第70話 婚約式②
「殿下、大変です! クリスティーヌ嬢が何者かに拉致されました!」
「!」
ユウリとディークは急いで城の入り口へと下りる。そこにはクリスティーヌの護衛のブルーノが馬を走らせてやって来ていた。聞けば、ツイラン領に入ってすぐに襲われたらしい。
「賊か?」
ディークが訊ねると、ブルーノは首を振る。
「いえ。それがジスカール伯爵の次男のモーリス氏とその一行です」
「は?」
ディークは柄にもなく素っ頓狂な声をあげる。それほどあり得ないことだったのだ。
ジスカール伯爵と言えば、クリスティーヌがいる領地でも1位、2位を争う貴族だ。その次男なのだ。
「なぜジスカール伯爵のモーリス殿がそのようなことを」
ディークにも理解不能なことが起こり困惑する。ユウリといえば、まったく意味が分からずに立ち尽くす。
「申し訳ございません。ユウリ殿下にはお伝えしていなかったことがございまして」
ブルーノは深々と頭を下げる。そんなブルーノにディークは言う。
「説明してもらいましょうか」
「はい。実は、クリスティーヌ様はここ2年前からずっとモーリス様から熱烈なアプローチを受けておりまして」
「え?」
「ですが、クリスティーヌ様はユウリ殿下と婚約されていましたので、ずっとお断りしておりました」
そこまでの説明で大体の予想がつきディークはため息をつき言う。
「それなのにモーリス殿はつきまとっていたということですか?」
「はい。クリスティーヌ様のお相手がユウリ殿下ということは公にはしていなかったので、最初はモーリス様は自分の方が位が上だと思っておりまして……」
ディークは呆れ、ユウリはそこで理解する。
「何度もモーリス様はクリスティーヌ様に婚約破棄をしろと要求してきていたのですが、クリスティーヌ様は断固としてそれを受け入れませんでした。ですが徐々にアプローチが酷くなり、脅してくる始末。もうどうしようも出来ないということで、それで先日こちらに……」
そこでディークは、婚約してからここ何年も何も言ってこなかったクリスティーヌ側が、急遽ここにきて話を進めようとした理由が分かった。
「だから急にこちらにお見えになったのですね?」
「はい。婚約を決めた時はユウリ様本人が不在でしたため……」
そこでブルーノは口を濁す。要は、ナギ本人の了承を得ずに口約束の婚約をし、戦争の間も手紙すら一通もなく、終戦した後も待てど暮らせど連絡がない状態だったため、確認と確証をもらいたくてやって来たということのようだ。
――まあナギ様はまったくその気がなかったからな。
ディークはこの地に来た時に、一度でもいいからクリスティーヌに連絡を入れろと伝えたが、まったくその気がないナギは、手紙を書くことも連絡を入れることもしなかった。ディークもクリスティーヌ側が何も言ってこないことをいいことに、そのまま放置していたのだ。
「申し訳ございませんでした。仕事が忙しいという口実に甘え、連絡を入れなかったこちら側の責任です」
ディークはユウリの脇を突つき、すぐ頭を下げ謝れと目で合図し頭を下げる。ユウリもすぐ意味を理解し頭を下げ謝った。
「本当にすみません」
「殿下、頭を上げてください。これはこちらの問題でございますので殿下は悪くありません」
「いや、どう見ても(ナギが)悪いでしょ」
ナギを思いながらユウリは言う。その横でディークも頷いている。
「ユウリ、何があった?」
声がした方を見れば、兄のマーティスだ。騒ぎを聞きつけやって来たようだ。
「マーティス殿下、実は――」
ディークはすぐにマーティスに説明する。
「それは大変ではないか! 今どのような状況なんだい?」
「今、私どもの護衛の者が追っております。すぐに連絡が来ると」
そう応えたのは、ブルーノだ。
すると、1匹の鳥が舞い込んできた。ブルーノは右手の手のひらを鳥へと出す。すると、鳥が紙へと変化した。クリスティーヌの行方を追っていた従者の2人からの魔法の伝書鳩だ。ユウリも何度か見たことがある。この世界の連絡手段だ。
「見失っただと……」
ブルーノは手紙を見て呟く。
「詳しく事の成り行きを説明してもらっていいかな」
「はい」
マーティスがブルーノへと言うと、頷き話す。
クリスティーヌを乗せた馬車がツイラン領に入ってしばらくして、モーリスと10数人の家臣が場所を取り囲み、ブルーノ達護衛を襲ってきたらしい。クリスティーヌは護衛の者を4人しか連れていなかったが、強さはこちらが有利だったため、このまま勝利すると思っていた。だが敵は勝てないと分かると、しびれ薬入りの細粒弾をまき散らし、ブルーノ達をその場に足止めし、その間にクリスティーヌを連れ去られてしまったということだった。幸いこちら側の負傷者は出なかったということだった。
