第59話 毒蝶の症状①
【魔法世界 ジュランシア王国 ツイラン領】
「ユウリ殿下、動かないでください」
「あ、はい! すみません」
ユウリは仕立て屋に注意され謝る。
「では手を横に伸ばしてください」
「あ、はい」
言われた通りに両手を広げて伸ばす。
今ユウリは、新しい服を新調するために仕立て屋に寸法を測ってもらっている最中だ。今まで来ていた服はナギ使用の寸法の服になっていたため、ユウリには大きかったのだ。今までどうにか誤魔化して着ていたが、やはりこれではダメだと、ディークに言われ、すべての服を新調することになったのだ。
――ほんと、ナギは足が長いんだから。
この場にいない
だから、この前文句を言ってやった。
「服のサイズも入れ替わる時にしといてくれよな」
『俺のはしたんだけどな』
「なんで自分だけ!」
『仕方ないだろ。誰と変わるのか分からなかったんだから』
「入れ替わった者の身長に合わすように設定しとけばよかったことだろ?」
『あっ!』
ナギのその反応から気付いた。ただ忘れていただけだと。
――ナギがちゃんとしていてくれれば、服を仕立て直すお金と無駄な時間、面倒な手間が省けたのに。
「ほんと、いい加減なんだから!」
ムッとしてつい声に出してしまった。
「え? す、すみません。そのようなつもりは!」
仕立て屋が慌てた様子で謝罪してきた。
「あ、違うんです。あなたに言ったんじゃないんです。今ここにいない友達に言った言葉なので」
慌ててユウリは仕立て屋に言う。
「あ、そうなのですか」
「うん。ほんと自分勝手なやつでね。いつも僕を困らせるんだ」
「まあ、そうなんですね」
「うん。でもすごくいいやつなんだ」
「とても素晴らしいご友人なのですね」
「そうだね」
ユウリは嬉しそうに頷いた。それを見てたディークは誰のことだと首を傾げる。ユウリがこの世界にきて従者はいるが気を許した友達はまだ出来ていない。
――向こうの世界の友達のことを言っているのか?
それしか考えられないのだが、
――ナギ様かと一瞬思ってしまった。
あり得ないことなのだが、つい元主の悪戯な顔が浮かんでしまい、顔をしかめる。
なぜか今までの鬱憤がこみ上げてきてこめかみに血管が浮かびそうになるのを感じる。だがすぐに深呼吸をして抑える。
――あの人を思い出すとは、私も少し疲れているようだ。
そう言って目を閉じるのだった。
【妖世界
「ヘックション!」
ナギは『ウエスト』の部屋で大きなくしゃみをする。
「ナギ、風邪か?」
コウメイが言う。
「いや。背中になにか悪寒が……」
「なんだ? どっかの女がお前を恨んでるんじゃねえのか?」
コウメイは揶揄する。
「いや、この感じ、女じゃなくて、たぶん男だな」
そう言ってディークを思い浮かべる。我慢の限界になるといつも感じていたディークの殺気だ。ぶるっと肩を揺らす。
――なんかしたか? 今度ユウリに聞いてみるか。
そこへサクラがソラに抱えられながらやって来た。様子が変だ。
「どうしたの?」
エリカが聞く。
「あーエリカさーん。すみませーん。なんでもないですー」
サクラが顔を真っ赤にして応える。なぜかハイだ。
「サクラ?」
ナギも眉を潜めてサクラを呼ぶ。どうみても酔っ払っている感じだ。
「あー! ナギー! みっけー!」
すると強引にソラの手を振りほどくと、千鳥足でナギの所へ来る。そして体を左右に揺らしながら、ナギを指差す。
「こら! ナギ! 今日はちゃんと大人しくしてたでしょうねー」
「あ、ああ」
「ならよろしい! あ、もしかして、可愛い女子生徒にちょっかい出してないでしょうね」
そう言いながら目の前まで来てナギの鼻に人差し指を押しつける。
「酔ってるのか?」
「誰が、酔ってるですって?」
そう言って倒れそうになるのをナギが腕を掴み支える。
「あ、またそうやって優しくするー。ナギのそういう態度が誤解を招くんだからねー」
半目になりながら言うサクラは、どうみてもただの酔っ払いだ。
「サクラ、大丈夫か?」
ナギは立ち上がり、今にも倒れそうなサクラの両肩を押さえる。
「あー、またそういうことする。ナギの悪いところだ。そうやっていつもするから……」
そこでごもる。
「?」
「そうやってするから……」
「サクラ?」
眉を潜めて名前を呼べば、なぜか睨まれた。
「あー! わかった! ナギ、今魔法――」
そこでナギは慌ててサクラの頭を自分の胸に抑え付ける。
――こいつ、何言い出すんだ!
