第58話 妖魔捕獲授業③




「痛いー! わー、刺された!」


 涙目になりながら腕をぶんぶん振りながら叫ぶ。注射は大の苦手だ。理由はこの針で刺した痛さがダメなのだ。ギャーギャー叫ぶサクラの腕をソラは掴み、止まっていた『毒蝶』を炎で焼き注意する。


「『毒蝶』は暴れると余計に離れないから、刺されたらじっとしていろって習っただろ?」

「うん、ごめん」


 分かっていたが、刺されたことでパニックになりすっかりそんなことは吹っ飛んでしまっていた。

 しゅんとなるサクラにソラは嘆息し訊く。


「刺されたことは?」

「ない。初めて」


 サクラは首を横に振る。


「ふらつきは?」

「ううん。まったくない」


 ソラはサクラに結界をかける。


「サクラはそこにいて。後は俺がやるから」

「え? 大丈夫よ」

「俺がやったほうが早い」

「確かにそうだね……」


 更に落ち込むサクラにソラは言う。


「サクラが弱いからじゃない。すぐに症状がでない場合があるから、安静にしていろという意味だから」

「あ、う、うん」


 ソラは視線をサクラから外し前を向く。


「サクラは弱くない。あまり自分を卑下しないことだ」

「ありがと。慰めてくれて。ソラだけだよ。そう言ってくれるの」


 ソラはそれには何も言わずに離れていくと、あっという間に戻って来た。そしてまたサクラの体調を気にして訊く。


「サクラ、体調は?」

「大丈夫よ」

「じゃあ戻ろうか」

「え? 『毒蝶』は?」

「もうすべて回収した」

「え! はや!」


 今日の捕獲数は10匹だ。それをこの短時間でやったということなのか。


「だから簡単だと言った」

「いや、言ってない」


 サクラは口を尖らせて言う。どうもナギもそうだが、ソラも力の差があり過ぎて、羨ましいを通り過ぎ、腹ただしい。

 ムッとして睨んでいるサクラに、「なに?」と爽やかな笑顔で言う。だがこの笑顔はいつもは見せない。


「ソラ、いつもその笑顔をみんなにも見せればいいのに。そうしたらもっとクラスの子とも仲良く出来るんじゃない?」


 ソラはほとんどサクラと十家門の者としか話さない。クラスでは、ケントとかはたまに話しているが、自分から話すことはまずない。

 この笑顔もサクラと2人でいる時しか見せない。だからクラスの者はみな、ソラはサクラのことが好きなのだと思っている。

 ナギが現れた後は、三角関係だと違う意味で興味を持たれ、いい餌にされている。だがソラがその気がまったくないことが分かっているのでサクラは気にしていない。ソラも同じく、言わせておけばいいというスタイルだ。


「別にいい。俺は興味がない者とは話さない。話す必要ないから」


 いつもの返答だ。


「でも十家門の人とは話すじゃない」

「十家門の人とは後々のことを考えると話しておいたほうがいいと思うから」


 けっこう策士のようだ。


「私と話しても将来良いことないけど」


 自分は名前だけの人間だ。一條家の許嫁ではあるが、だからと言って自分に将来なんらかの力があるわけではない。


「サクラは違うよ。サクラは興味があるから」

「え?」


 どういう意味だと驚いた顔をして見るサクラに、ソラはふっと笑う。


「好きだって言ったらどうする?」


 サクラの顔がみるみるうちに赤くなる。おもしろいと思う。


「あはは。冗談だよ」

「なっ!」

「からかっただけ」

「ソラ!」

「相変わらずおもしろいねサクラは。だから興味がある」


 ゲラゲラ笑うソラの背中にサクラはおもいっきり平手打ちをするのだった。





 ケント達と合流し、任務完了の報告を担任と補助で来ている先生2人の所へ行く。もう何組かのチームが戻っていた。サクラ達は籠を渡す。


「よし、合格だ。だれか『毒蝶』に刺されなかったか?」

「あ、は――」


 サクラが手を上げ返事をしようとするのをソラが口を塞ぎ、腕を下ろさせ、担任へ言う。


「うちのチームは誰もいません」

「そうか。わかった。休憩していていいぞ」

「はい」


 そのままサクラとその場を離れてからサクラを解放すると、すぐにサクラが抗議した。


「なんで言わないの?」

「言わないほうがいい。いいの?」

「え?」


「けっこう色々と解毒剤とか何本か注射打たれるよ。いいの? サクラ、注射嫌いでしょ?」

「うっ! 注射? まじ?」


 サクラは注射が大っ嫌いだ。


「それは嫌」

「だろ? だから言わなくていい。それに症状でなかったし」

「そ、そうだね。ありがとう」

「うん」


 そう言って笑うソラをケントとスズナは見て、


「やっぱり三條君ってサクラのこと好きだよね?」

「だよな。あんな笑顔、九條にしか見せねえもんな」

「実らぬ恋。なんかいいわねー」


 斜め上を向きながら、夢見る少女のような笑顔を見せて言うスズナを、ケントは怪しい者を見るような目を向ける。


「大丈夫か? お前」

「あのクールで物静かな無表情の三條君が、サクラにしか笑顔を見せないのよ。もう何かあるとしか考えられないじゃない。好きな女の子にはイケメン許嫁がいる。どんなに思っても叶わぬ恋。だからもう見守るしかない。って感じかしら?」

「お前、欲求不満だろ」

「はあ!」

「一度も付き合ったことないんだろうな」

「うるさいわね! あんたに言われたくないわよ!」

「へん! 俺は付き合ったことぐらいあるぜ」

「うそ!」


 まさかケントがとスズナは驚き目を見開く。


「中学の時、彼女いた」

「うそー! こんなやつに彼女がいたなんてー! なんかの間違いよー!」

「おい! おまえすげえ失礼なやつだなー」


 そんなことを離れたところでやっているケントとスズナを見ながらサクラとソラは首を傾げる。


「なにやってるのかしら? あの2人」

「さあ。仲いいんだな」



 その後問題が起きた。サクラに『毒蝶』の症状が出たのだ。





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