第67話 河辺の陰謀⑤
サクラと河辺は、今目の前にいる大きな蛙の妖獣を見て足を竦める。
気付いた時には、3匹の蛙の妖獣に囲まれていたのだ。
「なんでレベルが高い妖獣がいるの?」
サクラはどうしてもこの状況が納得いかない。まずこの付近には小さな妖獣しかいないはずなのだ。だが今目の前にいるのは、どうみてもレベル4以上だ。
「河辺君、これはやばいよ。逃げよう」
サクラは河辺の服を引っ張り言う。だが河辺はそれには応えず、サーベルに何か液をかけている。何をしているのか分からずサクラは眉根を寄せる。
「? 河辺君?」
――これでこいつは弱くなり倒せるはずだ。
今サーベルにかけた液体は、橋田からもらった妖魔を弱くする小瓶の液体だ。
「サクラさん、ここは僕がするから下がってて」
「大丈夫なの?」
河辺は実践経験がないことはサクラも知っている。小さい幼獣なら分かるが、目の前にいるのはレベル4以上だ。実戦経験がない河辺には厳しいはずだ。
「大丈夫だから、下がってて」
笑顔で言われたら、従うしかない。仕方なくサクラは一歩下がる。だが不安は消えない。一応自分も後方から支援出来るようにする。
河辺は走って間合いを詰めるとサーベルで蛙の妖獣に斬りつける。だがまったくダメージを受けている感じがない。
――あれ? どういうことだ?
すると蛙の妖獣は前脚で河辺を横に殴りつけた。
「!」
河辺は勢いよく横に飛ばされる。
「河辺君!」
サクラはすぐに駆け寄り抱き起こす。
「大丈夫?」
「う、うん」
――あー、サクラさんが抱き起こしてくれているー。
場違いにも嬉しく思うが、それより全身が痛い。
――お、おかしい。ぜんぜん弱くなってないじゃないか。
すると蛙の妖獣はサクラ達を囲むように寄ってきた。
――ど、どうしよう。これはやばいんじゃないのか!
河辺は体を起こす。だが恐怖で足が動かない。
「河辺君、走れる?」
「え?」
「逃げるよ」
「ご、ごめん、サクラさんだけ逃げて。こ、腰が抜けちゃって」
「え!」
サクラは河辺とユウリがダブる。
「わかった!」
サクラは立ち上がると、河辺の前に立ち小刀を持ち蛙の妖獣へと立ち塞がる。
「サクラさん?」
「私が守る」
「ダメだって。逃げて」
「河辺君だけ置いて逃げれるわけないでしょ!」
サクラは怒ったように叫ぶ。だがその体は小刻みに震える。ルプラの時のことが蘇ったためだ。
――やばい。怖い。でも震えるな!
サクラは自分に言い聞かせる。体は正直だ。自分の力では勝てないのが分かっているのだ。だがどうしても河辺だけを置いて逃げることは出来なかった。
――今1人で逃げたら後悔する。
サクラはギッと睨む。
「こうなったら当たってくだけろよ!」
そう叫び、走り出したところを腕を引っ張られる。
「!」
すごい力で後ろに引っ張られたため体が傾く、だが倒れることはなく背中は誰かに当たり止まった。
「当たってくだけんでいい」
「え?」
見あげればナギだ。
「ほんと、こんなやつ置いてさっさと逃げなよ」
もう1人の声の主を探して横を見ればソラだ。
「ナギ? ソラ?」
河辺も2人を見て驚く。だがナギもソラも河辺を見ることはなく、蛙の妖獣を見る。
「どっちがやる?」
ソラが軽いノリでナギへと言うと、ナギは悪戯な顔を見せる。
「これはソラが駆除する場所だろ?」
「やっぱりそうなる?」
ソラもさも楽しそうに言う。
「1匹ぐらい手伝ってやるぞ?」
「いや。大丈夫。ナギはこの場所が外にばれないように結界と、サクラ《だけ》を守っておいて」
「わかった。任せろ」
その会話を聞いていた河辺は眼を細める。
――僕は? これは三條の仕返しだよな。
するとソラが河辺を射貫くように一瞥し呟く。
「ほんと、余計なことをしてくれる」
「!」
河辺はソラの殺気を帯びた視線に背筋が凍る思いをし硬直した。
ナギが結界を張ると、ソラの双眸が銀色に光る。すると3匹の蛙の妖獣の足元から青い炎が立ち昇り、一気に焼き尽くした。
「一瞬かよ。やるじゃないか。ソラ」
「どうも」
ソラは笑顔を見せる。
「ナギ、サクラと先に行っててくれ。俺は河辺と話がある」
「わかった」
「ちょっ、ちょっとソラ? 私も残るよ」
サクラがソラ達の所へ行こうとするのをナギが腕を掴んで止める。
「サクラ、男同士がいいんだよソラは。行くぞ」
「え? でも」
ナギはサクラの腕を持ち強引にその場から離れて行った。
ナギとサクラの姿が見えなくなってから、ソラは腰が抜けて座り込んでいる河辺の前にヤンキー座りをし目を眇めてみる。
「やあ河辺。説明してもらおうか」
「な、なんの話だよ!」
「しらばっくれるわけ? 俺を職員室に向かわせ足止めし、サクラと二人きりになっていいところを見せようと妖獣を変な虫を使って凶暴にしたこと」
――なぜそこまで知っている! ってか、そこまで知ってるなら僕の説明いらないんじゃ!
