第75話 ヤマトの誕生日パーティー②




「お! ナギ!」


 皆、一斉にナギを見る。


 ――だから話しかけるんじゃねえ!


「はあ……」


 ナギは大きなため息をついた。

 すると皇帝らしき者がナギの方を振り向いた。その顔を見た瞬間、ナギは動けなくなる。

 透き通るほどの白皙に、強烈なインパクトの双眸は切れ長で吸い込まれそうな綺麗な金色。鼻筋が通り、ピンク色の薄い唇。腰まである艶やかな濃鼠色の髪は後ろで1つに束ねていた。まさに美男子としか言い様がない完璧な容姿だ。その容姿に輪をかけてすごかったのが、すべてを魅了するであろう高貴な妖力だ。

 そこにいるだけで圧倒的な存在感。

 目が離せなかった。


 ――これが皇帝。


 見とれていると、ミカゲが呼ぶ。


「ナギ、こっちへこい」


 ――いや、呼ぶな。


 目を細めてただその場に立ち尽くす。すると周りがざわつく。


 ――ん? 何かまずかったか?


 異様な雰囲気にナギは眉を潜めていると、ミカゲが目で「いいからこい!」と合図してきた。仕方なく歩みを進め、皇帝とミカゲの前に行く。


「ナギ、こちらが皇帝のシンメイだ」


 ミカゲの説明にナギは深々とシンメイに頭を下げる。


「お初にお目にかかります。一條ナギと申します」


 すると周りの従者や護衛の者達は、いっそうざわつく。今のはナギがあの一條家の息子だということでのざわつきだ。だがさっきのざわつきがわからない。


「君がですか。あえてうれしいよ」

「ありがとうございます」


 ――ほんと間近で見ると、圧倒的な存在感と何とも言えない浮遊感と高揚感が沸くな。俺でもそう思うんだ。ここの世界の者達が魅了されるのは頷けるな。そしてこの感じ……。そういうことか。なぜひれ伏せてしまうのか。圧倒的な妖力量だからだ。


 そこでミカゲの言っていたことを思い出す。確かミカゲの方が圧倒的に力が強いと言っていたのだ。


 ――なるほどね。


 ナギはミカゲを胡乱な目で睨む。


「?」


 その視線に気付いたミカゲが、意味が分からず首を傾げている。


 ――ミカゲは妖力を隠している。ほんとどれだけ隠してるんだよ。


「なんだ?」


 ミカゲが聞くが、ナギは「いや。べつに」と言って誤魔化した。するとシンメイが笑う。


「それにしてもさすが一條家の次期当主だね」

「?」

「君も妖力半端ないね」

「え?」


 するとシンメイが周りに聞こえないぐらいに声を小さくする。


「さっき私は君と挨拶した時、いつも抑えている妖力を一瞬解放したんだ」

「!」

「一応初めて会った権力がある者にはそうしている」


 ――なるほど。なめられないためか。


「でも君はまったく動じなかった。これで2人目だね」

「?」

「もう一人は、君の父親だよ。あの人も妖力が強い」


 ――ああ、確かに父さんならそうだろうな。


「さすが兄さんが鍛えただけあるね」


 そこでミカゲに抗議の目を向ける。皇帝にまで自分が教えたと報告したのかと。


「こいつはちょっと変わっているからな」

「うるさい。ミカゲ」


 その言葉に回りがざわつく。


「ミカゲ様になんという言葉を!」


 そこでしまったとナギは後悔する。ここにいる者はミカゲが皇族だと知っているのだ。どうしたものかと困っていると、


「あはは。さすが兄さんの弟子だね。ため口にさせているとは」


 シンメイは周りに聞こえるように言う。ナギを助けてくれたようだ。今はありがたい。


「それに兄さんがえらく気に入っているみたいだね」

「へえ。そうなのですか? ミカゲ様?」


 ナギは片眉を上げてわざと揶揄混じりで敬語で聞く。だがミカゲは意に反して真面目に返してきた。


「まあ、弟子にするくらいだ。気に入らないとしねえよ」


 絶対に冗談混じりで返してくると思っていたナギは、ミカゲの真面目な応えに面食らった顔を向ける。すると今度はシンメイが突拍子もないことを言い出した。


「じゃあ、私にも敬語じゃなくてもいいよ」

「陛下!」


 それには周りが許さないと声を上げた。ナギも、それはこっちからお断りだと心野中で突っ込む。どう考えても皇帝に対してはため口はよくないだろう。

 するとシンメイは手をあげ、ざわつく者達へと言う。


「異議は認めない」

「!」


 すると一斉に周りの者達が頭を下げた。そこで気付く。これは絶対の服従の言霊だと。だがナギはなんともない。やはり異世界からきたからだろう。今顔を上げているのは、ナギとミカゲ、シンメイだけだ。するとシンメイがナギの耳元で言う。


