第63話 河辺の陰謀①



 河辺は電気も付けずに自分の部屋でパソコンの画面にへばりつき、ブツブツ文句を言いながら凄いスピードでキーボードをたたいていた。


「くそ! 三條ソラ! あいつのせいでサクラさんとぜんぜんうまくいかないじゃないか!」


 サクラともっと仲良くなりたい、出来ればもっとスキンシップを取りたいと思っているのに、近づこうとすると、ことごとくソラに邪魔をされ思い通りにならない。特にサクラとスキンシップが取れるタイミングに限って邪魔をしてくる。それが腹が立って仕方がない。


「ほんとなんなんだ! 僕がサクラさんと付き合うのがそんなに気に入らないのかよ」


 だが、そこで冷静になり考える。


「でもサクラさんには許嫁がいるんだよなー……。それも天下の一條家」


 この前行われた合同練習で見たナギを思い出す。


「やっぱりあいつ強かったなー。さすが十家門第一位」


 そこでふと思う。天下の一條家からしたら9位の九條家は格下だ。


「一條家なんだからもっと上の方の女性と結婚すればいいじゃないか。別にサクラさんじゃなくてもいいはずだ。ならばサクラさんと別れさせればいいことだ」


 河辺はいいことを思いついたと浮かれる。だがすぐに問題に気付く。


「どうやって別れさせるかだよな……」


 許嫁ということは親同士が決めたことだ。そうなると河辺1人で簡単に解消できるものではない。残る方法は2人のどちらかが嫌いになって自然と別れてもらうしかない。


「でもどうやって嫌いにさせる?」


 2人は幼なじみと聞いている。学校の登下校も2人一緒だ。ならば、仲はけっこう良いということだ。そんな2人を別れさせることが出来るだろうか。色々考えるが良い案がまったく浮かばない。

 そこである問題に気付く。河辺はナギのことをほとんど知らないのだ。色々な噂はあるが当てにならない。現に噂とはまったく違うのだ。


「よし! まず一條ナギがどんなやつなのか調べよう」




 それから1週間後。


 授業が終わり、校門に向かう途中、ナギは後ろを気にする。


 ――またあいつか。


 視線を感じると、いつも1人の男がいた。最初、敵国ガーゼラ国の人間かと思ったが、気配を消すこともせず存在感ありありのため調べてみれば、サクラと同じクラスの河辺という人物で、サクラに好意を持っていることが分った。


 あからさまに分る行動にどうしたものかと思っていたが、最近はなぜかナギ1人の時も物陰から見ていることが多くなってきた。まったく意味不明の行動のため、何か少しでも分かるかと思い、どんなやつかとソラに訊ねてみれば、


「陰険。陰湿。卑怯もの。ムッツリ。ひねくれ者。被害妄想者。ストーカー」


 と、嫌悪感丸出しで好意的ではない単語をつらつらと並べ始めた。それだけでソラは相当嫌いなんだと理解する。

 そして最後には河辺を警戒するように言ってきた。


「ナギ、気をつけた方がいいよ。あいつ最近やることがエスカレートしている。この前毒にやられて酔っ払ったサクラが抱きついたことが嬉しかったみたいで、サクラとの距離を縮めようとしてきているから」


 ソラの説明からしてサクラは河辺にも抱きついたことが分かり、やはり酒は飲まない方がいいとそこで再認識する。


河辺あいつがわざとサクラに抱きついてもらいたくて近づいたんだ。サクラは悪くないよ」

 

 ソラのサクラを援護する言葉に、これまた河辺のサクラへの執着が尋常ではないことが分かった。


「でも当のサクラは、河辺あいつの気持ちにまったく気付いてないし、気にしてないんだよね。だから危機感がないから危なっかしいんだ」


 だから気をつけろとソラに散々忠告された。だがソラが見ているのなら別に大丈夫なのではないかと思っているため、何か策を講じることはしていない。


 ソラの説明を聞いて、サクラが気付かないのは、まあ当然だろうとナギは思う。


 河辺がユウリと似たところがあるからだ。サクラは1人でいる者を見ると、ユウリとダブって見え、気になって声をかけているだけだ。

 チハルがいい例だ。チハルが学校見学の時に、身分から案内役の先輩の生徒に拒絶されたことがあった。その時チハルはどうしていいか分からず、ポツンと1人でいたのをサクラが見つけ、声をかけて代わりに案内したのだ。

 だからチハルもそれ以来サクラのことを慕っている。だがやはりサクラはまったくチハルの気持ちには気付いていない。サクラからしたら、全員ユウリと同じ感覚なのだ。


 ――相変わらずの世話好きだな。


 そう思いながら横を歩くサクラを見れば、珍しく視線に気付いた。


「ん? なに?」

「いや。相変わらず鈍感だなと」

「は? なにが鈍感よ!」

「全部?」

「ちょっと! 私のどこが鈍感よ!」


 そう言ってサクラはナギの腕の服を引っ張り文句を言う。すると後ろから凄い殺気を感じた。


 ――すごい殺気だな。分かりやすいやつ。


 ナギは苦笑する。するとサクラも気付いたようだ。


「?」


 後ろを振り向こうとするサクラの首を腕を回し肩を抱くようにし阻止すると、


「鈍感は鈍感だ。行くぞー」


 と言って強引に歩き出し、振り向かせないようにする。


「ちょ、ちょっと! なに?」


 いきなり肩を抱き歩き出すので、意味が分からないサクラはただ慌てる。すると殺気が一段と大きくなった。ナギはふっと鼻で笑う。


 ――面白いな。


 ばれていることに気付かない河辺はただ怒りをメラメラと沸騰させている。ナギは満足そうに笑いサクラを解放すると、「帰るぞ-」と何事もなかったように歩き出した。


「今のなに? ねえ! ナギ! 待ってよー!」


 サクラは意味不明なナギの行動に戸惑いながら後を追う。それを河辺は後ろから立ち止まってギッと睨んで見ているのだった。




 そんな観察が数日続き、河辺は帰路を歩きながらため息をつく。

 2人を別れさせる案は、すぐに暗礁に乗り上げた。


「はあ。めちゃくちゃ仲いいじゃないか」


 そして数日ナギを観察してわかったことは、 


「やはり十家門だけあり、三條と一緒でどうも近づきがたい」


 遠くから見ている分には何ともないが、少しでも近づこうとするものなら、体がビクッと反応して近づけないのだ。

 河辺は親指の爪を噛む。

 

 ――くそ! これじゃあ何も出来ない。何かいい手はないのか?


 すると後ろから声をかけられた。


「すみません、河辺先輩ですか?」

「?」


 振り向けば、1人の女子生徒がそこにいた。





 数日後。

 今日は週に1度の裏山のゴミ拾いの日だ。クラスから2人ずつ出て、学校の周りのゴミを拾うのだ。その当番がサクラとソラだった。

 サクラは清掃道具がある場所でソラを待っていると、そこに河辺がやって来た。


「サクラさん」

「あ、河辺君? どうしたの?」

「三條君から伝言」

「え?」

「先生に頼まれて急に手伝うことになったから、僕と交代してくれって」

「あ、そうなんだ。何か妖獣の討伐でも頼まれたのかなー」


 十家門で妖力が強い者は、たまに教師から学校が所有する施設の周りにいる妖獣等の討伐を手伝わされることがあるため、ソラもそうなのだろうとサクラは思った。

 サクラは河辺に清掃道具を渡す。


「じゃあ河辺君、行こうか」

「うん」


 ――よし! 作戦成功!


 河辺はほくそ笑む。


 ――ふん。三條は僕が遠ざけた。今頃は先生に捕まっているだろうよ。





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