第49話 初の親子対面
次の日の夜、ユウケイが久しぶりに帰ってきた。応接室でナギとサクラはユウケイと対面する。
「お久しぶりです。おじさま。そしてお世話になっております」
サクラは深々と頭を下げて挨拶する。
「サクラちゃん、久しぶりだねー。綺麗になって見違えたよ」
サクラを笑顔で応えるユウケイは、ナギと同じ黒髪で、鍛え上げられているが細身の体型だ。顔はユウリとはまったく似ておらず、どちらかと言えばナギに雰囲気は似たキリっとした顔立ちだ。ユウリは母親似のようだ。そしてユウリの記憶よりも少し痩せ、白髪が増えた感じだった。
「サクラちゃん大変だったね。でもここにいれば大丈夫だから」
「はい」
「なにか不自由はないかい? 一応マサキには頼んであるが」
「大丈夫です。まったく不自由なく過ごしてます。反対にすみません。ご迷惑おかけしてます」
「いや、そんなことは別にいいよ。どうせいつかは君の家だ。このままずっとここにいても構わない。そのほうがナギもちゃんとしそうだしね」
そう言ってユウケイはナギを一瞥して笑う。どうもサクラのおかげでナギが学校に行くようになったと思っているようだ。あながち間違っていないのだが。
「ごめんね。サクラちゃん、ちょっとナギと久しぶりに親子水入らずで話がしたいんだ」
「はい。では私は失礼します」
サクラは頭を下げて応接室を出て行った。その後二人はソファーに座りただ黙って見つめ合う。ナギを見るユウケイの目は、成長した息子を見るというより、目の前にいるのは誰なのかという注視している目だった。
――やはり俺が自分の息子とは違うことに気付いている感じだな。
だがユウケイはそのことに触れずに笑顔を見せ話かけてきた。
「ナギ、久しぶりだな。見ないうちに大きくなった」
「はい。久しぶりですね」
「もう引き籠もりはやめたのか? 学校にも行くようになったそうじゃないか。どういう心境の変化だ? あれほど嫌がっていたのに」
「学校に行かなくなったのは、特殊能力の開花で情緒不安定だったのもあり鬱状態だったからみたいです。そう教えてもらいました。あの頃は何もしたくありませんでしたからね。能力が開花した後は体調もよくなって、普通の生活が出来るようになったので、そろそろ学校に行こうと思っただけです」
もしユウケイに質問されることがあったら言おうと考えてあったことだ。何年も会っていないといってもマサキからはどのような状況かは連絡がいっていたはずだ。急な状況変化は反対に疑われると懸念したためだ。
「なるほどな。まああり得ない話ではないな」
ユウケイは嘆息する。信じていないようだがそれ以上追求はしてくることはなかった。
「して、隠れて若様に訓練してもらっていたのは本当か?」
サクラの父親から情報はいっていたようだ。だがそれよりも気になることが。
――若様? ミカゲのことか。
言い方からして、やはりミカゲが皇帝の双子の兄ということはユウケイは知っていたようだ。
「はい。そっと抜けだして行ってました」
「よく抜け出せたな」
「瞬間移動できますので」
「……そうか」
一瞬、間があったユウケイの態度にナギは目を細める。
――瞬間移動を聞いても驚かない?
ユウケイに聞かれた時にと、事前にミカゲと打ち合わせをしていた時だ。もし訊かれたら、瞬間移動で部屋から出たことにすると言った時、ミカゲは驚いていた。瞬間移動はほとんどの者ができないらしい。だがその後のミカゲの言葉が引っかかった。
「まあそれでいい。おまえの父親なら納得するだろう」
ミカゲの言うとおりユウケイは驚かなかった。
「もしかして、父さんも瞬間移動出来るのですか?」
ユウケイはナギを見て笑う。
「ああ。だがほとんどの者は知らないがな」
――やはりそうか。
ミカゲがユウケイは驚かないと言った理由がそこで分かった。
――それにしても、桁違いの妖力だな。
ユウケイを前にして驚く。
――やはりトップの一條家の当主だけある。
その理由は分かっている。ユウケイの母親が皇族だからだ。ユウケイは珍しく皇族の血を濃く受け継いでいた。
「なぜ瞬間移動を隠すのですか?」
「理由はおまえと一緒だ。隠れて抜け出せなくなるだろ?」
そう言って悪戯な笑みを浮かべるユウケイを見て思う。
――ユウリ、おまえは大きな勘違いをしていたようだ。父親は相当破天荒な人物だぞ。
ユウリはユウケイを苦手としていた。それはたぶんこの桁外れな妖力のせいで本能的に恐怖を感じ距離を取っていたのだろうとナギはユウケイを前にして改めて実感する。
――ちゃんと話せば、わかり合えただろうな。
だがもうそれも叶わない。それをユウリに教えようとも思わない。教えたところで、ただ後悔を植え付けるだけだからだ。だからこれはナギの中だけで止めておく。
「では、本題に移そう。何故私がここに来たかわかるな」
お手伝いの者がユウケイ達に紅茶を出し、応接室を出て行ってから話す。中には、ナギ、ユウケイ、ユウケイの秘書の香坂、マサキだけが残った。
「その前にナギに聞く」
「はい」
「彼女の能力は知っているか?」
ここで言う彼女とはサクラのことだ。
「はい」
「本人は知っているのか?」
「稀人ということは今回のことで知ってしまいましたが、詳しくは知りません」
ユウケイは安堵の溜息をつく。
「そうか。ならよかった」
「父さんはいつから気付いていたのですか?」
「――」
「気付いていたから俺とサクラを許嫁にしたのですよね?」
「そうだな。お前には話してもよさそうだ」
ナギは香坂を見る。その意図を知ったユウケイは言う。
「この香坂は知っているから気にするな」
香坂は40代の眼鏡をはめた男性だ。ナギはユウリの記憶をたどると、確かにずっとユウケイの側にいた信頼出来る従者のようだ。
「気付いたのはお前が4歳、サクラちゃんが5歳の時だ。私の家族とテツジの家族でキャンプに行った時だ。妖魔が現れたのだ。そのため私はまだ小さかったお前達に頑丈な結界をし、妖魔の攻撃を受けても大丈夫にした。だがサクラちゃんだけが私の結界から出たのだ」
「!」
「その直後、妖魔はサクラちゃんに攻撃を加えた。その時はもう駄目だと私もテツジも覚悟を決めた。だが、サクラちゃんは無傷だった。そこで気付いたんだ。この子は『万象無効の稀人』だってね」
「それだけで気付いたのですか?」
ナギは疑問を口にする。あれから『万象無効の稀人』のことを調べた。そこで分かったことは、結界を解除しただけでは『万象無効の稀人』とは断定しがたいということだ。
『万象無効の稀人』の定義は、有りと有らゆるものを無効にするということだ。サクラからの情報では必ずしもそれを証明する出来事ではなかったはずだ。サクラが無傷だったのは、攻撃を弾いたからかもしれないのだ。結界も自分で解除したのかもしれないのだ。
「『万象無効の稀人』のような稀有な存在の者にはある特徴が現れる。それは妖力がほとんどないことだ」
それでも確証まではいかないとナギは思う。確かにサクラは十家門の者にしては妖力は少ないほうだ。だがそれだけで『万象無効の稀人』と断定するには証拠が少な過ぎる。
「納得いかない顔だな」
ユウケイがナギの考えを読み取り言う。
「はい」
ナギは素直に返事をする。
「お前の言いたいことは分かる。決定的な証拠はあるんだよ」
「え?」
「『万象無効の稀人』特有の症状が何度かサクラちゃんに出ているんだよ」
「特有の症状……ですか?」
「覚えがないか?」
「え?」
「最初に見たのがお前だ。まだお前は3歳だったからな。記憶にないか」
どういうことだと眉根を寄せる。
「それを教えてくれたのは、お前だったんだよ」
「え?」
ナギはユウリの記憶を辿る。ユウリの記憶は、ユウリ本人が覚えていることしかナギも知ることができない。あまりに小さい頃の記憶だと覚えてないことが多く、そうなるとナギも記憶をたどることはできないのだ。
――やはり覚えてないか。
すると何回か幼い頃にサクラの目が銀色に光った記憶があることに気付く。
「サクラの目が光っていたことですか?」
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