そう思いながら河辺は冷や汗をかきながら口をあわあわさせる。そんな河辺の心を読みソラは嘆息する。
――ったく、心の声ダダ漏れじゃないか。ろくに強くないのに見栄と欲望の塊のクズ野郎が。
ソラは河辺の胸ぐらを掴み圧のある声音で言う。
「お前、サクラに気があるからってやっていいことと悪いことがあるのが分からないのか」
「い、いや、それは……」
「もし俺らがこなかったらどうなっていたか分かっているのか!」
「うっ!」
ソラの言う通りだと河辺は下を向く。
「でもあの薬を塗れば……」
「騙されたんだよ、お前は」
「え?」
河辺は顔を上げてソラを見る。
「お前に近寄ってきた奴はここの生徒じゃない」
「!」
「あいつはガーゼラ国の工作員だ」
「え? な、なんで工作員が……」
サクラの一連を知らない河辺は意味が分からず目を見開く。
――やはりこいつは何も知らない。ただ利用されただけか。
ソラは河辺の胸ぐらをさらにきつく掴む。河辺はあまりの締め付けで苦しくなり顔を歪ませる。だがソラはお構いなしに睨み言う。
「ほんと、この場でお前をボコボコにしてやりたいよ」
「そ、そんな……」
ソラの殺意ある殺気に河辺は顔を真っ青にする。
「工作員に利用されたとしてもだ。やっていいことと悪いことがある事ぐらいの分別はついたはずだ」
「そ、それは……」
「もしあのまま俺達が来ずにサクラがやられていたらどうしたんだ!」
「うっ……」
「お前の浅はかなくだらない欲望でサクラの命がなくなるところだったんだぞ!」
「!」
「お前はその重大さをわかっていないんだよ!」
今まで見たことがないソラの今にも殺す勢いの妖力をはらんだ激昂に、河辺はただ怯えるだけで言葉を発することが出来なかった。そんな河辺にソラは、怒りを抑えるように嘆息する。
「今回のことはナギに感謝しろ。見逃してやる」
「……」
「だが、今度サクラを危ない目に遭わせてみろ。俺がお前を殺す」
「!」
「そして安易にサクラに近づくな。わかったな」
河辺はただ首を小刻みに縦に振るだけだった。そこでソラは河辺から手を離すと立ち上がり、その場を後にした。残された河辺は腰を抜かしその場にへたり込み、長い時間その場から動くことが出来なかったのだった。
ナギとサクラは、校舎の玄関でソラを待つことにし、設置してあるベンチに座って待つ。サクラとナギは話すわけではなく、ただ黙って座っていた。
――嫌なこと思いだしたな……。
さっきの蛙の妖獣を前にした時、ルプラを思い出してしまい足が竦んだ。もう大丈夫だと思っていたのに、あの時の恐怖が過ったのだ。あの時は気合いで恐怖をかき消したが、今になって恐怖がぶり返す。
すると横に黙って座っていたナギが声をかけてきた。
「大丈夫か?」
「え?」
ナギを見れば、心配そうに見るナギと目があった。サクラはふっと笑う。
「うん。大丈――」
「嘘つけ!」
かぶせるようにナギがサクラに言う。見ればとても不機嫌な顔だ。
「ぜんぜん大丈夫じゃないだろ。今も体が少し震えている」
「……」
「ルプラのことを思い出したというところか」
「!」
サクラは目を見開く。
「まあそれが普通の人間として当たり前の反応だ。人間は恐怖を体験すると、その時のことをふとした拍子に思い出す。それが同じ環境であればだ」
「――」
「だがそれは誰しもあることだ。お前だけじゃない。俺でもある」
「え?」
意外だという反応を見せるサクラにナギは笑顔を見せる。
「だから隠さなくていい」
「ナギ……」
「前も言っただろ。怖かったなら怖かったと言え。今いるのは俺だけだ。我慢しなくていい」
サクラはナギから視線を外すと俯き、拳をギュッと膝の上で結ぶ。その拳に涙がボタボタ落ちる。
「怖かった……」
「ああ」
「助けてくれてありがと……」
「ああ」
ナギはそんなサクラの頭に手をそっと置いて言う。
「無事でよかった」
その様子を見ていたソラは笑顔を見せた。
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