第六章
第69話 婚約式①
【魔法世界】
ユウリは朝から落ち着きがない。部屋をうろうろしては、はあと溜息をつき、そしてまたうろうろと歩き回っている。それをディークは見て溜息をつく。
「ユウリ様、いい加減落ち着いたらどうですか?」
明日はとうとうクリスティーヌとの正式な婚約式の日。そのため王都から二番目の兄が見届け人として出席することになっていて、今日やってくることになっていた。
「いや、だってマーティスさんが来るじゃないか」
「マーティス兄上です。ナギ様はマーティス様をマーティス兄上と呼んでおりました。ユウリ様もそのようにお呼びしてください」
「あ、はい。気をつけます」と謝ってから、
「だからー、もうすぐマーティス兄上が来るんだー。落ち着いていられるわけないじゃないかー。僕は初めてなんだから」
と少しキレ気味にうろうろしながらユウリは応える。
「大丈夫です。ナギ様の記憶を辿ったんですよね?」
「うん。でも心配だー」
頭を抱えるユウリにディークは呆れぎみに微笑む。
「マーティス様は三兄弟の中で一番温厚なお方です。長男のオスワルド様でしたら、性格がきついですから警戒は必要でしたでしょうが、マーティス様でしたら大丈夫でしょう」
確かにナギの記憶からしてマーティスはとても穏やかで少し気が弱い印象だ。兄のオスワルドはナギを敵視していた感があったが、マーティスは反対にナギを怖がっていた印象だ。
「どちらかというと、ユウリ様に似た感じですので」
とディークは付け加える。
「そう言われても緊張するのはしょうがないよ」
すると従者の者がマーティスの到着を知らせに来た。ユウリはなぜか背筋を伸ばし口をへの字にしその場に固まる。そんなユウリを見てディークは苦笑するのだった。
その後ユウリはディークに促され、マーティスを玄関まで出迎えに行く。
「やあユウリ、ひさしぶりだね」
馬車を降りてきたマーティスは、ユウリを見るなり笑顔で声をかけてきた。その姿は、ナギの5年前の記憶よりも随分と大人になった印象だ。歳はナギより4つ上の26歳だ。れっきとした大人の男性になっているのは当たり前だ。
「お久しぶりですマーティス兄上。お元気そうでなによりです」
がんばって平然を装い笑顔で挨拶する。だが内心は心臓バクバクだ。すると少し驚いた顔をマーティスは見せる。そんなマーティスにユウリは首を傾げて訊ねる。
「どうかされましたか?」
「いや。思っていた印象と違ったから。それに僕の印象だともっとぶっきら棒のイメージだったからね。そりゃそうだよな。5年も経てば変わるよな」
いや、5年前とは別人だからと、ユウリとディークは思ったのは言うまでもない。
ディークも頭を下げ挨拶をする。
「お久しぶりでございますマーティス殿下」
「ディークも元気そうでなにより」
「今日は遠い所ありがとうございます」
「いや。弟の大事な日だからね。それにこういうことがなければ来ることがないだろうから」
確かにこんな辺鄙な場所に理由もなく来ることはまずないだろう。
「お疲れではないですか?」
「大丈夫だ。久しぶりにユウリに会ったんだ。積もる話もしたいしね」
するとディークがユウリに小声で言う。
「ユウリ様、まずマーティス殿下を中へご案内くださいませ。このままでは失礼でございます」
「あ、そうか。兄上、こちらにどうぞ」
「もしかしたらこのまま入れてもらえないのかと思ったよ」
マーティスは苦笑する。
「す、すみません」
ユウリは慌てて謝るとすぐに中へと促す。そして貴賓室へと案内する。
その後どうにか場は和み、お互いの近況報告をし、食事も和やかに行われ無事その日は終わった。
「ねえディーク、どうだった? 変じゃなかったかな?」
マーティスと別れてからユウリは執務室に移動しソファにもたれ、お茶をいれてくれているディークに訊ねる。
「上出来でしたよ。マーティス様もですが、オズワルド様もナギ様とはほとんど話すことはございませんでしたからね。お二人とも小さい時の記憶しかないですからね。何も疑ってはいませんでしたから大丈夫です」
確かにナギの記憶を辿っても、兄2人と話している記憶は小さい時しかない。マーティスは5年前と言ったが、戦争で出陣する時に軽く挨拶をしただけだ。
「それにナギ様はあえて2人を避けていましたからね」
「そうなんだ」
「ええ。2人と関わると良からぬ問題が起こることは予想出来ましたから」
ディークの説明では、王位継承の件で兄弟の溝は深まったようだ。
「終戦してから王位継承の話が本格的になり、軍に出費していた貴族達は皆、ナギ様を王位に付けようとし、兄のオズワルド殿下を王位にとする貴族との対立が本格化してきたため、早々にナギ様は王位継承を放棄され、こちらツイラン領へと移られたので、戦争が始まってから今日までお兄様お2人とはナギ様は話すことも会うこともありませんでしたから」
「だからマーティス兄上は、まったく疑わなかったんだね」
「はい。ですからこのまま行けば大丈夫です」
ディークは笑顔を見せた。
夜早速ユウリは、ナギに報告をした。
『そうか、マーティス兄上と打ち解けてよかったな』
「うん。マーティス兄上が言うには、戦争から帰ってきたナギは、近寄りがたい雰囲気だったらしいよ」
『まあそうだろうな。マーティス兄上は敏感にその場を読む力があるからな。俺の鋭利な魔力を肌で感じていたんだろう。その点お前は角がない穏やかな感じに思ったのかもしれん』
「たしかにマーティス兄上もそんなこと言ってたなー。今は話しやすくなったって」
ユウリはマーティスとの会話を思い出す。
「見た目もあるのかもしれない。昔はもっと目がきつかったイメージだったが、今はまったくそう感じない。戦争が終ったからかな」
そう言いながら笑っていたマーティス。それは別人だからですよとユウリとディークは心の中で突っ込んでいたのだが。
「マーティス兄上の話を聞いて、ナギを見たくなっちゃったよ」
『は?』
「ディークから、ナギの顔は、黒髪で切れ長のきつめの目で整った顔をしているって聞いていたからさー。すごく見てみたいじゃないか」
『別に見なくていい』
「えええ! ナギは写真嫌いだったから写真が一枚もないじゃないかー。ナギは僕の顔をアルバムで見ることが出来るけど、僕はナギの顔を見れないんだよ! なんか卑怯じゃないか」
ユウリは口を尖らして言う。ディークに訊いてもナギの写真は一枚もないのだ。小さい頃のものは城にあるらしいが、今は見ることが出来ないのだ。
『しょうがないだろ。俺は写真が嫌いなんだよ』
「じゃあこれ、声だけじゃなくて、映像も見れるようにしてよ」
『できるか。時空が違うんだ。声だけでもありがたく思え』
「ちぇっ! 見てみたかったなー、ナギの顔」
『残念だったな』
ナギは勝ち誇ったように笑顔で言うと話を戻す。
『明日クリスティーヌ嬢は来るのか?』
「あ、うん。朝一番に来ることになってる」
『そうか。まあがんばれ』
「うん。ありがとう」
だが次の日の朝、事件が起った。
「殿下、大変です! クリスティーヌ嬢が何者かに拉致されました!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます