第62話 毒蝶の症状④



「ほんとなんなんだ。あいつは!」


 河辺は文句を言う。


 河辺こと河辺アキラは、軍事学校に来る予定ではなかった。本当はプログラマーになるのが夢だったのだ。

 だが中学3年の時に、学校代表として出た自作のプログラムコンテストに優勝したのが河辺の人生を変えた。

 後日、軍から声がかかり、将来その才能を生かして働かないかと誘われたのだ。そのためなら軍事学校の学費はタダにし、将来も約束するとまで言われた。

 河辺の家の階級は高くない。下から数えたほうが早いぐらいだ。軍に入れば家の階級もぐんと上がる。その話を聞いた両親は大喜びをした。不本意ではあったが、プログラムを作る仕事に携われて、学費はタダ、将来を保障され、階級も上がると言う高条件を断る理由が見つからなかった。だからその申し入れを受け入れた。


 だが軍事学校は、自分が想像していたものとはまったく違っていた。

 分かっていたことだが、自分とは正反対の人種ばかりがいる場所だったのだ。そして皆、軍の家系が多いからか階級が高い者が多かった。ましてや普通の学校ではお目にかかることもない天下の十家門の子息も通っているときた。

 最初は芸能人を見るような、話す事もままならない遠い存在だった。だから一生話すことはないと思っていた。

 だが違った。

 サクラがなぜか話しかけてきてくれたのだ。まず女性と話したことがない河辺は戸惑い、うまく目も合わすことが出来ず、話すのもままならなかった。


「河辺君、緊張してるね。そんなに緊張しなくていいよ。別に食べたりしないから」


 サクラは笑顔でそう言った。その笑顔が今でも忘れられない。それからちょくちょくサクラとサクラの友達のスズナと話すようになり、河辺がサクラに恋に落ちるのに時間はかからなかった。

 そうなると、九條サクラのことを調べるようになる。そこであることが判明した。

 サクラには許嫁がいることを。

 それも十家門のトップ、一條家の一人息子だった。それも良い噂がまったくない出来損ないの息子というではないか。そんなやつの許嫁なんてサクラがかわいそうだと思い始め、どうにか破談できないかと考え始めた。

 だがどうすることも出来ない。出来るとしたら、ナギが1年後に軍事学校に入学してきた時だと考え色々と計画を練った。

 まずナギが入ってくるまでにサクラともっと親密な関係になろうと邪な策を色々と考え実行した。

 だがそこで大きな壁が立ちはだかったのだ。それが三條ソラだ。

 ソラは、なぜか河辺の考えが分かっているのか、ことごとく邪魔をしてくるようになった。途中でこちらの不浄な考えがばれていることに気付いた。だが証拠があるわけでもない。偶然を装ってのことばかりなのだ。こっちは毎日パソコンでシュミレーションして行動に移しているのだ。絶対にばれるはずがなかった。だがソラにはことごとく邪魔をされた。


 きのうもだ。サクラの症状が『毒蝶』により酔った状態になっていることはすぐにわかった。そしてケントに抱きついている。腹立たしいと思った。それにチャンスだと。だから心配をした振りをして近づいた。案の定サクラは自分に抱きついてきた。


 ――ラッキー! ああ、良い匂い。いつも遠くから嗅ぐサクラさんの匂いだ。


 自分の首にギュッと腕を回し抱きついてくれている。横を向けば自分の唇がサクラの耳につくほどの距離だ。そして耳元でサクラの甘えた声が聞こえる。ずっと願っていたことだ。至福のひとときだった。

 だがそれは一瞬で終わる。

 ソラがさくらを強引に自分から離れさせたのだ。


 ――なにしてくれるんだ!


 河辺はぎっとソラを睨めば、ソラと目があった。それも今まで見たことがないほどの、鋭い敵を見る眼だった。河辺は動けなくなった。獲物を捕らえた虎に睨まれた感覚だ。背筋に冷たいものが走る。このまま殺されるのではないかと思うほどの殺気が今自分に向いていた。周りにいたケント達もそれを感じたのか、ビクっと動きを止め黙っている。


 するとサクラが、


「あーソラだー。ソラー」


 と言って今度はソラに抱きついた。


 ――あー! なんでそんなやつに抱きつくんだ! サクラさんが抱きつくのば僕だったのに!


 心の中で大声で叫んだ。だがどうすることも出来ない。相手は天下の十家門の3番目の権力者の息子だ。

 調べて分かったが、軍との合同練習でレベル7以上の妖獣を倒したという。強さも半端ない。そんな相手に自分が勝てるわけがない。だから何も言わずに目をそらした。怖くてというのが本音だ。

 するとソラはサクラの腰を抱き、くっつきながら教室を出て行ったではないか


「チッ!」


 つい舌打ちが出てしまった。


 ――三條め。本当は僕があのままサクラさんを抱きしめるはずだったのに!


 憎たらしい。これほど人を憎いと思ったことがない。


 そして今もそうだ。サクラと話していたのに、またソラに邪魔されサクラを連れ去っていった。

 河辺は背を見せてるソラをギッと睨む。


「絶対に許さないからな。三條ソラ」

「……」




 感情丸出しの河辺を背中に感じ、ソラは小さく嘆息する。


 ――感情ダダ漏れだな。


 すると、


「ソラ、きのうはごめんね」


 それにはまったく気付かないサクラが後ろから声をかけてきた。


「別にいいよ。魔の驚異から守っただけだから」

「魔の驚異? なにそれ?」

「別に深い意味はないから気にしないでいいよ」

「う、うん」

「サクラは酒を飲む時はナギ以外はやめたほうがいいね」

「ナギにも言われた。お前は飲むなって……」

「あはは。相当きのうナギに迷惑かけたんだろうね」

「え!」


 サクラはその場に固まる。


「やっぱりそうかな。ナギ、今日機嫌が悪いんだよねー」

「そうなんだ。珍しいね、ナギが機嫌が悪いなんて。相当迷惑かけたんじゃないのかな」

「やっぱりそう思う?」


 サクラは不安な顔をして言う。


「ああ。ちゃんと謝った方がいいと思うよ」


 ソラは項垂れるサクラを励ますのだった。




 その頃ナギは机に突っぱねて寝ていた。そこへチハルが声をかける。


「ナギ君大丈夫? どこか悪いの?」

「いや……」


 ナギは顔を上げずに応える。


「ちょっと寝不足なだけだ」


 だがそれだけではない。朝のことを思い出して学校に来る間、サクラとほとんど目を合わすことが出来ず話すことも出来なかった。


 ――くそ。柄にもなく動揺した。


 そんなナギの態度をサクラは申し訳なさそうにしていた。悪いことをしたなと罪悪感が押し寄せる。


 ――帰ったら謝るか……。


 その日の夜、サクラにちゃんと謝ったナギだった。










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