「もうツイランから出ているかもな。ディーク、関所への確認を」
「すぐに手配します」
ディークは手の平を目の前に出す。すると一羽の鷹が現れた。急ぎの時の伝書鷹だ。するとそのまま城の外へと勢いよく飛び立って行った。
「相手がモーリス氏ということならば、クリスティーヌ嬢に危険が及ぶことはないだろう」
「はい」
マーティスはユウリへ視線を向ける。
「ユウリ、すまない。私は手伝ってあげられない」
マーティスは、最小限の護衛しか連れてきていないため、マーティスの護衛の者を貸すことが出来ないという意味だ。
「大丈夫です。ありがとうございます。僕達でどうにかします」
「うむ。健闘を祈っている」
「はい。では準備がございますので失礼します」
ユウリとディークは頭を下げ、ブルーノを連れて執務室へと向かった。
ほどなくして、クリスティーヌが乗っていた本人不在の馬車と侍女のカミラがやって来た。カミラは動揺が隠せずに体を小刻みに震えさせていたが、ブルーノに背中をさすられ、少し落ち着きを取り戻すと、ユウリの前に出て土下座し謝る。
「ユウリ殿下、大変申し訳ございませんでしたー」
ユウリは最初驚いたが、カミラの前に跪き言う。
「カミラさん、頭を上げて。謝らなくていいです。あなたが悪かったわけじゃないです」
「ユウリ殿下……」
顔をあげてユウリを見あげたカミラの目に涙があふれ出る。
「お嬢様は大丈夫でしょうか。あーもっと私がちゃんとお守りしていればこんなことに!」
カミラはその場にまた顔を覆い泣き崩れた。どうしたらいいのかとユウリが戸惑っていると、ブルーノがやってきてカミラの両肩を後ろから掴むと叱咤し立たせる。
「カミラ、ユウリ殿下の前だぞ。みっともない格好をさらけ出すのではない」
「も、申し訳ございません……」
「お前がしっかりしなくてどうする」
「はい。そうでした」
カミラは涙を拭うと、すぐに気持ちを入れ替え毅然とした態度に戻る。
「まず連絡を待ちましょう。どうするかはそれからです」
ディークが言い、連絡を待つことになった。
その後すぐに伝書鷹が戻って来た。結果、2カ所ある関所は通った形跡がないということだった。
「お嬢様……」
カミラは胸に手をあて崩れそうになる体をどうにかその場で踏ん張る。
「まだツイランにいるということかな」
ユウリが訊ねると、ディークが応える。
「それはわかりません。ですが、ここは3000メートル級の山々に囲まれた場所です。関所以外にツイランを出る道は相当険しい道しかありません。今は雪も積もっております。そのような険しい道を行くとは考えにくいです」
「ではまだツイランにいると?」
ブルーノの質問にディークは頷く。
「ええ。まだどこかに隠れている可能性が高いですね。ですが、見つけるのは容易ではない。ツイランはけっこう広いですから。だが時間がかかると厄介です」
「? どうして?」
ユウリは訊く。
「モーリス氏ほどの者ならば、知り合いの貴族に手伝ってもらえば容易にツイランを出ることは出来ます」
位の高い貴族となると、関所ではあまり荷物や人物の確認はされないのが現状だ。通達がでているため、モーリスは関所を通ることは出来ないが、その他の貴族ならば通ることは可能なのだ。
「こうなることは予想していたはずです。ですと、仲間の貴族の方に連絡を入れている可能性が高い。だとするとそう時間はありません」
「ではやはり、心当たりの場所を探すしかないということですな」
そう言って出て行こうとするブルーノをディークが止める。
「待ってください。闇雲に探しても意味がありません」
「ですが! それしかクリスティーヌ様を見つけることは出来ないではないですか!」
ブルーノは焦りのあまり、勢いで立場もわきまえずに位が上のディークに言い放つ。だがディークはそのことは気にせず、気が立っているブルーノを落ち着かせるように言う。
「少し落ち着きなさい。焦る気持ちは分かりますが、やはりどこを探すかを決めた方がいいです」
「そんな悠長なことを言ってられません! その間にお嬢様、クリスティーヌ様にもしものことがあったら!」
するとそれまで黙っていたユウリが口を開く。
「ブルーノさん、ちょっと待ってもらえるかな。僕が見つけるから」
「え?」
3人は怪訝な顔をユウリに向ける。だがユウリはおかまいなしに出窓へ行くと窓を開ける。
「ユウリ様? 何を?」
ディークの質問にユウリは笑顔を見せるだけだ。そこでディークはユウリの特殊能力『探索』を使うのだと理解した。
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