第72話 婚約式④
「邪魔しないでもらえるかなー」
さも不愉快だという顔を向けて言うモーリスは、どうみても我が儘なお坊ちゃまと言った感じの者だ。
ユウリは緊張しながらモーリスへと叫ぶ。
「こんなことしていいと思っているのですか?」
「はあ?」
案の定、モーリスは何を言い出すんだという顔を向ける。だがそのような蔑ませた顔は昔からよくされてきたから気にしず、キッと睨み言う。
「クリスティーヌさんは僕の婚約者だ。ジュランシア王国亡き国王アルティール国王の第三王子であり、ツイランの領主でもある、このユウリア・リュウゼン・アルティールの婚約者と分かっての犯行か!」
これはナギが昔、ナギの命を狙ってきた輩に言った言葉を真似ただけだ。
キッと睨んでいるが、内心は心臓バクバクで、サクラに泣きついていた時のように表立って怖がりたいのが本音だ。だが、後ろで怯えているクリスティーヌを思うと、そんな情けない姿は見せたくないし見られたくない。こんな自分にも男の矜持というものがあるようだと改めて気付く。
「だ、大丈夫です。僕の後ろにいてください」
声が上擦りながら言う。
――ああ、サクラちゃんもこんな感じだったのかなー。ほんとサクラちゃんって凄い。
今はいないサクラを思いながら、泣きそうになるのを抑え、モーリスを睨んでさらに言う。
「これは王への謀反とみてよろしいですか。こんなことしてお父上のジスカール伯爵もただではすまされませんよ」
その言葉にひるんだのは従者達だ。ユウリの言っていることは正しい。王族に対して謀反を起こせば、ジスカール伯爵の爵位は剥奪され家族もただではすまない。
「このことはジスカール伯爵も了承済みとみてよろしいですね」
「父上は関係ないじゃないか! どれだけ僕が訴えても父上は聞き入れてくれなかったんだ! 僕がどれだけクリスティーヌを愛しているのか分かってないんだ! 婚約してるから駄目だって? 何年も放ったらかしだったやつのどこが婚約者だ! そんなやつよりもずっと思ってアプローチしている僕の方がクリスティーヌを幸せに出来るに決まっているんだ!」
確かにモーリスの言うことも一理ある。何年もクリスティーヌのことを放置していたのは事実だ。だがナギは戦争真っ最中だったのだから仕方ない。だが戦争が終わって2年も連絡もせずに放置していたのは、どうみてもナギ側が悪いのは確かだ。
「確かに今までクリスティーヌさんのことを放置していたのは僕の責任です」
「ユウリ殿下! それは違います!」
クリスティーヌが声をあげ否定する。だがユウリは手をあげ制する。
「いいんだ。それは本当に申し訳なかったと思っているので」
ユウリはクリスティーヌに笑顔を見せると、またモーリスへと視線を戻す。
「だけど、クリスティーヌさんを勝手に拉致し監禁するのは良くないことだ。それも従者の人達を巻き込んで、家族に迷惑がかかることも考えずにするのは間違ってます」
「うるさい! 従者が僕の言うことを聞くのは当たり前じゃないか! 何バカなことを言っているんだ! それに拉致もしてないし監禁もしてない! 僕はクリスティーヌを迎えに来て、あの場所で休憩していただけだ!」
それを聞いていたユウリとクリスティーヌ、そしてモーリスの従者の者を倒してやってきたディークとブルーノは、耳を疑うように顔を歪ませる。
「どうなったらあのような解釈になるのでしょう」
ディークが代表するように呟く。ほんとにその通りだと、ユウリもモーリスの従者さえも皆思ったことは、モーリスは知る由もない。
「なにを訳のわからないことを言ってるのですか! あなたがしたことはれっきとした犯罪です!」
ブルーノは怒りを露わにして叫ぶ。
「うるさい! うるさい! うるさい! 従者の分際で俺に物言いするんじゃない!」
モーリスは癇癪を起こした子供のように地団駄を踏み叫ぶ。
「お前達、何をしている! 早くクリスティーヌを奪うんだ!」
「しかしモーリス様……」
「ええい! いいから僕の言うことを聞け!」
モーリスの従者は仕方なくユウリ達へとライフル銃を向ける。
「!」
――ライフル魔銃だと!
