第60話 毒蝶の症状②
その夜、ユウリから通信が来た。
「おまえ、暇なのか?」
『繋いですぐにその言葉はないんじゃないの? ナギ』
ユウリはムッとして言う。
「俺は今日はいろいろあって疲れてるんだよ」
『あ、ごめん』
「別にいい。で、今度はなんだ? 何か良いことでもあったか?」
『何で分かるの?』
「わかるさ。お前の声がすごく浮かれてるからな」
『え? マジ?』
「ああ。で、なにがあった?」
『実は今日、やっと水路が完成したんだ』
「そうか」
『うん。これで領土全体に水が行き通るようになった。少しは荒れた農地もよくなると思う』
「よくやったな」
『ありがと。でもまだこれからだね。水が通ってもだめだ。作物が育つまでにはまだまだ時間がかかるし、それまでの市民の生活も不安定だ。それには農作物だけではだめだと思うんだ。やはりこれからは産業も大事だから、それには――』
それからユウリのこれからの計画と理想像などを1時間ほど聞かされた。その都度、ナギの意見はどうかと訊いてきた。
「俺はもうそっちの人間じゃない。だからお前の好きなようにやってくれればいい」
『そうだけどさー。なんか不安で』
ユウリは本音を言う。その気持ちはよく分かる。だがやはり自分が口を出すのは違うとナギは思う。
「なら俺じゃなくてディーク達家臣に相談しろ。それが一番いい」
『そっか……』
なぜかユウリのトーンが下がる。
「どうした?」
『本当は僕はナギと決めたいんだ』
「え?」
『ディークとかと話すのとナギと話すのでは……違ってて、楽しいから……』
ナギはふっと笑う。その感情がどういうものかを知っている。
ユウリは友達と呼べる者がサクラ以外いない。だから今まで腹を割って話せる友達がいなかった。だから今ナギと楽しく話せるのが、嬉しくて仕方がないのだ。
「わかったよ」
『え?』
「俺の意見は話してやる。だがこれだけは約束だ。俺の意見は1つの意見として聞け。そして最終的に決めて実行するのはお前とお前と一緒に仕事をしている仲間だ。それが守れるなら話だけは聞いてやる」
『うん! わかった!』
嬉しそうに返事をするユウリにナギは微笑む。
――ほんと弟が出来た気分だ。
「じゃあ切るぞ」
『あ、ちょっと待って!』
「ん? まだなにかあるのか?」
『今度、正式にクリスティーヌさんと婚約することになったんだ』
「お! そうか。おめでとう。よかったな」
『うん。でも……その……いいのかな?』
「いいんじゃないのか? お前、彼女のこと好きなんだろ?」
『え? あ! そうなんだけど……』
何かはっきりしないユウリにナギは眉を潜め訊く。
「何か問題でもあるのか? 俺は別にかまわんぞ」
『いや違うんだ。その、サクラちゃんに悪い気が……』
「あ、ああ……」
ユウリ的に罪悪感があるようだ。
「別にもういいだろう。サクラの許嫁は今は俺なんだ。お前が気にすることはない」
『そうだけど』
「サクラはまったく気にしないと思うぞ。反対に喜ぶんじゃないのか?」
ユウリとサクラは今までが近すぎた。だからお互い男女の関係というより姉弟の感覚だ。だからユウリに好きな女性が出来たと聞いたら手放しで喜ぶだろうことは想像がつく。
「それにお前が今サクラの心配してもどうすることも出来ないだろ?」
『うん。そうなんだけど……』
長い沈黙が落ちる。そして先に言葉を発したのはナギだった。
「じゃあ聞くが、サクラに罪悪感があると言うなら、今すぐクリスティーヌとの婚約を破棄しろと言ったら、お前はするのか?」
『そ、それは……』
ユウリは応えることが出来ずに、またしても黙る。そんなユウリにナギは聞こえよがしにため息をつく。
「すぐに返事が出来ないのがお前の答えだ。昔のお前なら迷いもなく出来たかもしれない。だが今は違うだろ。ならどうにも出来ないことをウジウジ考えるな」
『……』
「どちらにせよ、もうお前も俺も元の世界には戻れないんだ。ならば今いる場所での未来を最優先に考えることだ。お前がこっちの世界のことを考えても意味がないことだ」
『うん』
そうは言ったものの、ユウリが完全に元いた世界の者達への気持ちを断ち切ることが出来ないのもナギは十分分かっている。自分もそうだからだ。残してきたディーク達のことがまったく気にならないかと言えば嘘になる。
「大丈夫だ。ちゃんとお前に随時こっちの状況を報告するし、サクラを悲しませることはしないから安心しろ」
『それってナギはサクラちゃんのことが好きってこと?』
ナギは目を細め、さも心外だとムッとして言う。
「どうなったらそうなる。そういうのじゃない。ただ悲しませることはしないと言っただけだ」
ナギの言葉にユウリはその場に固まる。
――まさか許嫁だから使命感ってやつ? 護衛みたいな感じ? それか保護者? それってサクラちゃんがめちゃくちゃかわいそうでしょ!
