第47話 朝早くの訪問者



 次の日朝早く、訪問者がやって来た。

 マサキが対応する。その者は首からかけた身分証明書を見せて挨拶をした。


「朝早くに申し訳ございません。調査機関テミス所長の三條さんじょうツカサと申します」


 ――三條ツカサ。三條家当主三條ハヤト様の弟君おとうときみか。十家門の出にしては温厚だと言われている人物だと記憶しているが。


「お一人でこちらにですか?」

「はい。家が近いもので。朝ついでにこちらに寄った次第です」


 笑顔で低姿勢な態度で応えるツカサにマサキは眉を潜める。


 ――近くに住んでいるとしてもなぜ1人で? それに調査機関がなぜ?


「主の留守の間を任されております月守と申します。アポを取られておられないようですが、朝早くにどのようなご用件でしょうか?」

「アポを取らずに急な訪問、深くお詫び申し上げます。九條サクラさんに少しお聞きしたいことがございまして、こちらにお見えになるとのことでしたので来た次第です」

「そうでしたか。申し訳ございません。サクラ様はもう学校に行かれましたのでお見えになりません」

「もうお出掛けになられたのですか?」

「はい。どのようなご用件でしたでしょうか? 私で分かることでしたらお答えいたしますが?」


 三條ツカサは少し考え、そして笑顔で言う。


「申し訳ございません。九條家様のことですので……」

「それでしたら大丈夫です。九條サクラ様の件につきましては、許嫁である一條家が把握することになっております」

「……」

「ですから、どうぞ遠慮なくお聞かせください」

「そうでしたか。ですが大丈夫です。やはり本人にお話をお聞きしたいので、またの機会にさせていただきます」


 三條ツカサは笑顔でやんわり断った。だがマサキは引かない。


「よいのですか? 朝早くにお見えになったということは、お急ぎではなかったのですか?」


 すると三條ツカサは慌てて否定する。


「いえいえ、あくまでも近所だったためであり、学校に行かれる前に会えればと思った次第でありまして。配慮にかけておりました。申し訳ございませんでした。では失礼します」


 三條ツカサは深々と頭を下げて謝ると、踵を返し屋敷を後にした。

 マサキは後ろに控えていた部下の守谷もりやタクに言う。


「タク、すぐに確認を」

「わかりました」



 