するとサクラはナギに抱きついてきた。
「え?」
「ナギ、落ち着くー……」
「こら! サクラ」
困っていると、コウメイがからかう。
「お熱いねー」
「やめてくれ。どうみても俺は絡まれてる」
「確かにそんな感じね」
エリカも苦笑しながら言う。
「ソラ、これはどういうことだ?」
「今日、野外訓練があって、サクラ、『毒蝶』に刺されたんだ。初めて刺されたみたいだけど初期症状がすぐ出なかったんだ。だから大丈夫だと思っていたら、さっき症状が出て、この状態だ」
「え? でも」
「そんなことあるのか?」
エリカとコウメイが怪訝な表情としている。どういうことかとナギは眉を潜め訊く。
「何かあるのか?」
「『毒蝶』に初めて刺された者に現れる症状だが、すぐに処置すれば症状は抑えれるはずなんだが。すぐ注射打ったんだろ?」
コウメイの質問にソラが少し困った顔をして説明する。
「サクラは注射を打っていない。症状がすぐに出なかったから」
「でも、報告したんでしょ?」
「いや。してない」
「なんで?」
『毒蝶』の討伐の場合、必ず刺されたか訊かれるはずなのだ。
「サクラ、注射苦手だから、俺が言わなくてもいいって言った」
――ああ、あいつ注射苦手だったな。
ユウリの記憶だ。小さい頃から注射は泣いて逃げ回り嫌がっていた。
「もう症状が出ちゃってるから注射は無理ね。もう明日まで我慢するしかないわね」
そうなのかとナギはくっついているサクラを見る。
「ナギ君、サクラさんを家まで送ってってくれるかしら?」
エリカ達はナギとサクラが一緒に住んでいることを知らない。
「ああ。わかった。この状態だと話し合いは無理だから先に帰る」
「そうね。お願いね。ナギ君」
ナギはソラからサクラの鞄を受け取ると、先に部屋を出た。
「ったく、何やってるんだこいつは」
腰に手を回しべったりくっついているサクラに悪態をつく。
「サクラ、離れろ。歩きにくい」
それにすれ違う生徒にジロジロ見られてナギですら恥ずかしい。だがサクラはまったく離れようとしない。
「やだ! またナギも私を置いていくもん」
「置いていく?」
「どうせ私みたいな妖力も力もない出来損ない、愛想をつかせて捨ててく気だもん」
「なに訳わからないこと言ってるんだ、こいつは」
口を尖らして言うサクラに、ナギは異様な物を見るような目を向ける。
「ナギ、離さないからー!」
――こいつ、酒癖悪すぎだろ。誰でも抱きつくタイプか。
さっきソラと入って来た時もソラに抱きついていたのだ。色々な意味で危ないタイプだとナギは目を細める。
「俺はお前を置いて行かない。だから離れろ」
「嫌だ! 嘘だもん」
はあと嘆息すると、人差し指と中指をサクラの額に軽く抑える。するとストンとサクラは気を失い崩れ落ちた。それをナギは抱き止める。
「悪いが眠ってもらうぞサクラ」
そして周りを見て、誰もいないことを確認すると、その場から消えた。瞬間移動だ。
次にはナギの屋敷の玄関の前にいた。あまり瞬間移動は使いたくないが、今回は仕方ない。サクラを抱いて歩くのは周りの目が気になり無理だ。
そしてサクラをサクラの部屋のベッドに寝かす。
「こいつには、酒は飲ませないほうが良さそうだ」とナギは強く思うのだった。
その夜、ユウリから通信が来た。
「おまえ、暇なのか?」
『繋いですぐにその言葉はないんじゃないの? ナギ』
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