幼なじみとしては由々しき問題だ。
ユウリは頭を抱え叫ぶ。
『あー! 余計心配だー!』
「なんでそうなる」
ナギは眉を潜めて呟く。本気で意味がわからない。
ユウリはやはりナギにサクラを任せるのは間違っているのではないかと不安でいっぱいになるのだった。
そんなユウリとの会話が終わったその夜、ナギはばっと目を覚ます。
「サクラ?」
異常を感知しサクラの部屋に瞬間移動する。するとベッドにサクラの姿がない。どこだと見れば、ベランダの柵の上に乗り腰をおろしていた。結界の異常感知はサクラ自身がベランダの柵に触ったからだったようだ。安堵し呼ぶ。
「サクラ」
するとサクラはナギに気付き笑顔で手を振る。
「あ、ナギー! ヤッホー!」
そこでまだ毒が回っている状態だと気づく。するとサクラはバランスを崩し、そのまま後ろに倒れた。
「!」
ナギは瞬間移動し、咄嗟に手を差し伸べ、サクラの腕を取り引っ張る。反動でサクラはナギの胸に飛び込む形になった。
「なにやってるんだ! おまえは!」
少しきつく叱る。下手すれば頭から落ち即死だ。
「え? なに?」
だがサクラはヘラヘラしてまったく会話にならない。嘆息し抱きかかえるとベッドに寝かす。そしてベランダの外から魔法で縄でぐるぐる巻きにして出れないようにする。サクラの場合鍵だと開けてしまうからだ。
「寝ろ」
するとサクラはナギの腕を掴み、
「やだ! ナギも寝るの!」
と言って離そうとしなかった。
「寝ない! 離せ」
「ケチ!」
強引に離し、扉に向かい部屋を出ようとして一応確認のため振り向く。するとサクラはベッドにちゃんと座ってナギに手を振っていた。
「早く寝ろよ」
念を押すように声をかけ部屋を出る。そして自室へ向かうと、ガチャっと扉が開く音がした。ばっと視線を向ければ、サクラがフラフラと出てきて、ナギの部屋とは反対の方向へ歩いて行こうとしていた。ナギはすぐにサクラの腕を持ち止める。
「はあ……目が離せん」
結局サクラのベッドに一緒に寝る羽目になった。横にいないと勝手にふらふらと部屋を出て行こうとするからだ。
サクラはナギの腕をギュッと握って離さない。
「はあー」
最近は夜中の妖魔の襲撃がなくなって来たと安心していた矢先、今度はサクラかと嘆息する。
結局朝方まで寝れないナギだった。
そして朝、日が昇った頃ナギは目が覚める。限界が来て一瞬寝たようだ。そしてふと見てぎょっとする。気付けばサクラと密着して寝ていたからだ。
「!」
バッと離れ、そっとベッドからすり抜け、そのまま地べたに頭を抱えてその場に座り込む。顔が火照る。
「なにやってるんだ……」
――平和ボケしてるな。
立ち上がりサクラを見れば、気持ち良さそうに寝ている。もう大丈夫だと思い、そのまま瞬間移動で自室に戻ったのだった。
サクラが朝食を食べに来た時の一声が、
「頭、痛いー」
だった。二日酔いのような症状のようだ。ナギはもう先に朝食を食べていた。
「おはよう、ナギ」
「おはよう」
何か素っ気ないとサクラはナギを見る。そう言えばきのう夕方からあまり覚えがない。さっき廊下でマサキから聞いた話では、ナギが連れてきてくれたようだ。
「ナギ、私、きのうなんかした?」
「なんで?」
「いや、なんかナギと話していた気がしたから」
それにはナギは目を瞬かせる。
――あれを話していたというのか
「大丈夫だ。許容範囲だった」
「許容範囲?」
その後ナギからきのうあったことを聞き、サクラはショックで真っ青になりフリーズし、徐々に顔が赤くなっていった。
「うそ……」
「嘘じゃない。お前、抱きついてたぞ」
「わー! 言わないでー!」
サクラは耳を塞ぎその場にしゃがみ込む。そんなサクラをナギは横目で見て思う。
――抱きついただけでこの状態だ。もし夜のことを言えば羞恥心で倒れるだろうな。
だから言わないでおく。
それに自分も一緒に寝てしまったことは言いたくないし知られたくない。
だがこれだけは伝えなくてはならないと冷静を装って無表情で言う。
「酒が飲めるようになってもお前は飲むな。酒癖が悪すぎる」
ナギの心境を知らないサクラは、無表情で怒ったように言うナギを見て、相当酒癖が悪かったのだと勘違いし項垂れる。
そしてサクラはずっと朝食中項垂れていたのだった。
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