第50話 サクラの目



「サクラの目が光っていたことですか?」

「そうだ。覚えていたか」


 ユウリの記憶では、ただ幼い少女の目が光っていたというものだった。


「お前がウメさんに話したんだ」


 小さい頃、いつも忙しい母親の代わりにウメがユウリの面倒を見ていた。ユウリはいつもウメに今日あったことを話すのが日課だった。

 その時も、「今日ね。サクラちゃんの目が光ったんだよ」とウメに話していたそうだ。


「それを聞いた私もテツジも気にも止めていなかった。能力を発動する時に目が光る者はたまにいるからな。だがサクラちゃんが結界を外し、攻撃を受けても無傷であったことを目の当たりにした瞬間、そのことが引っかかった」


 だからユウケイはテツジと『万象無効の稀人』のことを調べた。すると過去に2人ほど目が光る者がいたことが報告されていた。

 そして目が光ることは幼い頃は特によくあるということが記されていた。テツジに聞けば、確かにあったと言う。だがそれは事故で亡くなったサクラの母親がサクラの目が銀色に光ったのを2,3回見たというもので、一瞬光るだけだったため気のせいかと思っていたそうだ。


 そこであるユウリの記憶が浮かぶ。


 ユウリが14才の頃だ。サクラに強引に連れ出され映画に行った帰りの時だ。1人の老人が前から歩いてきた。そして老人とすれ違う時にユウリは横に突き飛ばされた。なんだと顔をあげ見れば、老人はもうふらふらと歩きながら去って行っていた。すると、サクラが「ユウリ大丈夫?」と言って手を差し伸べ立ち上がらせてくれたというものだった。だがその後ユウリはなぜか腑に落ちない。何か違和感を感じていたのだ。


 ――? なんだ?


 別に老人がぶつかっただけだ。何も不思議なことはない。だから謝らなかったからかと結論づける。だがもう1つ疑問が浮かぶ。


 ――なぜこのタイミングでこの映像が浮かぶ?


 今サクラの目が光る話をしているのだ。もしサクラの目が光っていたのならこの映像が浮かぶのは分かるが、記憶からはサクラの目は光っていない。


 ――どういうことだ?


 いきなり黙ったナギを不審に思い、ユウケイが声をかけてきた。


「ナギ、どうした?」

「あ、いえ。それはなぜ光るんですか?」


 ナギは誤魔化し質問する。


「確証はないが、テツジが言うには、その一瞬、膨大な力が放出されるということだ」

「え?」

「それはある条件の時だということがわかった。それはサクラちゃんに妖獣が襲った時だと言っていた。そのことからサクラちゃんに危険が及んだ時だけ本能的に発動していたのではないかというのが私達の見解だ」


 ――幼かったサクラに近づいた妖獣に対して本能的に察知し膨大な力で威嚇したということか。


「本来稀人の疑いがある場合、国に報告をしなくてはいけない。だがその頃からガーゼラ国の工作員がこの国に入り込んでいるという情報と、行政機関イーサにもガーゼラ国との繋がりがある者がいるという情報が入った。その者達にサクラちゃんの情報が流れるのは好ましくないと判断し、私とテツジは報告をしないことにした。だがそれだけではいつ他の者にばれるか分からない。注意しなくてはいけないのはガーゼラ国だけではないからな。だから私とテツジはお前と早々に婚約をさせ、許嫁にしたんだ」


 話を聞き、ナギは妥当な選択だと思う。


 ――信頼する親友の息子なら問題ない。ましてや一條家だ。地位を狙うこともない。もし能力がばれたとしても、言い方が悪いが一條家を盾にできる。今回のように許嫁なので一條家の者とくくり、権力で退けることが可能だ。


 だがとナギは目を細める。


 ――通用するのは今回のように正規のルートで稀人を調べさせてくれと言ってきた場合のみだ。もし拉致や一條家の目を掻い潜ってサクラを強引に連れ去った場合、通用しない。


「学校とこの屋敷にいる場合は安心だろう。学校はミカゲ様がいるし、ここにはお前がいるからな」


 ユウケイの言葉に香坂は、「え?」という態度をとる。

 まあそうだろうとナギは苦笑する。


 香坂は小さい頃からユウリを見てきて、引きこもりの時も知っているのだ。

 ユウケイと違って香坂はユウリの状態をマサキから詳しく聞いていたはずだ。忙しかったユウケイに代わって、ユウリの状況を確認するためにマサキと随時連絡をとったり、様子を見に来たりしていたことは容易に想像がつく。だからか引き籠もりのヘタレユウリを知っている香坂からしたら、そんな者がサクラを守ることができるのかと思うのは当然のことだ。


「あの……失礼ですが、ナギ様で大丈夫なのでしょうか?」


 やはり思った通り聞いてきた。至極真っ当な意見だとナギは心の中で笑う。


「香坂。大丈夫だ。若様とヤマト様のお済み付きだ。ナギなら任せられる」

「そうですか」


 簡単に引き下がった香坂に、ヤマトとミカゲの皇族パワーは偉大だと感心する。あの2人は敵に回したくないなとナギは改めて思う。


「ナギ」

「はい」

「お前に改めて頼む。サクラちゃんを守ってやってくれないか」

「――」


 ――それは、俺がユウリではなく、何者なのか得体の知れないやつだから、そう思うのは当然のことなのだが――。


 ナギは膝の上に置いた手をギュッと握る。


 ――気に入らない。


 ユウリと比べれば日は浅いが、知り合って1ヶ月、サクラとはほとんど毎日顔を合わせている。性格もユウリの記憶とこの1ヶ月でサクラという人物をよく分かっているつもりだ。

 それに今はもう自分の許嫁だ。


 ――そう言わなければ、守らないと思ったのか。


 胸の当りがモヤモヤする。腹が立つ。


「言われなくてもそのつもりです」


 あからさまに機嫌を害した口調でいうナギに、ユウケイは目を丸くする。そしてフッと笑う。


「そうか……すまない。余計なことを言った」

「?」


 なぜ謝るのか。そしてその笑みは何なのかと余計に眉を潜めるナギを見て、香坂は驚く。


 ――ナギ様が、ユウケイ様に反抗している。


 初めて見るナギの態度は相当珍しく映ったようだ。


「だが油断するな」

「?」

「今日お前に会って分かったが、お前は強い。だが欠点がある」

「欠点?」

「ああ。強さゆえの欠点だ」

「……」

「過信するな。どんなに強くても人間だ。必ずほころびがある」



 そこで、ナギの父がナギを庇って命を落とした過去を思い出す。ナギの父も最強だと謳われた人物だった。魔力も強く防御力も人一倍あった。


 だがあっけなく亡くなった。一瞬の隙をつかれたのだ。


 そして幼いナギを抱いて言った言葉。


「油断した……だが悔いはない。お前が生きているのだから……」


 そしてナギの耳元で言った最期の言葉。


「ナギ、強くなれ。だが自惚れるな……」


 ナギにとっての人生の教訓。強くなりたかった理由。





〝父と同じ過ちを犯さないために最強になる!〟





 あの時の光景とダブる。だからかいつもより感情がこもり強い口調で言う。


「分かっています!」


 何かを決意したような鋭い眼差しで言うナギに、ユウケイは一瞬目を見開いたが、すぐに笑顔を見せる。


「ならいい。だがどれだけ気をつけていてもどうしようもできないこともある」


 そう言ってユウケイは胸ポケットからあるカードを出しナギに渡す。ナギはそれを受けとり見る。色は金色のカードだった。


「これは私のパスカードだ。これがあればほとんどの場所に入れる」

「!」

「もしもの時に使いなさい」

「なぜ俺に……」

「私はこの国の軍のトップだ。何でもできるが、それだけ背負っているものも大きい。思ったよりこの職は動けんのだよ」


 そう言って苦笑する。確かにそうだろうとナギは思う。


「ありがとうございます。一応もらっておきます」

「ああ。まあばれないようにうまくやれ」


 そう言って悪戯な顔を見せるユウケイに、ナギは思う。


 ――俺に似てるな……。










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