第73話 婚約式⑤
「ユウリ様!」
「お嬢様!」
その声はユウリに届く。
銃声と共に届いたディークとブルーノの声が聞こえた瞬間、すべてがスローモーションのように感じた。
――ああ、僕、ここで死ぬんだ。まあいいか。今まで死にたいって思ってたんだし。やっぱり僕の人生ってこんなもんだったんだよなー。
ずっと良い人生ではなかった。一條家だからといつも言われ続けた。中学校の時は特にひどかった。十家門の子供からの容赦ないイジメと妬み。下の階級の同年代からの排斥。堪えられなくなり学校に行くのをやめた。
そして引き籠もり生活をして2年と11ヶ月。その後この世界に転移。
最初は嫌だったが、今はそれなりにやりがいがあり、自分という者が少し好きになってきたところだった。それに今までの自分では考えられないこと、それは好きな女性――クリスティーヌが出来たことだ。サクラとは違う。一緒にいると胸がドキドキし、ずっと見ていたい、一緒にいたいと何とも言えないこそばゆい感情で胸がいっぱいになるのだ。それがすごく嬉しくて幸せに感じた。
そこで気付く。
――自分はまだ死にたくない。
そう思った時だ。
目の前に影が落ちる。クリスティーヌだ。
「!」
クリスティーヌは両手を広げ、ユウリの前に立ち塞がったのだ。
――クリスティーヌさん!
そこで走馬灯のように脳裏に自分の前に仁王立ちになりユウリをかばうサクラの姿が蘇る。そしてまた今、目の前にサクラと同じくクリスティーヌがユウリの目の前にいるのだ。
――また僕は守られるのか!
その瞬間、ユウリの中の何かが切れた。
まさにクリスティーヌに銃弾が当たる寸前、ユウリの膨大な妖力が膨れ上がり、銃弾を飲み込んだ瞬間消滅した。そしてそのまま暴発するように周りのすべてを飲み込んで行く。飲み込んだ瞬間、モーリスの従者が持つライフル魔銃と剣、すべてが跡形もなく消滅していった。
それを見た者の目には、一瞬にして物が原子になり消えてなくなるように映っただろう。
そしてすべての武器が消えた瞬間、ユウリの妖力もパンっと弾けるように消滅した。
すべての者が今自分に起こったことが分からず呆然とその場に立ち尽くす。
「どうなっているんだ……」
「武器が消えた?」
「何が起こったんだ?」
そしてモーリスの従者達はその場に力が抜けたように座りこんだ。
ディークも何が起こったのか分からずに呆然とするが ハッとしユウリを見る。 ユウリはただ俯いてその場に立ち尽くしていた。
どれほど時間が過ぎただろう。下を向いているユウリにクリスティーヌが声をかけた。
「ユウリ様?」
呆然と下を向いていたユウリは、クリスティーヌの呼びかけで我に返る。そして顔を上げれば、目の前にクリスティーヌが心配そうに覗いていた。ユウリは反射的にクリスティーヌを抱きしめた。
「ユ、ユウリ様?」
「生きてる!」
ユウリの言葉に、クリスティーヌは最初は驚きはしたが、ふっと笑顔を見せ、ユウリの背中に腕をまわし応える。
「はい。ユウリ様が助けてくれました」
「え? 僕が?」
そこでユウリは冷静に状況を把握する。今自分はクリスティーヌを抱きしめていないか? その事実を認識したことで恥ずかしさが一気に込み上げ、バッとクリスティーヌを離す。
「あ、ご、ごめん!」
クリスティーヌは首を振り笑う。
「あ、どこも怪我はない? 玉、当たらなかった?」
ユウリはおどおどしながら、クリスティーヌを上から下へとマジマジ見つめ、どこか怪我はないかチェックする。
「大丈夫です。どこも怪我はしておりません」
クリスティーヌは少し恥ずかしがりながら応える。
「よかったー」
安堵し肩をなで下ろすが、なぜ無事なのかが分からない。首を傾げているユウリにクリスティーヌが頭を下げる。
「ユウリ様、守ってくれてありがとうございます」
「え? 僕?」
「はい。ユウリ様が守ってくださいました」
ユウリは戸惑う。まったく覚えてないのだ。
「ごめん、まったく覚えてないんだ……」
だがクリスティーヌは首を振り微笑む。
「でも助けてくれたのはユウリ様です」
「クリスティーヌさん……」
どうやって自分がクリスティーヌを助けたのか分からない。だが今はそんなことはどうでもよかった。目の前の笑顔があるのだから。とても綺麗だと思った。そしていつまでも見ていたいと思った。
「僕は最初諦めたんだ。もうここで死ぬんだって。でもクリスティーヌさんが僕の前に現れた時、死にたくないと思った。クリスティーヌさんを失いたくないって思った。もっとクリスティーヌさんといたいと思った。もっとクリスティーヌさんと色々なことを分かち合いたいと思ったんだ」
