第46話 マサキの謝罪
落ち着いた頃、サクラはナギの胸に顔を埋めたまま話す。
「ナギ、泣いてごめん」
「なぜ謝る。泣けと言ったのは俺だ。気にするな」
「本当に今はもう怖いわけじゃないの。ただこれからどうなるのか不安だっただけ……」
「へえ。怖くないのか」
「怖くはない。だってナギがいるから」
予想外の言葉にナギは一瞬驚いたような顔を見せるが、ふっと両端の口角をあげて笑う。
「知り合ってまだ日が浅いのに、えらい高評価だな」
「ね。自分でも不思議。でもそう思うから……。それにそんな不安も泣いたらなくなった……」
――そしてなぜかとっても落ち着く……。そして穏やかな気分……。
今までどこにいても落ち着く所はなかった。家もそうだ。父も兄と姉も妖力が強く、十家門として恥じることもなく軍でも上の方にいる。それに比べて自分はどうだ。妖力もなく何かに特化したものがあるわけではない。だから家では迷惑をかけないように心がけた。肩身が狭い思いを感じていた。
そんな何も取り柄もない自分が唯一存在価値を見いだせたのがユウリといる時だ。
ユウリがいつも自分を頼ってくれた。それが嬉しかった。自分が必要だと言ってくれるユウリが唯一自分がここにいていいんだと思える瞬間だった。
だがそれは永久ではない。いつかユウリも自分は必要ないと言うのではないかとずっと不安を感じていた。だからずっとユウリにも見捨てられないようにと気を張り頑張ってきた。
だが色々周りからも言われ、限界だった。
そんな時にナギが現れた。
初めてナギが自分を庇った時、ただ安心した。得体の知れない恐怖から解放された。それが心地よかった。
そこで気付いた。
――ああ、無理してたんだ。
その直後、『ルプラ』に襲われ恐怖を感じたが、ナギが現れた瞬間、それはなくなった。なぜかは分からない。絶対の安心感がそこにあった。それがとても心地よかった。
今もそうだ。ナギに抱きしめられた瞬間、安心感が全身を駆け巡り涙が自然と流れた。
この感覚はいつ以来だろう。もう覚えがないほど前のような気がする。だから――。
「もう少しこのままで……」
初めての我が儘かもしれない。
――たまにはいいよね。
そう思ってしまう。ナギは許してくれるだろう。
「ああ」
――やっぱり許してくれた。
サクラは笑みを浮かべ、ナギの胸に顔を埋め目を閉じた。すると急に眠気が襲う。
「なんか……すごい眠い……」
サクラはそのまま意識を手放した。
崩れ落ちそうになるサクラをナギは抱き止め嘆息する。不安と緊張からずっと眠れなかったことは知っていた。だがこればかりはどうすることも出来ない。だから強制的に泣かせた。泣いて安心したことで一気に眠気が来たところにナギが魔法で眠気を誘発したのだ。案の定サクラは一瞬で眠った。
「世話の焼ける許嫁だな」
玄関ではマサキが待っていた。サクラを抱いてやってきたナギを見てマサキは慌てる。
「どうされたのですか?」
「大丈夫だ。俺が強制的に寝かせただけだ」
「そうですか」
その言葉でマサキは理解し安堵する。サクラが眠れていないことは分かっていたからだ。
「わらび餅、どうしますか?」
「サクラを寝かしたらいただく」
「わかりました。後、ご報告が」
「食べながら聞く」
「はい」
ナギはサクラを部屋に寝かしてから応接室でわらび餅をいただく。こちらに来てから知った食べ物の1つで今一番のお気に入りだ。
最初、わらび餅のプルプルしたのど越しの良さと絶妙な甘さのきな粉が、ナギには衝撃的なおいしさだった。それからはまってしまったのだ。
ナギは食べながら満足げに微笑む。やはりうまい。
ある程度堪能してから横に待機しているマサキに声をかける。
「で、どうした?」
「先ほどザルバの香坂から連絡が来ました」
香坂とは、ナギの父親のユウケイが統括している軍事機関ザルバでユウケイの直属の秘書の男性だ。香坂には、もし動きがあったらすぐに連絡をするように頼んであった。
