第56話 妖魔捕獲授業①



 次の日、ソラが教室に入り自分の席に座ると、前の席のサクラが待ってましたと振り向く。


「おやよう、ソラ」

「おはようサクラ」


 そこでサクラの機嫌が悪いのに気付く。


「どうした?」

「きのうのことなんだけど」

「?」


 ムッとした顔をソラに近づけて言う。


「すごいむかつくんだけど!」

「え?」


 意味が分からずソラは目を瞬かせる。何かしただろうかと思っていると、サクラは口を尖らして言う。


「ソラは腹立たないの? 私達二人が勝手な行動を取ったから襲われたことになってるのよ!」


 そこでソラはサクラが何に怒っているのか分かった。


「ああ。その話ね」

「そうよ! 他に何があるのよ」


 さらにムッとして言うサクラにふっと笑う。


「ソラは腹立たないの?」

「まあそうだろうなってことは知ってたし」

「え? 知ってたの?」

「うん」


 そこでサクラのテンションが下がる。


「じゃあ、今は何とも思ってない?」

「今は何とも思ってないよ。サクラだって気にするなって言ったじゃないか」

「そうだけど……」

「だから今さらぶり返しても意味がないことだ」

「だけどー!」


 するとチャイムが鳴り、担任が入って来た。


「ほら、先生来たから機嫌直して前向きなよ」


 笑顔で言うソラに、サクラはわざと大きなため息をつく。


「はあ。ソラって、いつもそうやって誤魔化すよね」

「そうかな?」

「そうよ。まあいいわ。これ以上言っても無駄だってことも分かってるから」


 ソラは都合の悪いことや話したくないことになると、笑って誤魔化し話を逸らすことをサクラはこの1年間で学習した。だからこれ以上言っても意味がない。だから大人しく前を向く。そんなサクラにソラは、


 ――正解。


 と笑顔を見せるのだった。

 そして朝のショートホームルームが始まった。担任が今日の日程を言う。


「昼からは、久しぶりの野外で妖魔の捕獲授業だ。昼食が終わり次第、着替えて校門にチームごとに集合するように」


 実践型の野外活動はけっこう頻繁にあるが、この前のルプラのことがあり、ずっと妖魔の授業は中止されていた。だがここに来てやっと再開したのだ。


 昼食後、皆それぞれチームごとに校門に集まる。サクラは、ソラと奥村スズナと星崎ケントの4人のチームだ。

 スズナが男性陣には聞こえないようにサクラの耳元で囁く。


「ねえ。前から思ってたんだけど、三條君っていつもサクラと一緒のチームを希望するよね」


 クラスで行う授業のチーム決めは基本生徒達で決めていた。そして男女2人ずつのペアになるのが基本だ。今回もソラはサクラと一緒のチームを希望したのだ。ソラはいつもサクラと組みたがるため、スズナはソラがサクラのことを好きだからだと思っていた。


「私が十家門の人間だから、何かあっては迷惑がかかるっていう理由で十家門のソラが一緒に組んでくれてるだけだよ」


 サクラは苦笑しながら言う。


 ――それに、去年のことがあるから……。


 ソラは言わないが、サクラと組みたがるようになったのは、去年のあの軍との事件の後からだ。

 朝、ソラは「今さらぶり返しても意味がないことだ」と笑い、気にしていない素振りを見せていたが、実は違うことは分かっている。

 あの時ソラは、サクラが妖獣に捕まったのを至極気にしていた。現にソラは何度も謝ってきたのだ。だが自分は気を失って記憶がないし、ソラが悪いわけではないので、責任を感じなくていいとサクラはソラに言い聞かせた。だが、その後当分の間ソラは気にしていたのを知っている。


 ――ソラが私と組みたがるのは、あの時のことへの罪悪感から。


 だからと言ってそのことをソラに言うことは出来ない。言えばまたソラは辛い顔をするから。そんなソラの傷付いた心を知っているから、軍が嘘の報告をしたことが無性に腹が立った。


「まあ確かにー、サクラにはあのイケメン許嫁がいるもんね。許嫁がある子を好きにならないか」

「イケメン?」


 一瞬誰のことか分からずサクラは首を傾げる。だがすぐに許嫁という言葉でナギのことだと気付く。

 それにしても、えらい出世だ。この前までは、『ヘタレ』『引き籠もり』『弱虫』『出来損ない』などと悪いあだ名ばかりだったのだ。


「え? 知らないの? けっこう一條君、女子生徒の間で人気よ。ほら、この前お披露目あったじゃない? あれ見てから印象が変わったみたいよ」

「ああ、この前の洗礼ね」

「そうそう。引き籠もりとか弱虫で甘ったれなお坊ちゃまって噂されてたけどさ。噂ってぜんぜん違うんだねー」

「あはは……」


 そりゃそうだ。昔と別人なのだから。

 そこで、担任のかけ声がかかる。


「じゃあ移動するぞー」


 訓練場所は、学校から学校のバスで30分ほど行った山奥にあった。学校が所有する広大な敷地に人工的に作られた妖獣退治の訓練場だ。人工的なこともあり、ここに放たれている妖獣は中級クラス以下の妖獣ばかりだ。それを本番さながらチームで倒すというものだった。


「今回のターゲットの妖獣は、レベル2の見た目カブトムシのような【コルカトプ】と、見た目が蝶の【毒蝶ビジラ】の2体だ。【毒蝶ビジラ】は毒があり、刺されたことがある者は耐性があるからいいが、初めての者は1日酔ったみたいな症状が出るかもしれないから、刺されないように気をつけろよ。今回は捕獲だからなー。殺すなー。決められた数を捕獲した者から終了だー。弱らせて支給された籠に捕獲するように。今回2種類いるから二手に分かれてするといいぞ。ではチームごとに定められた場所に移動。始めー!」


 生徒達は、それぞれチームでエリアが決められている場所へと移動する。


「先生の言う通り二手に別れたほうがよさそうだな」


 ケントが言うと、ソラが背後からサクラの首へと腕を回し抱きしめる。


「じゃあ俺はサクラと……」


 そこで言いし、そしてボソッと呟く。


「そっか。この前か……」

「え?」

「いや何でも無い」


 なんだとサクラは眉を潜めてソラを見上げるが、ソラは笑顔を見せるだけだ。


「三條と九條、俺と奥村で別れてやるってことだな」


 ケントが確認するように言うとソラが頷く。


「その方がいいだろう? 十家門同士の方がもし何かあっった時対処できるし」

「まあ確かにそうだけど……」


 ケントはそう応えながら、今目の前の光景に目を眇める。


 ――それより、なぜ九條を抱きしめてるんだ?


 そんなケントにソラは笑顔を見せる。

 

「大丈夫。今回の妖獣は星崎と奥村さんで倒せるから。『毒蝶ビジラ』はちょっと厄介だから俺とサクラでするから、二人は『コルカトプ』を頼む」

「あ、ああ」


 ――いや。俺はそんなことは心配していないんだけどな。


 ケントは頭を掻きながら気まずそうにサクラに言う。


「それより、いいのか? 九條」

「なにが?」

「その状況だよ。一條に怒られねえか?」


 今ソラはサクラを後ろから抱きしめている状態だ。サクラも拒む訳でもなく、されるままにしている。もしここにナギがいたらまずいのではないかと言っているのだ。そこでサクラは確かにそうだなと思いソラに言う。


「あ、そうだよね。ソラ、離れてくれるかな……」

「え? いいじゃん。ナギいないんだし」

「……」


 ケントとスズナはポカンと口を開け、サクラは苦笑する。


 実はこれは今始まったことではない。去年の事件以来ソラはやたらとスキンシップをとってくるようになったのだ。だがいつも「大丈夫。恋愛感情はないから」と、笑顔で言って離してくれないのだ。

 最初は恥ずかしくてどうにか離れようともがいていたが、何回もされるうちに慣れてきて、抵抗してもただ余計な体力を使うだけだと諦めることにしたのだ。

 それにずっとではない。だいたいが少し経てばソラから何事もなかったように離れていく。

 今ももうソラはサクラから離れ、何事もなかったようにしている。

 だから気にしていなかった。


 ――まあ、ナギが怒ることは絶対ないし。


 所詮名前だけの関係だ。2人にそのような関係はない。


「じゃあ行こうか」

「そうだねー」


 何事もなかったように歩き出すソラとサクラに、ケントとスズナは視線を合わせお互い肩をすくめ、後に続いた。



 サクラ達が割り当てられたエリアは、サクラ達の背ほどもある草木が生える茂みの場所だった。


「何も見えないじゃん。いやだー! こんな場所!」


 スズナはだだをこねる子供のように体を横に振る。


「ほんと、なんか出てきてもわかんないね」


 サクラも顔をしかめて言う。


「文句言うんじゃねえ! 三條、九條、ここで二手に分かれるよう」

「ああ」

「うん」

「奥村行くぞ!」

「ちょっと! ケント! 待ってよ!」


 ズカズカと先に行くケントをスズナは急いで追いかけて言った。


「じゃあ俺らも行くよ」


 ソラとサクラもケント達とは反対の方向へと進むのだった。








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