「ユウリ様……」
「ずっとクリスティーヌさんと、君と一緒にいたいって、守られるんじゃなくて、僕が君を守りたいと思ったんだ。君と生きたいと思ったんだ」
「!」
「初めてなんだ。こんな気持ちになったのは」
そしてユウリは笑顔を見せる。
「無事でいてくれてよかった。もしクリスティーヌさんに何かあったら――」
そこでいきなりクリスティーヌがユウリに抱きついてきたため驚き反射的に名前を呼ぶ。
「ク、クリスティーヌさん?」
「私もです。私もユウリ様とずっと一緒にいたいです! 愛してます!」
「!」
ユウリはクリスティーヌをそっと抱きしめる。
「ありがとう。こんな僕のことを好きになってくれて」
そして心から言う。
「無事でよかった」
2人の様子を少し離れた場所からディークとブルーノは眺めていた。
「今は近づけないですね」
ブルーノが微笑みながら言う。
「そうですね。もう少し2人の世界にしてあげましょう」
ディークも頷き返す。今の2人に割って入っていくほど自分は冷淡ではない。
「それにしてもユウリ殿下のあの魔法は凄いですね。さすが殿下だ」
ブルーノが感嘆の声を上げる。
そこで先ほどのユウリの力を思い出す。
――あれがユウリ様の力か。ナギ様に匹敵する力だとは思っていたが、ここまでとは。それにあの力はなんだ?
一瞬にしてライフル魔銃と剣が消えた。だが自分やブルーノの剣はそのままだ。
――ユウリ様が敵と認識した物を消滅する力か。
力の量からすれば、ナギの方が上だが、力の質を見れば、ユウリの方が上をいっているかもしれない。
「ある意味、無敵だな」
やはり、ナギとユウリは性格は違えど、環境、力などは共通するものが多いのかもしれないとディークは思う。
「でもまあ今回はよく出来たと褒めてあげましょう」
その後、無事ユウリとクリスティーヌの婚約式は行われ、正式にユウリとクリスティーヌの婚約が決まった。
モーリス達といえば、牢屋に入れられ、迎えに来たジスカール伯爵に引き渡された。ディークの提案で、多額の賠償金と2度とクリスティーヌに近づかないこと、そしてジスカール伯爵家は生涯ユウリに忠誠を誓うことを条件にモーリスをおとがめ無しとする誓約を交わさせたのだ。
「これでジスカール伯爵のモーリス殿の監視の目も厳しくなり、外に出ることはないでしょうから、今回のようなことは2度と起こらないでしょうね」
「そうなんだ。よかった」
「まあ次問題を起こしたら、どうなるかは分かっているでしょうから」
次は、身分と命の保証はないだろう。
「マーティス様もユウリ様の婚約を大いに喜んでおられましたね」
「うん。マーティス兄上がとても喜んでくれたのは以外だったな」
マーティスは涙を流して喜んでくれたのだ。
「元々マーティス様は心お優しいお方ですからね。ユウリ様とも打ち解けたことが、とても嬉しかったのでしょう」
マーティスとユウリの会話を思い出しながらディークは言う。
「城に帰ってもオズワルド様には、今回のクリスティーヌ様の拉致事件のことは伏せておいてくれるということでした。よかったですね」
「うん」
もし兄のオズワルドにクリスティーヌの拉致が知られたら、何を言われるか分からないからだ。
「あの方にユウリ様の能力が知られたら絶対に良く思わないはずです。たぶんユウリ様を消そうと動くはずです」
「え? うそ!」
「本当です。あの人は少しでも危険人物だと思えば消す人ですから」
ユウリは生唾を飲む。まさか兄弟なのに、そのようなことが行われているとは思わなかった。
「ですが、マーティス様が黙っていてくれるのであれば大丈夫でしょう」
「よかったー。マーティス兄上がいい人で」
ユウリは安堵し、椅子の背もたれに力が抜けたようにもたれる。ディークはお茶を出しながら微笑む。
「今回はお疲れ様でした。今日はゆっくりお休みください。また明日から貯まった仕事をしてもらわなくてはいけませんから」
「え? もう明日から? 明後日とかにしてくれないかなー」
するとディークから笑顔が消える。
「何を甘っちょろいことを言っているのですか。本当は今からでも仕事をしてほしいくらいです」
「え、そ、それはちょっと……遠慮しときます」
今から仕事をさせられたら、たまったものではない。
「では、明日からよろしくお願いします」
「わ、わかりました……」
涙目になるユウリを見ながら少し機嫌を直して微笑むディークだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます