銀くろがねを封印したなんて。でも持続性はなさそうだから、定期的にこの子に封印を張り直しているようだね」


 そこでミカゲははっとする。


「だからサクラの能力が分からなかったのか」

「だろうね。私でもこの子の能力を見るのに一苦労したからね。たぶん見つからないように能力ごと封印をしたんだと思うよ」

「でもあいつ、いつ気付いたんだ?」


 ミカゲは疑問を口にする。


「それは分からないけど、でも三條家の息子さんがいてよかった。もし封印していなかったら、私の服従の言霊でも黒銀くろがねを抑えることは難しかっただろうね」

「そうなのか?」

「うん。黒銀くろがねは殺せないから封印することしか出来ない。そしてそれが出来るのが、同じ家系の三條家の者のみだから」

「じゃあもう大丈夫なのか?」

「いや……。でも今のままならある程度は大丈夫だね」


 シンメイは寝ているサクラの前にしゃがむと、手をサクラの額に置く。すると金色にサクラを包む。そして眉を潜める。


 ――やはりこの子には無理か……。


「陛下」

「ん?」

「なぜサクラのことをこのままにしておく。陛下からしたらサクラは驚異な存在だろ?」


 白銀しろがね黒銀くろがねがいた時代は何百年も昔の話だったはずだ。今ではほとんど伝説のように語り継がれている。そんな大昔のことなのに、未だに皇帝と国は黒銀くろがねを恐れている。皇帝ほどの力がある者がだ。


「このことは皇帝とその側近と軍の上の者、そして三條家当主と次期当主のみしか知らないことだ」

「じゃあ俺の父親も知っていると?」

「ああ。だからこの子の能力を隠し、君の許嫁にしたんだろうね。そして三條家も知っているんだろう」


 確かに三條家が知っていなければこうはならなかったことだ。

 サクラを国に報告をしなかったのは、ただ監禁されるのを恐れてではなく、サクラを殺されないようにするためだったのだ。


「となると、ソラにも訊かないと行けねえな」


 ミカゲが言うと、


「それなら大丈夫だよ」

「?」

「ここに来るだろうから」


 すると、応接室の扉が叩かれ、マサキが顔を出した。


「申し訳ございません。今三條家のソラ様が見え、ナギ様に急ぎでお会いしたいと」


 そう言いながら、マサキはシンメイへ了承を取るように見る。シンメイは笑顔を見せて応える。


「ここに通して構わない。私も話したかったからね」


 そして案の定ソラはシンメイを見てフリーズする。あのソラでもやはり皇帝を前にするとフリーズするのだとナギは内心笑う。ソラは、はっとし膝を突く。


「大変失礼いたしました。三條ソラと申します。まさか陛下がお見えになるとは知らなかったとはいえ、申し訳ございません」

「久しぶりだね。いいよ。君が来るのはわかっていたから」

「え?」


 ソラは顔を上げる。


「すまない。私がこの子の封印を一瞬緩めたんだ。でもすぐに抑えたから心配ないよ」

「あ、はい」

「ちょうど君の説明を聞きたかったんだ。お願いできるかい」

「あ、はい」


 ソラはソファーに座り、目の前の皇帝をマジマジ見る。どうもこの状況が理解出来ないようだ。


 ――なぜナギの家に、陛下と西園寺先生がいるんだ?


「ナギ、なぜ陛下がここに?」

「あ、ああ。お忍びで遊びに来たんだとよ」

「――」


 余計に分からないソラだ。皇帝だけは心を読むことが出来ないだけに、ソラの中で不安が過る。だがこのまま黙っているわけには行かない。シンメイから説明をするように言われているのだ。するとミカゲがまず切り出した。


「ソラ、説明してもらおうか」

「……」


 ソラはどう説明すればいいのか逡巡する。その葛藤を知りシンメイが言う。


「隠さなくていいよ。みんな知ってるから」

「え?」

「すべて話してある。だから封印に至った経緯を話してくれないかい?」

「わかりました」


 ソラは1度深呼吸をし意を決する。


「僕がサクラの中に黒銀くろがねがいることに気付いたのは、軍事学校の入学式でした。三條家は黒銀くろがねが近くにいると体が反応するようになってます。そこで近くにいるのがわかりました」

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