 その頃、ナギとサクラはすでに学校に着いていた。


「ナギ、こんなに早く学校に来て何かあるの?」


 サクラは首を傾げながらナギを見ると、首を傾げている。


「んー。どうも日にちを間違えたようだ」

「え?」


 サクラは目を細めて抗議の目を見せる。今日どうしても早く行くからと朝ナギに起こされ、早く用意しろと急かされて慌てて出てきたのだ。それで来てみれば間違えたときた。


「ちょっと。私のこの急いで用意した時間どうしてくれるのよ!」


 眉をつり上げながら言うサクラにナギは気にせず笑顔を見せる。


「悪いなサクラ。まあこういうこともある」

「もー!」


 文句を言おうとサクラが言いかけた時だ。


「あれ? お前ら早いな? どうした?」


 出勤したばかりのミカゲが後ろから声をかけてきた。ナギはわざとらしく挨拶する。


「おはようございまーす」


 サクラも仕方なく後に続き挨拶する。


「おはようございます」


 ナギは悪戯な顔を見せ、ミカゲの肩を抱く。


「ミカゲ、良いところに。一緒に教室行こうや」

「ん? あ、ああ」

「じゃあなサクラ」


 そこでサクラとさっさと別れ、ナギはミカゲと並んで教室へと向かった。


「なにかあったか?」


 ミカゲはすぐに静かに聞いてきた。思った通りの反応にナギは笑顔を見せて言う。


「さすがだな。朝、三條ツカサが1人でサクラを訪ねてきたみたいだ」


 それにはミカゲも驚いたようだ。目を見開き、ナギの顔を見る。


「三條ツカサ? 確か調査機関テミスの所長をしていたな。1人でか?」

「ああ。家が近かったから朝寄ったらしい」

「――」


 ミカゲは眉を潜める。


「何しに来たんだ?」

「サクラに聞きたいことがあると言って来たようだ。だがいないことを伝えたら帰って行ったようだ」

「怪しいな」

「まあ理由は分かっているけどな」


 どうみてもこの前の九條家のルプラ襲撃の件とサクラの稀人まれびとの件だろうことは容易に想像がつく。

 サクラの家でのことは、原因をガス爆発だと報告し、サクラがルプラに襲われたことも伏せた。だから国に知られることはまずないはずなのだ。

 だが調査機関テミスの者がやって来たということは――。


「このタイミングからして、サクラが襲われたことはすでに国にばれていると考えたほうがいいだろうな」

「だな。じゃあ、ばれていると仮定して、なぜ保安部がこずに調査機関テミスがくる?」


 稀人に関しては保安部が担当だ。調査機関テミスは、行政、軍事に不正がないかを調査する、イーサとザルバのどちらにも所属しない独立した機関なのだ。


「確かにそうだな」

「確認したが、父親にも九條家にも連絡は入っていない。だとすれば三條ツカサが個別に朝訪れたということになる。内容もサクラに用事があるとだけしか言わなかった」

「じゃあなにか? 稀人まれびとの件じゃないかもしれないってことか?」

「そんなことあり得ないだろう。どうみても『稀人』の件だろ」


 ミカゲはにぃっと悪戯な笑みを浮かべ、人差し指を立てて言う。


「分からんぞ。ガス爆発ではなくどうみても魔獣の仕業なのに、お前の父親とサクラの父親がその事実を隠していることを突き止め、その理由は何か不正をしているんじゃねえかと疑い、調査にきたと考えれば辻褄があうじゃねえか」

「……」

「な、なんだよ」


 すごい冷たい視線を向けるナギに、ミカゲはたじろぐ。


「それ、冗談でも笑えないぞミカゲ。あながち間違ってないからな。それならそれで大問題じゃねえか? 国に嘘の報告をしてるんだからなー」

「だ、だよなー……」


 サクラの問題よりも厄介な問題かもしれないとミカゲは自分の考えにゾッとする。なにやら深刻に考え始めたミカゲにナギは嘆息し言う。


「なに本気にしてるだよ。今回サクラを訪ねてきたんだ。もしそうなら俺の父親かサクラの父親に事情を聞くだろう?」

「あ! そうだな」


 ナギに言われてミカゲも気付き安堵する。


「ったく、たまにポンコツになるんだな」

「うるせい! 担任を馬鹿にするんじゃねえ!」


 ムキになり言うミカゲにナギは、


「真実を言ったまでだ」


 と目を細め冷たく言い放ち、話を戻す。


「三條ツカサをどう見る? やはりガーゼラ国側の人間なのか?」

「……」


 だがそれはあり得ないとミカゲは思う。急に黙り混み考え込むミカゲにどうしたのかとナギは眉を潜める。


「ミカゲ?」

「三條家が裏切るとは思えんのだがな」

「? どういうことだ?」

「三條家は、昔から永久に皇帝を守護すると決まっていて、十家門の中で唯一皇帝に誓いの契りを立てている家系だからだ」

「それって皇帝の服従の言霊か?」

「そうだ。だから国を裏切ることをするとは考えられない」


 ミカゲは更に眉を潜める。


 ――もしその契りを破れば、三條家全員命の保証はない。そこまでして裏切るとは思えない。


「だが三條ツカサが来た理由はサクラの稀人の件で間違いないだろう?」

「ああ。それは間違いないだろう。どちらにせよ警戒はしておくことに越したことはない。どのみち捕まったらサクラは監禁されるからな」

「ああ」

「だがナギ、何もするな」

「? 何をだ?」

「とぼけるな。三條ツカサを調べるなということだ。テミスの調査員は特殊な者が多く、調べることに関してはスペシャリストだ。スパイと変わらねえ。それにお前の親父の力も及ばん。下手に動けば足下をすくわれるぞ」

「――」


 ナギの態度を見てミカゲは冷ややかな目を向ける。


「お前、やはり調べようとしてたな」

「ちっ! 無駄に勘が鋭い」


 ボソっと呟くナギに、ミカゲは目を細めて突っ込む。


「おまえ、心の声がダダ漏れだぞ」


 そしてナギの胸ぐらを掴みミカゲは念を押すように忠告する。


「いいか! 絶対に手を出すな! 分ったな!」

「大丈夫だろ?」

「いいや。絶対に動くな。お前が動くとややこしくなる! お前の親父にも迷惑がかかるからな」

「んー、それはちょっとよろしくないな」


 これからのことを考えれば、父親がトップにいてくれた方が何かと便利だ。


「分ったよ。ここは大人しくしておく」

「絶対だからなー」

「了解」


 そこでやっとミカゲはナギを解放したので皺になった襟元を直しながらナギは話を変える。


「もう一つ教えてくれ」







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