「みんなに合わせて」

「!」


 ナギは同じく頭を下げる。そして皆が頭を上げたのを見てナギも上げる。


 そこで気付く。シンメイはナギがこの世界の者ではないことを知っていると。


「あの……」


 ナギの口へシンメイは人差し指を差し出し制する。


「兄さんが気に入っているんだ。それが答えだ。安心して」

「――」

「また今度ゆっくり話そう。ナギ」


 それにはナギ以外驚く。


「陛下が名前を読んだ」

「陛下が一條ナギの名前を! これは一大事だ!」


 周りから聞こえてくる言葉にナギは首を傾げる。何をそんなに驚いているのかがわからない。すると嘆息しながらミカゲが説明する。


「皇帝は基本相手の名前を呼ばないんだよ」

「え?」

「こいつが呼ぶ名前は言霊となる。一度名前を呼べば、良しも悪しも一生皇帝はその者との縁が出来る。だから本当に信頼した者しか名前を呼ばないんだ」


 そしてナギの耳元でミカゲは言う。


「まあお前はこの世界の者じゃないからその危険はないからな。だからシンメイは呼んだんだろうな」

「陛下に話したのか?」

「いや、話してない。気付いたんだろうな。俺が気付くんだ。シンメイが気付かねえわけない」


 ああ、皇帝も皇族だったとそこで気付く。


「ではナギ。話せて嬉しかったよ」


 そう言ってシンメイとミカゲは去って行った。

 歩きながらミカゲはシンメイに言う。


「わざとしたな」

「ふふ。あの子の素性は置いておいて、世間のあの子への評判は悪いものばかりだからね。少し手伝ってあげただけだよ」


 それは今までの一條家の息子としての評判のことを言っていた。


「私はけっこうユウケイのことを気に入っているんだ。その息子が悪く言われるのはちょっとね」


 シンメイはユウケイのことを気に入っていることはミカゲも知っている。だがそれだけではないことも。


「何企んでいる?」

「別に何も企んでいないよ。兄さんも分かってるだろう? 同じ理由だよ」


 そこで用意された部屋にシンメイとミカゲだけが入る。


「私の言葉はどうしても少なからず影響を及ぼす。だからいつも言葉には気をつけてきた」

「……そうだな」


 次期皇帝と決まっていた人生は生まれた時から始まっている。だからまだ物心つくまでは、育ての乳母と今も使えている従者の者、そして父親と母親、ミカゲと最小限の者としか接する事が許されなかった。今のように接することが出来るようになったのは、分別がつく年齢13才になってからだ。

 ミカゲとは違い、自由がないシンメイがどうしても不憫でならないと常々ミカゲは思っている。だからその気持ちは痛いほど分かる。


「でもナギを見て、今までにない不思議な感覚になった。まず私の妖力にも屈しない。そして不思議な妖力じゃない力。でもなぜか危険だとはまったく思わなかった。まあ兄さんがまったく危険視していなかったのもあるけどね」

「だから力を使ったのか?」


 あの時、『異議は認めない』と言った時、シンメイは服従の言霊を少し使った。そのため、そこにいた自分より下の者――ミカゲ以外はすべて頭を下げた。だがやはりナギは頭を下げなかった。それが答えだった。だが皆に不審がられるのは困る。だからナギに頭を下げろと言ったのだ。他の者に疑いをかけられないために。


「すごく嬉しかったんだ」

「シンメイ……」

「自分でも驚いているんだ。まさか言葉に気をつけなくて話せる者が家族以外に現れることがこんなに嬉しいことだなんて。笑ってくれていいよ」

「いや、別におかしくない。普通のことだ」

「兄さんならそう言うと思ったよ」

「ふん」


 ミカゲは照れて横を向く。


「ナギのこと聞かないのか?」

「別にどこの誰でも構わない。現にナギは一條ユウケイの息子であり、兄さんの弟子であることは変わりないことだから」

「今度機会があればあいつに聞いてやれ。あいつもお前にばれたことは気付いている」

「そうか。じゃあ今度聞いてみるよ」


 シンメイは嬉しそうに笑顔を見せた。



 ナギはミカゲ達と別れて会場に入ると、サクラがすぐ寄ってきた。


「ナギ、遅かったわね」

「ああ。そこでばったり陛下にあったからな」

「えええ! うそ! いいなー」

「もうすぐそこに現れるんじゃないのか?」

「現れないわよ。陛下と会えるのは、皇族か十家門の当主のみだもの。ねえ、話したの?」

「ああ」

「どうだった? どんな人?」


 そこで皇帝とは、一般人には遠い存在なのだと気付く。


「どんな人と言っても、ヤマト様よりもイケメンで聡明な人だったな」

「いいなー。ナギはー。もう私もトイレに行けばよかったー」


 ムッとするサクラにナギは笑う。


「まあいつか会えるさ」

「会えないわよ! そう簡単に会えない人なんだからね」



 だがすぐ会えることになる。



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