第76話 皇帝が家に来た①




 ナギとサクラ、一條家の者達全員、急な訪問者にフリーズする。


「シンメイです。急にお邪魔して悪いね、ナギ」


 そう言って爽やかに挨拶するシンメイに、その横にいるミカゲはため息をつく。


「ほれ見ろ。お前が急に来るから全員固まってるじゃねえか」


 ナギは恐る恐る目の前の場違いな人物に尋ねる。


「陛下ですよね?」


 すると、シンメイは笑顔で応える。


「はい。みなそう言いますね」


 すると、ナギ以外全員その場に振れ伏した。ナギだけがその場に立ち、片方の頬をヒクヒクさせる。


 ――そうなるよなー。


 だが当の本人はまったく気にせず、笑顔で「あ、お気遣いなく」と言っている。


「いや、使います」


 間髪入れずに突っ込み、正座をして頭を下げているマサキ達に言う。


「すぐ用意してくれ」

「は、はい。かしこまりました!」


 皆、バタバタとその場を去って行く。さすがのマサキも慌てているようだ。そりゃそうだろう。天下の皇帝なのだから。サクラなんてフリーズしてまだ動けていない。それを分かっていてシンメイはサクラへと笑顔を見せる。


「あなたがナギの許嫁の子だね。初めまして」

「あ、あ、はい。初めまして。く、九條サクラと申します」


 するとシンメイは笑顔を消しじっとサクラを見る。それにはナギもミカゲも怪訝な顔を見せる。だがすぐにシンメイは笑顔になり言う。


「あなたは『稀人』だね」

「あ、は、はい。なぜそれを……」

「私は人より見る力が長けているんだ。それに……」

「?」

「いや、これはいい」


 すると奥からマサキが走ってきた。


「ご準備が出来ました」

「では、陛下こちらへ」


 すぐに応接室へシンメイを案内する。そしてお茶を出し終え、ナギとシンメイ、ミカゲだけになったのを確認してからナギが口を開く。


「今日はどういったご用件ですか?」


 単刀直入に訊く。そりゃそうだ。まったく来るとは聞いていなかったのだ。


「ちょうど時間が出来たからナギの家を見たくてね」

「はあ……」


 それだけで来るとはどうしても思えないナギだ。だが笑顔で言うシンメイが嘘を言っているようには思えない。するとミカゲが言う。


「ナギ、こいつの言うことは本当のことだ。急に俺を呼び出し連れて行けと従者にも言わずに皇居を出てきたんだ」

「え? それって……」

「お忍びってやつだな」


 ――いいのか? そんなことして。


 ナギは目の前の天下人を胡乱な目で見れば、


「大丈夫。ちゃんと影を置いてきたから」


 とニコニコしながら言う。


 ――それは分身という意味か?


「まあいいですけど、でもなぜうちに?」

「君のことを聞きに来たんだ」


 そこで「ああ」と納得する。


「ミカゲに聞かなかったんですか?」

「兄さんはナギに聞けっていうから」

「なるほど」


 するとミカゲが心配そうに言う。


「いいのか?」


 それはナギの秘密を教えていいのかという意味だ。


「まあ別に構わない。どうせ陛下にはばれてるし」


 そしてナギはシンメイに異世界から来たことを話す。最初驚いた顔をしていたが、さすが皇帝だ。その後は黙って聞き入っていた。


「なるほど。だから私の服従の言霊が効かなかったんだね」

「はい」


 それはシンメイにしてみれば嬉しくないことではないのかと思うが、本人はなぜか嬉しそうなのが気になった。


「なんか嬉しそうですね」

「うん」


 思いっきり嬉しそうに頷く。どういうことかと眉を潜めていると、ミカゲが説明した。


「こいつ、言葉を気にせずに話せる相手が出来て嬉しいんだよ」

「え?」

「こいつが話す言葉はすべて言霊としてこの世界の者達に少なからず影響を及ぼす。だからあまり話すことが出来ないんだよ。今まで俺にしか気兼ねなく話すことが出来なかったのだが、ナギが現れたから嬉しくて仕方ないんだ」