ディークとブルーノは目を見開く。ライフル魔銃は元々は魔獣に使用するライフル魔銃だ。そのため狙った獲物には必ず当たるという殺傷能力が強いため、人間には使用を禁止している銃であり、戦争がなくなったこのご時世では使用は御法度になってた。そのためすべて国は1年前に回収したはずだった。
「隠し持っていたのか」
ディークはぎっと奥歯を噛みしめる。
――これはやばい状況だ。
今ユウリとクリスティーヌは、モーリス達を挟んだディークとブルーノとは反対側にいる。そしてすべての銃口はユウリとクリスティーヌへと向けられているのだ。どんなに急いで動いても銃の速さには勝てない。もしこれがナギならば瞬間移動で対処出来るが、ユウリは戦ったこともない未経験者だ。
――どうにかしなければ!
だがこの状況ではまったく打開策が浮かばない。ユウリとクリスティーヌの死亡フラグが立つ。だからと言ってこのまま見ているだけはいかない。ナギと約束したのだ。ユウリの世話をすると!
「モーリス様、そのライフル魔銃は使用が禁じていることをご存じですよね。それも人間に向けて撃ってはいけないことも」
ディークは冷静を装いながらモーリスを刺激しない程度に静かな口調で言う。
「ああ、知っているさ」
「ではこのようなことをしていいはずがないことぐらいは、分かっていらっしゃいますよね」
「ふん。もうここまで来て何を言う。まずユウリ殿下に銃を向けた時点で私は反逆者だ。今更ライフル魔銃を向けたぐらいで何も変わらん」
モーリスは開き直り、まったく悪気もなく言う。
「いや、お嬢様を拉致した時点で反逆者だろ」
ギッと歯噛みしながら、もう限界だと飛び出して行こうとするブルーノの肩を押さえ、ディークは今は駄目だと目で合図し、モーリスへと視線を向けて言う。
「あなたはクリスティーヌ嬢を欲していたのではないのですか? それではクリスティーヌ嬢にも銃弾が当たりますよ」
――どうにか銃を撃たせないようにしなければ。このままでは2人とも即死だ。
「銃を下ろさせてください」
「くっ!」
モーリスは眉根を潜める。少しは迷いがあるようだとディークは見て感じた。そりゃそうだろう。好きな女性に銃口を向けているのだ。拉致までして欲しかった女性だ。殺そうとまで思っていないはずだ。
――ただ一時の感情でこうなっただけだろう。モーリス様もそこまでバカではないはずだ。宥めて説得すればどうにかなるはずだ。
「モーリス様、銃を下ろしてください。ここで銃を下ろしていただければ、一時の迷いでこうなっただけなのだとユウリ様も分かってくれると思います」
そう言ってユウリを見て、そうだと同意しろと目で合図を送る。ユウリもすぐ気づき、
「う、うん。そうそう」
と言いながら大きく頷く。上に立つ者として、まったく出来ていない突っ込みどころ満載のユウリの反応に、今すぐにでも注意したいところだが、今はその感情をぐっと抑える。
――このような非常事態の対処法を教えていなかった自分が悪い。
するとモーリスが叫んだ。
「そんなの嘘だ! もう後戻りはできない! どうせ僕は牢屋行きだ! ならばクリスティーヌも道連れにしてやる!」
「え?」
ディークは予想だにしなかったモーリスの言動に一瞬思考が付いていけずフリーズする。隣りにいるブルーノもそうだ。だがすぐに理解する。
――ああ、この男、バカだった。
「撃てー!」
「!」
その瞬間、一斉にユーリとクリスティーヌに銃弾が放たれた。
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