「やはり、サクラ様の件でユウケイ様へ連絡がいったようです」
「九條家には連絡はいかなかったのか?」
「いきました。ですが、九條家の当主は、サクラ様はナギ様の許嫁であるため決定権はない、ユウケイ様に委ねるとおっしゃったようです」
「父さんに丸投げか。まあ正解だな」
ナギは笑う。九條家も十家門ではあるが権力面で言えば少し力が弱い。やはり一條家の力は絶大なのだ。
「それで内容は?」
「サクラ様が
――やはり言ってきたか。
「父はなんと?」
「ユウケイ様は、違うときっぱり断ったそうですが、稀に検査が間違いの場合があるから再度、検査したほうがいいと言われたようです」
「そうきたか」
「ですが、ユウケイ様は、検査はしてあり稀人ではないと突っぱねたようです」
「それで保安部側は納得したのか?」
「はい」
ナギは目を細め腕組みをする。マサキの顔もどこか腑に落ちない顔をしている。マサキにはサクラが『万象無効の稀人』という事は話してあった。
「マサキはどう思う?」
「あっさり引きすぎだと」
「だな。まあ一條家相手では勝ち目がないからかもだが」
「ええ」
「となると、強硬手段にくるかだな」
「だと思います」
マサキもその考えに賛同し頷く。
「それでは明日から学校はお休みされますか?」
「いや。学校は安全だろう」
「? と言いますと?」
「学校の教師達は軍人だ。父の配下だ。父から話は言っているだろう。それにあそこにはミカゲがいる。下手に手は出せないだろう」
ミカゲは皇族で皇帝の双子の兄だ。位も高く力も強い。皇族に刃向かったらタダじゃおかないことは分かっているはずだ。
「ではやはりここに」
「だろうな。だから一応気をつけていてくれ。まあ結界を強化してあるから、そう簡単には入られないと思うが」
ここで警戒しなくてはならないのは、サクラの家で最後に姿を消してサクラを連れ去ろうとした者のことだ。
「わかりました」
「下がっていいぞ。もう遅い。早く休め」
だがマサキは動こうとしない。不思議に思いナギは首を傾げながら声をかける。
「どうした?」
「いえ。ナギ様、ずいぶん変わられましたよね。少し前までとは考えられない代わりようで正直驚いております」
そりゃそうだろう。別人なのだからとは言えない。
「悪かったな。ずっと情緒不安定の時期が続いていて鬱状態で何もする気がなかったからな。だが今はもう体調もよくなり気持ちもすっきりした。今まで迷惑をかけてすまなかった」
一応聞かれた時には、特殊能力――魔法のことなのだが、それに目覚めたことにすれば辻褄が合うことを知り、そのように応えるようにしていた。現に特殊能力に目覚める時は、体調や情緒不安定になる者も少なくない。特に晩成型の者はほとんど者がそのような状態になると本に書いてあった。そこを利用した形だ。
「そうでしたか。そのような状態とは知れず、私こそこれまでナギ様にとても失礼な態度をして参りました。本当に申し訳ございませんでした」
マサキはそう言うと深々と頭を下げる。
確かにユウリの記憶からマサキは何かをするわけではなかったが、どう見てもユウリのことを認めてない節が多々あった。仕方ないことだ。次期一條家の当主であり軍のトップに立つ者でありながら、まったく自覚がなく、他人任せの自分勝手な被害妄想者だったのだ。そりゃあ腹も立つだろう。
「まあ仕方ないことだ。この前までの俺は、何を言われてもしょうがないどうしようもないやつだったからな」
ユウリを想像しながら言う。
――まあ、あいつも少しは立派になったけどな。
「だからもうそのことは気にするな。これからもよろしく頼む」
ナギは笑顔で応えると、マサキも笑顔で返す。
「はい。よろしくお願いします」
そしてもう一度深々と頭を下げると部屋を出て行った。
「マサキ、ディークに似てるな」
目を細めて呟くのだった。
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