「そうそう。文句も言いたくても言えなかったからね。ナギなら冗談も言えるし、文句も言える」


 あの威厳のある皇帝とは思えないほどフレンドリーなシンメイにナギはただ口をぽかんと開ける。


「シンメイ、一応ここはナギの家だ。あまり本心を見せるな」

「ごめんごめん、だってもう嬉しくて」

「気持ちは分かるがナギが迷惑する」

「そうだね。ナギごめんね」

「いえ。俺は別に構わないですよ」


 するとシンメイは嬉しそうに笑う。


「よかったー。じゃあ毎日遊びに行くからよろしく」

「それは止めてください。俺はいいが、従者の者達が生きた心地がしないから」


 するとシンメイは嬉しそうに目を輝かせる。


「兄さん、今の見たかい? やっぱりナギには効かない! すごい!」

「?」


 何の話かまったく分からない。するとまたミカゲが説明する。


「今こいつは、毎日遊びに行こうと言っただろ?」


 それのどこがおかしいのかとナギは眉間の皺をさらに深める。


「それは言霊となって普通ならお前の魂に刻み込まれる。するとだな、お前は毎日シンメイが来ると思い、毎日シンメイが来るための用意をすることになるんだよ」

「絶対なのか?」

「そうだ。それが皇帝のみの力――強制的に従わせる力だ」

「まじか。それって解除はできないのか?」

「出来ないことはないが、解除するとなると相当の力を有する。だから基本しない。こいつが3日間と言えば3日後に消える。だが毎日はいつまでと決まっていない。だから一生続いてしまう。だからこういうことは軽々しく言えないんだよ」


 ナギは同情の目をシンメイに向ければ、「そうだね」と苦笑した。


「でもナギは気にせず話せるから」

「毎日来るのだけはやめてください」

「分かってるって。これからは呼ぶよ」

「それもどうかと……」

「シンメイ。ナギは学生だ。そういうことはあまりするんじゃねえ」

「そうだったね。ナギがすごく落ち着いているから学生だと思わなかった」


 ――まあ中身の年齢は7才上だからな。


「それと」


 いきなりシンメイが真剣な顔になる。


「君の許嫁の子、『万象無効ばんしょうむこう稀人まれびと』だね」

「!」


 ナギは驚き目を見開く。


 ――なぜ?


 もしかしてミカゲが教えたのかとミカゲを見れば、自分は違うと首を振る。


「シンメイは俺よりも能力を見るのに長けているんだよ」


 皇族特有ということか。


「別に警戒しなくていい。私が何かすることはない。ただ……」

「?」

「ナギに1つ質問だけど、君の許嫁の子、目が光ったところを見たことがあるかい?」

「ああ。昔」


 ユウリの記憶だ。


「それは何色だった?」

「え? 色?」


 ユウリの記憶を辿る。


「銀……だな……」


 そう言いながらナギは顔をしかめる。ミカゲが声をかける。


「どうした?」

「いや……」


 ――まただ。なんだ、この違和感は……。


 たまにユウリの記憶を辿ると、なぜかモヤっとする違和感を感じることがある。それが何かはわからない。それに一過性もない。


 するとシンメイが言う。


「銀色だったんだね」

「あ、ああ。それがなにかあるのか?」

「いや。確認だよ」

「確認?」

「うん。万象無効ばんしょうむこうの力がある者は目が皆同じ色に光るんだよ。それでね」

「そうか」

「君の許嫁の子に会いたいんだけどいいかな?」

「ああ」


 サクラは部屋にやって来てから緊張から固まっている。そりゃそうだろう。普通会うことは出来ない存在が、今目の前にいるのだ。


「サクラ」


 ナギが笑いながら声をかける。


「あ、はい。は、初めまして。九條サクラです」

「さっき挨拶しただろ」


 ナギは苦笑する。相当テンパってるようだ。するとシンメイがソファーから立ち上がりサクラの目の前まで来る。サクラは驚き緊張から硬直して動けない。これが普通の反応なのだろうとナギは思いながら、そこで違和感を感じ眉根を寄せる。シンメイが真剣な表情なのだ。するとシンメイは右手をサクラへと伸ばす。


「ごめんね。ちょっと我慢してね」


 そしてサクラの頭へと置く。

 刹那、膨大な邪悪な妖力が膨れ上がった。


「!」


 ナギとミカゲは戦闘態勢に入る。


「大丈夫、そのままで」


 そう告げたシンメイの目が金色に光っている。


「鎮まれ」


 シンメイの言葉に反応し、サクラはすとんと意識を失いその場に足から崩れ落ちた。


「ナギ、この子を」

「あ、ああ」


 シンメイはナギにサクラを渡す。


 ――どういうことだ?


 ミカゲは眉を潜める。


「シンメイ、今何をした」

「確認だよ」


 ナギはサクラをソファーに寝かし、シンメイを怪訝な顔で見る。


「確認?」

「ああ」

「今一瞬膨大な妖力がサクラから膨れ上がった。それか?」

「そうだね。でもすぐに私が鎮めた」

「どういうことだ。あれは相当やばい妖力だったぞ。それがなぜサクラから感じた?」


 ミカゲが睨みながらシンメイに問えば、シンメイも真剣な顔で言う。


「一度は聞いたことないかい? 『黒銀くろがね』のことを」


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